上 下
126 / 154

その百二十六 呼び声

しおりを挟む
 
 禍躬シャクドウの三本腕が唸り、黒爪による斬撃が暴れては風を切る。
 これをかわしながら、山狗コハクもまた小太刀を走らせる。
 しかし戦い続けるうちに違和感を覚えるコハク。
 それはシャクドウの攻めの内容。
 突きは一撃にてこちらの身を抉らんばかりの勢い。
 横薙ぎの一閃もまた同様。
 なのに縦の攻撃、それも振り下ろし気味となるものに関してだけは、やや動きが鈍くなる傾向にあった。
 先にコハクより受けた傷が……と考えたいところではあるが、それはない。全身に火筒の玉を大量に浴びまくってもなお動けるほどの頑強さを誇るシャクドウが、あの程度のかすり傷で怯むわけがない。

 はじめのうちは釣り、わざと隙を演出して、自分を誘い込む罠かとコハクは思った。けれどもよくよく観察して、シャクドウの動きがときおり鈍くなる理由を察する。
 原因は足下にあった。
 ここは天然の石橋のような岩棚。加えてシャクドウは以前よりも体の厚みが増して、膂力も強くなっている。うっかり足下を殴りつけたらたちまち足場が崩れてしまう。さすれば真っ逆さま。
 滝の高さはさほどでもないが、いかんせん流れが急だ。これにまともに呑み込まれては、いかに禍躬の身とて危うい。それを警戒してのこと。

「なるほど。どうやら禍躬シャクドウは、地の利を味方につけ損ねたらしいな」

 素早い山狗。その動きを制約する戦いの場へと誘い込んだまではよかったが、少しばかり考えが甘かった。自分の剛力を計算に入れていなかった。
 もっとも、それでも爪のひと掻き、あるいは腕のひと殴りにてたやすく相手を倒せるのだから、失態と呼べるほどのものではない。もしも相手がコハクでなかったのならば、だが。

 腕を思い切り打ち下ろせない。
 上からの攻撃にためらいがある。
 必殺にわずかばかりの綻びが生じる。
 それを見抜いたコハク。無闇に体を浮かすことなく、地表すれすれを滑るように移動しては、シャクドウの嫌がる場所へ場所へと。加えられる攻撃は腰から下に集中する。
 シャクドウを中心にしてまとわりつき、これを厭ってぶん回される腕をかいくぐっては、つむじ風のごとく深緑の刃を振るう。
 初手にて大胆にもいきなり首を刈りにいったとおもったら、一転して足まわりを削りにいく。それも無理して深く踏み込むことなく、つねに一撃離脱を心掛けて。けっして調子には乗らない。ただ淡々と切っ先を走らせるばかり。

 これにたいそうイラ立つシャクドウ。
 チョロチョロと動き回るのもうっとうしければ、払おうとした手をひょいとかわすのもうっとうしい。例えかすり傷程度とはいえ、それがずんずん増えていくのもうっとうしい。だがなによりもうっとうしいのが、そんな相手を思いっ切りぶん殴れないといういまの状況。いいようにしてやられている。そのことが何よりも許せない。
 瞬間、衝動が禍躬の身の内を駆け巡る。
 それは破壊衝動。
 禍躬を禍躬たらしめ、暴虐へと突き動かす渇望が爆発する。
 ぎらりと隻眼に宿る剣呑さ。
 目の色が変わったのを見咎めたコハクは、さっと回避行動をとる。
 直後に頭上より降ってきたのは破壊の塊。両の手を組んでの一打。まるで大金槌を振り下ろすかのごとき一撃。込められた力、殺意はこれまでの比ではない。

 気づいてすぐに身を引いたことにより、ギリギリそれをかわすコハク。
 そのすぐそばには固い岩場を叩き割ったばかりでは飽き足らず、深々とめり込んでいく禍躬シャクドウの両の剛腕の姿があった。
 もしも喰らえば背骨を砕かれ即終わっていたことであろう。

 衝撃により、足下に大きな亀裂が走る。水飛沫と石の破片らが盛大に飛び散る。岩棚そのものががくりと一段下がった。それは天然の石橋に致命的な傷を負わせた証拠。じきにこの橋は崩落する。
 四散する破片のひとつがコハクの頬をかすめて、わずかに切った。傷口よりじわりとにじむ血がつーっと垂れる。それを舌先にてぺろりと舐めたコハク。
 その時にはすでに駆けており、いっきに間合いを詰めていた。

 禍躬シャクドウの両腕はいま半ばまで地面に埋まっている。
 すぐには動けないと判断したコハクは、あえてその脇を駆け抜けて、相手の背後をとる。
 そこには第二の顔と第三の腕がある。
 かつての祝い山での戦い、そしていまの七之助山の五連滝での決闘を経て、コハクが導き出した答えは、「先にやっかいな背の眼と腕を封じること」であった。
 いまが好機、ここでそのふたつをまとめて刈り取る。
 そうすればシャクドウは、ただのデカいクマに成り下がる。あとはどうとでも料理できるとの算段であった。

