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その百三十六 帰らぬ翼

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 七之助山の麓、五連滝へとふたたび足を踏み入れたコハクたち。
 用心しつつ近づくも、そこにはすでに宿敵の姿はなし。
 かつては五つの滝が連なり、荘厳かつ風光明媚であった場所。
 それが無惨な姿をさらし、荒涼としている。
 滝は三つに減り、絶妙な高低差や間隔にて成り立っていた流麗さは崩れ、岩が無造作に転がり散らかっている。水も濁っており、かつてあった豊かな色彩が失われている。

 すべては禍躬シャクドウが意図的に起こした出水のせいだ。
 破壊された五連滝を前にして、しばし立ち尽くしその光景から目を離せない一行。
 しかし臆する者はいない。逆に全員があらためて誓うのはシャクドウの討伐。ますますの知恵をつけては、凶悪さを増すばかりの禍躬。なんとしてもここで食い止めなければならぬ。
 強い決意を胸に一行は先を目指す。

  ◇

 さらに険しい難所となっていた五連滝の残骸。これをどうにかよじ登り、越えたところで、休息をとる一行。
 交代で見張りに立ちつつ、心身を休めていると、続々と舞い戻ってくるのは付近の様子を探りにいかせていた黒翼たち。
 地形の把握および、禍躬シャクドウの消息を空から探らせていたのである。

 南部弥五郎らには、この先の地理に関する情報がほとんどない。
 ここ宝雷島では禍躬ジャナイとギサンゴがずっと張り合っていたせいで、島民たちは自分たちの領域に引き篭ってばかり。鉱夫たちは地下に張り巡らされた坑道からしか島の中心部へと近寄ったことがなく、鉱脈を探しては人知れぬ深山へと分け入る山師たちですらもが、五連滝より先は危険と判断しろくに立ち入っていない。各地に隠れ鍛冶場を持ち、わりと島の地理に精通していると思われる風の民ですらもが、全貌を把握するにはほど遠いのが現状。
 だからこそ、ここより先はより慎重の上に慎重を重ねて行動する必要がある。

 進んでは止まり、先や周囲の様子を探っては、また進むのくり返し。
 どうしても歩みは遅々となりがち。気まぐれで稲光を走らせては、雨を降らせる島の天候にも苦しめられる。

 焦る気持ちを抑えて進む一行。
 麓周辺を探索するも禍躬シャクドウは見当たらない。その姿を求めて、いよいよ山へと探索の手を広げようとした矢先のこと。
 斥候に出した黒翼のうちの一羽が待てども戻らず。ふつりと消息を絶った。
 その一羽が調べていたのは、山の東側の中腹付近。
 部下よりこの報告を受けた南部弥五郎は、すぐさま「行ってみよう」と決断する。

 禍躬狩りにとって山狗が地を駆ける相棒ならば、黒翼は空を駆ける相棒。
 戦闘という点に関しては山狗の牙や爪には大きく劣るものの、黒翼にはそれを補って余りある翼を用いた圧倒的機動力がある。もとより知能が高いだけでなく、忠義厚く、献身的な性質。なおかつ訓練を施された黒翼、それが主人のところに帰ってこない。
 突発的な事故に巻き込まれたか、あるいは……。

  ◇

「当たりだな。見てみろ」

 とある岩肌を指差す南部弥五郎。
 促されるままに緒野正孝や隊員らが確認してみると、そこには深々と刻まれた六本爪の跡。禍躬シャクドウが縄張りを主張してつけたものだ。
 おそらく、消息を絶った黒翼はシャクドウに殺られてしまったのであろう。
 けれども己が不帰でもって、シャクドウの居場所を教えてくれた。
 翼は翼としての務めをまっとうし、それに殉じた。
 先に逝った仲間へ、しばし黙祷を捧げてから一行は歩き出す。

 道なき道を進み、汗だくとなりながら斜面を登る。
 そうしてようやく目指す場所へと到着したとき、一行の前に姿をあらわしたのは異様な光景。
 山の斜面がごっそり抉れている。まるでこの島ほどもある巨大な獣から、無造作にかじられたかのようにして出来ているのは、半円形の空洞。
 洞窟と呼ぶにはあまりにも幅と高さがあり、開けっぴろげ。
 おかげで外からでも中が丸見えなのだが、そこには石造りの都があった。

「ここは……古代の遺跡なのか?」
「にしても規模が大きい」
「よくもいままで誰にも発見されなかったものだ」

 光景に目を見張る一行。おもいおもいの感想を口にする。
 けれども驚いてばかりもいられなかった。
 連れている黒翼たちがバサバサ、山狗のコハクとビゼンも眉間を寄せては「ぐるる」と低い唸り声を発したからである。
 そのことから「ここに禍躬シャクドウがいる」と察し、男たちもすぐさま臨戦態勢へと移行した。


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