上 下
135 / 154

その百三十五 二頭の山狗

しおりを挟む
 
 連合により第四次討伐戦が実施されるかもしれない。
 その報を受けた翌日のこと。
 はや、冬毬に見送られて風の民の逗留地を出立した緒野正孝ら一行。
 コハクの姿もその中にあった。いまはビゼンと並んで前を歩いている。二頭にて一行を先導しつつ、伏せっていた間になまった体を馴らしがてら進む。傷口は完全に塞がっており、経過も良好。抜糸あとが少々疼く以外には、さほど不自由は感じない。
 むしろ気になったのは、人間たちと行動を供にすることになったこと。
 あまりにもひさしぶりすぎて、コハクは戸惑うことしきり。ひとりのときとは勝手がちがう。ともすればイラ立ちそうになるところをビゼンがよく支え、ときには指摘をしては、コハクの一助となる。

 山狗の言葉は人間にはわからない。
 それでも二頭の掛け合い、仲睦まじい姿に、南部弥五郎もつい目元を細めずにはいられなかった。

  ◇

 一行は赤涙川沿いをふたたびさかのぼり七之助山を目指す。
 あれほど赤く染まっていた川の水も、かなり色味が薄くなっており本来の清流の姿へと戻りつつあった。鉱石や土中の鉄の成分が溶けだして、数年おきに一度、不定期に起こるあの現象もそろそろしまいなのであろう。

 すでに一帯の地形をある程度把握しており、沢登りを何度も経験しているので、一行は手慣れた様子にて難所を越えていく。
 ときおり黒翼経由にて届く港街方面の状況は、あまりかんばしくない。
 執政官の十基侑大をはじめとする島の主だった者らが、どうにか人心を落ちつかせて、無謀な第四次討伐戦への動きを押さえようとしているらしいのだが、いかんせんいったん火がついた戦いへの気運の勢いが強い。ここにきて鬱積していたものがこらえきれずにあふれたのであろう。
 この調子ではもって数日、下手をすれば明日にでも大勢が出征へと傾くだろう。

  ◇

 七之助山への道すがら。
 伊瑠からの便りに「やれやれ、やはりこうなるのか」とため息をもらす緒野正孝。
 けれども並んで歩く南部弥五郎は肩をすくめつつ「どうせ止められないのであれば、連中にはせいぜい目くらましになってもらおう」と言った。

 軍勢が動けば、禍躬シャクドウとて無視はできまい。
 相応に対応を迫られる。その分だけ注意があちらに向く。
 その隙を自分たちが突かせてもらう。
 第四次討伐戦へと参加する連中を囮にする。

 かつて祝い山にて禍躬シャクドウとの決戦に臨むとき。シャクドウが保存していた女の遺体を、囮にしておびき寄せるという非人道的な作戦を敢行した。
 死してなおその遺骸を辱めるような行為。ましてやそれが若い娘の身体ともなれば気持ちのいい話ではない。同行していた面々はみな強い嫌悪感を抱いたものである。
 けれども作戦を提案した伝説の禍躬狩りの男は、そんな仲間たちにこう言い放つ。

『あえて鬼となろう。すべての責め、罪咎は俺が引き受ける』

 非情なれども、強大な禍躬の裏をかくには、ときには心を鬼にせねばならない。いやさ、己が鬼にならねばならぬ。
 生きるか死ぬかの闘争、あるいは喰うか喰われるかの生存競争。
 そんな局面では、ヒトの感傷なんぞはなんの足しにもなりやしない。
 禍躬との戦いに身を置き続けていれば、否応なしに思い知らされる。
 そのことが骨身に染みているがゆえの南部弥五郎の決断。旗下の隊員たちや緒野正孝らに異を唱える者は、もちろんいない。

  ◇

 そんな南部弥五郎は、出立してからずっと手の中で深緑色の弾丸を弄んでいた。
 いや、より正しくは、その運用方法について思案を続けていたのである。
 隊員らのひとりが「それほど効果が期待できるのでしたら、いっそのこと量産してはいかが?」と提案するも、南部弥五郎は「ダメだな」と即答。
 そして「おまえ、ちょっとこれを持ってみろ」といきなりひょいと投げたもので、投げられた側はあわててこれを両手にて受け止める。
 とたんに「なっ、これは!」と受け取った者は目を見開く。

「わかっただろう。見た目からは想像もできぬほどに重いんだよ。隕鉄というのは相当にやっかいなシロモノだ。そんなものでこしらえた槍やら小太刀を軽々と扱っている、正孝殿やコハクこそがどうかしている」

 深緑色の弾丸に充分な威力と飛距離を持たせようとすれば、どうしたって通常よりも多めの火薬が必要になる。
 いかに新式火筒・可変忠吾式であろうとも筒身がきっと耐えられない。一発が限界だ。それすらも最悪、手元で暴発して破裂する。火薬の量を見誤れば腕が吹き飛ぶか、目がつぶれるか……。

「ここぞという時にしか使えない。それも命懸けだ。冬毬殿め、しれっととんでもない品を託してくれたものだ。文字通りの隠し玉になりそうだな」

 部下から返却された深緑色の弾丸をしげしげと眺めつつ、南部弥五郎はこれまで培ってきた経験と知識を動員しては、最適な解を得るべくふたたび熟考に入った。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

こちら第二編集部!

