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その百二十九 捜索

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 禍躬シャクドウと山狗コハクの戦い。
 その行方を離れたところから隠れ見ていた一団があった。緒野正孝、南部弥五郎と彼が率いる山楝蛇の隊員ら、山狗のビゼン。
 赤涙川をさかのぼり、険路を越えて、ようやく七之助山の麓へと到達しようというとき。
 放っていた斥候の者があわてて戻り、「この先の滝にて戦闘中。禍躬と山狗が戦っています」との報告をする。
 そして彼らが目撃したのは、深緑の刃の小太刀をくわえて、単身、禍躬シャクドウと対峙しているコハクの姿……。

 とたんに胸の内よりこみあげる懐かしさに、おもわず言葉を詰まらせる緒野正孝と南部弥五郎。
 かつてはまだ幼さが残っていたコハクも、いまでは歴戦の勇士として逞しく成長していた。さぞや草葉の陰にて忠吾もよろこんでいることであろう。
 ゆえにすぐさま駆けつけて助太刀をしようとした。
 けれども出来なかった。
 五連滝と彼らがいる場所が微妙に離れている。山狗の四つ足ならばひとっ跳びであろうが、いかに鍛えられたとはいえ人間の二本足では、そうはいかない。加えて川の流れも邪魔であった。
 ならば得意の火筒を使い狙撃による援護を行いたいところではあったが、上流と下流であり、向こうが上座を占めている状況。位置関係が悪い。射線が確保できない。どこか都合のいい高台でもあればいいのだが、それも見当たらない。
 またシャクドウとコハクの位置があまりに近く、なおかつ激しくぶつかり合っているので、下手に遠距離から火筒で狙えば、誤射を招く恐れもあった。
 なればコハクが奮戦しているうちに少しでも距離を詰めて、隙をみて包囲殲滅を試みるという案も部下から提示されたが、それは南部弥五郎により却下された。

「気がついているか? 正孝殿」

 南部弥五郎の言葉に緒野正孝が「あぁ」とうなづく。「あれほど激しく打ち合いながらも、背中の顔、目つきの油断ならぬことよ。それにまるで蜘蛛の巣が引っかかったかのような、この肌にまとわりつく不快感。おそらくは奴の仕業だろう。いまはまだ大丈夫みたいだが、これ以上うかつに近寄れば気取られかねん」

「前に対峙したときよりも肉体の厚みが増している。用心深さにも拍車がかかっており、さらに視野も広がったか……」
「そうだな。膂力はもとより、側面の死角はほぼ消えたとみたほうがいいだろう。目の前の敵に集中する一方で、たえず周囲を警戒している。あれでは中途半端な射撃はまず通るまい」

 下手に近づけばたちまち気取られる。
 さりとて遠距離攻撃はあまり効果が期待できない。いかに新式火筒・可変忠吾式であろうとも。葉魚に搭載している長距離砲撃火筒・怒龍ぐらいの破壊力があれば別だが、さすがにあれを島の内陸部にまでは運べない。よしんば持ち込めたとて重すぎて満足に運用できないだろう。
 なんぞと考えていたときのことであった。

「むっ、アレは? いかん! みな、できるだけ川から離れよ。出水がくるぞっ」

 叫んだのは緒野正孝。
 禍躬シャクドウが滝の一部を破壊することによって産み出した激流。その勢いは凄まじく下流域の川近くにぼんやりしていたら、たちまち自分たちまで呑み込まれてしまう。
 急いでその場を離脱する一同。
 逃げる途中、相棒へと目配せをしたのは南部弥五郎。
 それだけで意図を察した山狗のビゼン。一同から離れて、単身駆けていくのは溢れて暴れている川沿い。
 シャクドウの策略により敗れて水に呑まれたコハク。その姿を追い求めてビゼンは懸命に走る。

  ◇

 赤涙川の中流域。うねうねと左右にまがりくねっている場所。川沿いをさかのぼるときには、この地形に付き合わされて無駄に疲れたことをビゼンはよく覚えている。
 だがそれゆえに上流から流れてきたモノがひっかっかるとすれば、まずこの辺りのはずだと考えた。

 ビゼンは適当な岩の上へと飛び乗り、周囲をきょろきょろ。
 得意の鼻も、鉱石から多くの鉄が染み出てたいまの川の状態ではあまり頼りにならない。目で探すしかない。だが目当てのものは見つからない。

「やれやれ、あいかわらず世話の焼ける方ですね。なかなかいい男ぶりになったと感心したとたんに、あっさりやられてしまうだなんて情けない。でもどうしてあのときコハクは動きを止めたのでしょうか? あれは不自然な動きでした。てっきり背中の首を獲ったとばかり。おや、あれは……」

 ぶつくさ文句を言っていたビゼン。
 対岸の浅瀬にてとある痕跡を発見したもので、ひらりと飛び降りると川中の石伝いに渡っては、そちらへと駆け寄る。
 重たい何かを引きずったような跡。それが筋となり森の奥へと続いている。
 たまさか近くの枝にて翼を休めていた小鳥に「すみません。少しおたずねしたいのですけれども」とビゼンが声をかければ、「そいつかい? さっき見慣れぬ格好をした娘っ子が、川で拾ったものを運んだあとだよ。ありゃあ、ずいぶんとデカい犬だったね。いや、狼だったのかな」とチュチュン首を傾げた。


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