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その百三十一 再会

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 地面に残されている何かを引きずった跡を追う山狗ビゼン。
 森の奥、辿り着いた先は、簡易的な小屋や三角の形をした天幕が建ち並ぶ場所。集落と呼ぶにはあまりに小さく、人影はまばら。数はせいぜい三十程度か。漂う鉄と火の気が強い。どうやらここは鍛冶師の集団の逗留地らしい。

 引きずった跡は小屋のうちのひとつへと続いていた。
 ビゼンは小さな集落内には立ち入らず、外縁部分をそろりそろり、誰にも気取られぬように注意しながら移動。目当ての小屋の裏手へとまわる。
 壁の隙間へと顔を近づけたビゼンは、ついにコハクを発見する。

 隙間から漏れてくる空気が温かい。もうもうと漂う白靄は湯気。
 竈門と囲炉裏にて火を焚き室内を温めてがてら、鍋にてヒトの指ほどの小さな刃、太めの針らを熱湯に漬けている。それらは人間たちが治療のときに用いる道具であり、これが消毒という必要な行為であると知っているビゼンは、すぐに白髪の若い女が何をするつもりなのかを察した。

 ぐったりしているコハクの肩口より、折れ刺さった深緑の刃をすーっと引き抜くなり、手際よく治療を始める。
 鍛冶師の仕事にはつねに危険がつきまとう。加えて風の民は各地を巡る根無し草の流浪の民。そうそう都合よく医師にかかれるわけではない。だからこそたいていのことは自前でまかなえるように備えてある。医学の知識もまたしかり。
 女の動きに迷いはなく、その証拠にずっと苦しげにうめいていたコハクの表情がみるみる穏やかになっていく。
 これには覗き見していたビゼンも「ほぅ」と感心。

「うまいものですわね。たいしたものです。これならばコハクのことを預けておいても問題ないでしょう。いまここで私が姿をあらわしたところで、混乱させて治療のさまたげになるばかりでしょうし。だから私はいったん戻って、弥五郎にこのことを報告するとしましょう」

 静々とその場を離れるビゼン。ほどよく距離がとれたところで、サッと身をひるがえし、たちまち木々にまぎれて消えた。

  ◇

 ビゼンの案内により緒野正孝や南部弥五郎ら一行が、隠れ里のごとき小さな集落へと訪れたのは、二日ほど間を空けてから。
 それほど時間がかかったのは、禍躬シャクドウが起こした出水のせい。
 赤涙川の遥か上流域で発生したそれが、大なり小なり全域にも影響をおよぼす。おかげでさかのぼるときに使えた経路がダメになっている箇所が散見し、一行は迂回するのを余儀なくされることもしばしば。

 いきなり武装した集団が訪れた。
 当然ながら集落側では騒ぎとなる。
 しかしあまり大事にならずにすんだのは、両者を繋ぐ顔見知りがいたから。

「貴女は冬毬殿……、どうしてこのようなところに」

 意外な再会に驚くばかりの緒野正孝へ、慇懃に頭をさげる冬毬。ひょうしに豊かな白髪がさらりと垂れた。

「ご無沙汰しております。緒野さま」

 緒野正孝と冬毬。ふたりの縁を結んだのは星の欠片、隕鉄。
 かつて湖国の祝い山での戦いのおり、先祖伝来の愛槍を失った緒野正孝。以来、ずっと別の槍にて鍛錬に励み、ついには当代随一の槍の遣い手として勇名を馳せるまでになったのだが、腕をあげればあげるほどに手にした槍に物足りなさを感じるようになっていく。
 ゆえにいろいろ取り寄せたり、買い求めたり、ときには名工に頼んで作らせたりもしたのだが、どれもしっくりこない。
 敵兵を屠るのにはこれでも充分であろうが、相手が万物の仇、禍躬となれば話がちがってくる。いまひとつ心許ない。いかに槍の腕を磨き、技を洗練させようとも、肝心の武具の方が耐えられずにすぐに壊れてしまうのでは困りもの。

 そんなときにたまさか手に入れたのが隕鉄なる素材。星の海から落ちてきたというこれを使えば、とても優れた武具が作れるという。
 だから早速……といきたかったのだが、これを扱える者がいなかった。
 どれだけ高温に熱した炉に放り込んでも溶けず、屈強な男たち数人がかりにて昼夜を問わず、大金槌を打ちつけ続けても、わずかに変化もせず。
 これではせっかくの素材も宝の持ち腐れ。

 そこで緒野正孝は旧知の間柄である南部弥五郎に相談をしてみる。彼の奥方である小夜は天下の奇才の持ち主と評判の人物。なにがしかの良い知恵を借りられるのではと期待したのだ。しかし彼女をもってしても隕鉄の加工方法はわからず。
 だが博識であった小夜は諦めなかった。膨大な書を収蔵している湖国の書庫を漁り、隕鉄に関する記述を発見。
 これを頼りにして流浪の鍛冶師集団である風の民へと至る。
 そして緒野正孝は冬毬と出会った。
 現存する隕鉄を扱えるという、ただひとりの女鍛冶師。
 僥倖を得て、緒野正孝はついに唯一無二の愛槍となる天霊矛(あまのたまほこ)を手に入れたのであった。


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