月芝
児童書・童話
かつては全国でも有数の生徒数を誇ったマンモス小学校も、 いまや少子化の波に押されて、かつての勢いはない。 生徒数も全盛期の三分の一にまで減ってしまった。 そんな小学校には、ふたつの校内新聞がある。 第一編集部が発行している「パンダ通信」 第二編集部が発行している「エリマキトカゲ通信」 片やカジュアルでおしゃれで今時のトレンドにも敏感にて、 主に女生徒たちから絶大な支持をえている。 片や手堅い紙面造りが仇となり、保護者らと一部のマニアには 熱烈に支持されているものの、もはや風前の灯……。 編集部の規模、人員、発行部数も人気も雲泥の差にて、このままでは廃刊もありうる。 この危機的状況を打破すべく、第二編集部は起死回生の企画を立ち上げた。 それは―― 廃刊の危機を回避すべく、立ち上がった弱小第二編集部の面々。 これは企画を押しつけ……げふんげふん、もといまかされた女子部員たちが、 取材絡みでちょっと不思議なことを体験する物語である。

剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?三本目っ!もうあせるのはヤメました。

月芝
児童書・童話
世に邪悪があふれ災いがはびこるとき、地上へと神がつかわす天剣(アマノツルギ)。 ひょんなことから、それを創り出す「剣の母」なる存在に選ばれてしまったチヨコ。 辺境の隅っこ暮らしが一転して、えらいこっちゃの毎日を送るハメに。 第三の天剣を手に北の地より帰還したチヨコ。 のんびりする暇もなく、今度は西へと向かうことになる。 新たな登場人物たちが絡んできて、チヨコの周囲はてんやわんや。 迷走するチヨコの明日はどっちだ! 天剣と少女の冒険譚。 剣の母シリーズ第三部、ここに開幕! お次の舞台は、西の隣国。 平原と戦士の集う地にてチヨコを待つ、ひとつの出会い。 それはとても小さい波紋。 けれどもこの出会いが、後に世界をおおきく揺るがすことになる。 人の業が産み出した古代の遺物、蘇る災厄、燃える都……。 天剣という強大なチカラを預かる自身のあり方に悩みながらも、少しずつ前へと進むチヨコ。 旅路の果てに彼女は何を得るのか。 ※本作品は単体でも楽しめるようになっておりますが、できればシリーズの第一部と第二部 「剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?ただいまお相手募集中です!」 「剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?二本目っ!まだまだお相手募集中です!」 からお付き合いいただけましたら、よりいっそうの満腹感を得られることまちがいなし。 あわせてどうぞ、ご賞味あれ。

四尾がつむぐえにし、そこかしこ

月芝
児童書・童話
その日、小学校に激震が走った。 憧れのキラキラ王子さまが転校する。 女子たちの嘆きはひとしお。 彼に淡い想いを抱いていたユイもまた動揺を隠せない。 だからとてどうこうする勇気もない。 うつむき複雑な気持ちを抱えたままの帰り道。 家の近所に見覚えのない小路を見つけたユイは、少し寄り道してみることにする。 まさかそんな小さな冒険が、あんなに大ごとになるなんて……。 ひょんなことから石の祠に祀られた三尾の稲荷にコンコン見込まれて、 三つのお仕事を手伝うことになったユイ。 達成すれば、なんと一つだけ何でも願い事を叶えてくれるという。 もしかしたら、もしかしちゃうかも? そこかしこにて泡沫のごとくあらわれては消えてゆく、えにしたち。 結んで、切って、ほどいて、繋いで、笑って、泣いて。 いろんな不思議を知り、数多のえにしを目にし、触れた先にて、 はたしてユイは何を求め願うのか。 少女のちょっと不思議な冒険譚。 ここに開幕。

にゃんとワンダフルDAYS

月芝
児童書・童話
仲のいい友達と遊んだ帰り道。 小学五年生の音苗和香は気になるクラスの男子と急接近したもので、ドキドキ。 頬を赤らめながら家へと向かっていたら、不意に胸が苦しくなって…… ついにはめまいがして、クラクラへたり込んでしまう。 で、気づいたときには、なぜだかネコの姿になっていた! 「にゃんにゃこれーっ!」 パニックを起こす和香、なのに母や祖母は「あらまぁ」「おやおや」 この異常事態を平然と受け入れていた。 ヒロインの身に起きた奇天烈な現象。 明かさられる一族の秘密。 御所さまなる存在。 猫になったり、動物たちと交流したり、妖しいアレに絡まれたり。 ときにはピンチにも見舞われ、あわやな場面も! でもそんな和香の前に颯爽とあらわれるヒーロー。 白いシェパード――ホワイトナイトさまも登場したりして。 ひょんなことから人とネコ、二つの世界を行ったり来たり。 和香の周囲では様々な騒動が巻き起こる。 メルヘンチックだけれども現実はそう甘くない!? 少女のちょっと不思議な冒険譚、ここに開幕です。

湖の民

影燈
児童書・童話
 沼無国(ぬまぬこ)の統治下にある、儺楼湖(なろこ)の里。  そこに暮らす令は寺子屋に通う12歳の男の子。  優しい先生や友だちに囲まれ、楽しい日々を送っていた。  だがそんなある日。  里に、伝染病が発生、里は封鎖されてしまい、母も病にかかってしまう。  母を助けるため、幻の薬草を探しにいく令だったが――

極甘独占欲持ち王子様は、優しくて甘すぎて。

猫菜こん
児童書・童話
 私は人より目立たずに、ひっそりと生きていたい。  だから大きな伊達眼鏡で、毎日を静かに過ごしていたのに――……。 「それじゃあこの子は、俺がもらうよ。」  優しく引き寄せられ、“王子様”の腕の中に閉じ込められ。  ……これは一体どういう状況なんですか!?  静かな場所が好きで大人しめな地味子ちゃん  できるだけ目立たないように過ごしたい  湖宮結衣(こみやゆい)  ×  文武両道な学園の王子様  実は、好きな子を誰よりも独り占めしたがり……?  氷堂秦斗(ひょうどうかなと)  最初は【仮】のはずだった。 「結衣さん……って呼んでもいい?  だから、俺のことも名前で呼んでほしいな。」 「さっきので嫉妬したから、ちょっとだけ抱きしめられてて。」 「俺は前から結衣さんのことが好きだったし、  今もどうしようもないくらい好きなんだ。」  ……でもいつの間にか、どうしようもないくらい溺れていた。

剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?二本目っ!まだまだお相手募集中です!

月芝
児童書・童話
世に邪悪があふれ災いがはびこるとき、地上へと神がつかわす天剣(アマノツルギ)。 ひょんなことから、それを創り出す「剣の母」なる存在に選ばれてしまったチヨコ。 天剣を産み、これを育て導き、ふさわしい担い手に託す、代理婚活までが課せられたお仕事。 いきなり大役を任された辺境育ちの十一歳の小娘、困惑! 誕生した天剣勇者のつるぎにミヤビと名づけ、共に里でわちゃわちゃ過ごしているうちに、 ついには神聖ユモ国の頂点に君臨する皇さまから召喚されてしまう。 で、おっちら長旅の末に待っていたのは、国をも揺るがす大騒動。 愛と憎しみ、様々な思惑と裏切り、陰謀が錯綜し、ふるえる聖都。 騒動の渦中に巻き込まれたチヨコ。 辺境で培ったモロモロとミヤビのチカラを借りて、どうにか難を退けるも、 ついにはチカラ尽きて深い眠りに落ちるのであった。 天剣と少女の冒険譚。 剣の母シリーズ第二部、ここに開幕! 故国を飛び出し、舞台は北の国へと。 新たな出会い、いろんなふしぎ、待ち受ける数々の試練。 国の至宝をめぐる過去の因縁と暗躍する者たち。 ますます広がりをみせる世界。 その中にあって、何を知り、何を学び、何を選ぶのか? 迷走するチヨコの明日はどっちだ! ※本作品は単体でも楽しめるようになっておりますが、できればシリーズの第一部 「剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?ただいまお相手募集中です!」から お付き合いいただけましたら、よりいっそうの満腹感を得られることまちがいなし。 あわせてどうぞ、ご賞味あれ。

おねしょゆうれい

ケンタシノリ
児童書・童話
べんじょの中にいるゆうれいは、ぼうやをこわがらせておねしょをさせるのが大すきです。今日も、夜中にやってきたのは……。 ※この作品で使用する漢字は、小学2年生までに習う漢字を使用しています。

処理中です...