 足が得意な相手がいれば、まずその足をどうにかする。
 翼が自慢の相手がいれば、まずはその翼を使えないようにする。
 体が大きいのが取り柄の相手がいれば、まずはその体を存分に動かせない場所へと誘い込む。
 牙に毒を持っている相手ならば、その口が開かないように抑えつけてしまえばいい。
 野生では各々が生き残るための術を身につけている。なにがしかに特化している。
 なのに相手の得意なことで勝負するのは、あまりにも無謀だ。
 いかに相手の能力を封じ、自分の能力を発揮するか。
 そこにどれだけ考えを巡らせ、工夫を凝らすのかが狩りの成否の鍵を握る。

  ◇

 初手にていきなり首を狙いに行ったことにより、またぞろ首を掻きくるかと警戒していた禍躬シャクドウ。
 コハクの狙いがちがうと気づいたときには、すでに霊の永遠白の深緑の刃が第二の首の間近へと迫っていた。
 急いで腕を抜こうとするも、もう遅い。
 首筋に食い込む刃、獲った!

 だがしかし、その時のことであった。

『コハク、コハクよぉ』

 ふいに自分の名前を呼ばれて、山狗がびくり。
 幾年月を経ようともけっして忘れようがない。とても懐かしい声。それはまぎれもなくかつての主人にして、育ての親であり、よき師であり、家族であり、相棒であり、伝説の禍躬狩りと呼ばれた男の声。
 声はすれども姿はなし。それもそのはずだ。
 声を発していたのは、いままさに刈られようとしていた背中の顔であったのだから。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】宝石★王子(ジュエル・プリンス) ~イケメン水晶と事件解決!?~

みなづきよつば
児童書・童話
キラキラきらめく、美しい宝石たちが…… ニンゲンの姿になって登場!? しかも、宝石たちはいろんな能力をもってるみたいで……? 宝石好き&異能力好きの方、必見です!! ※※※ 本日(2024/08/24)完結しました! よかったら、あとがきは近況ボードをご覧ください。 *** 第2回きずな児童書大賞へのエントリー作品です。 投票よろしくお願いします! *** <あらすじ> 小学五年生の少女、ヒカリはワケあってひとり暮らし中。 ある日、ヒカリのもっていたペンダントの水晶が、 ニンゲンの姿になっちゃった! 水晶の精霊、クリスと名乗る少年いわく、 宝石王子(ジュエル・プリンス)という宝石たちが目覚め、悪さをしだすらしい。 それをとめるために、ヒカリはクリスと協力することになって……? *** ご意見・ご感想お待ちしてます!

ゲームの裏切り者に転生したが、裏ボスも反転していました

竹桜
ファンタジー
 裏ボスを倒し続けていた主人公はゲームの裏切りキャラに転生した。  慢心した本来の主人公だった勇者が裏ボスを復活させたのだ。  だが、その裏ボスには厄介な特性があった。  反転という特性が。

【完結】魔法は使えるけど、話が違うんじゃね!?

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
「話が違う!!」  思わず叫んだオレはがくりと膝をついた。頭を抱えて呻く姿に、周囲はドン引きだ。 「確かに! 確かに『魔法』は使える。でもオレが望んだのと全っ然! 違うじゃないか!!」  全力で世界を否定する異世界人に、誰も口を挟めなかった。  異世界転移―――魔法が使え、皇帝や貴族、魔物、獣人もいる中世ヨーロッパ風の世界。簡易説明とカミサマ曰くのチート能力『魔法』『転生先基準の美形』を授かったオレの新たな人生が始まる!  と思ったが、違う! 説明と違う!!! オレが知ってるファンタジーな世界じゃない!?  放り込まれた戦場を絶叫しながら駆け抜けること数十回。  あれ? この話は詐欺じゃないのか? 絶対にオレ、騙されたよな?  これは、間違った意味で想像を超える『ファンタジーな魔法世界』を生き抜く青年の成長物語―――ではなく、苦労しながら足掻く青年の哀れな戦場記録である。 【注意事項】BLっぽい表現が一部ありますが、BLではありません      (ネタバレになるので詳細は伏せます) 【同時掲載】アルファポリス、カクヨム、エブリスタ、小説家になろう 2019年7月 ※エブリスタ「特集 最強無敵の主人公~どんな逆境もイージーモード!~」掲載 2020年6月 ※ノベルアップ+ 第2回小説大賞「異世界ファンタジー」二次選考通過作品(24作品) 2021年5月 ※ノベルバ 第1回ノベルバノベル登竜門コンテスト、最終選考掲載作品 2021年9月 9/26完結、エブリスタ、ファンタジー4位

【シーズン2完】おしゃれに変身!って聞いてたんですけど……これってコウモリ女ですよね?

ginrin3go/〆野々青魚
児童書・童話
「どうしてこんな事になっちゃったの!?」  陰キャで地味な服ばかり着ているメカクレ中学生の月澄佳穂(つきすみかほ)。彼女は、祖母から出された無理難題「おしゃれしなさい」をなんとかするため、中身も読まずにある契約書にサインをしてしまう。  それは、鳥や動物の能力持っている者たちの鬼ごっこ『イソップ・ハント』の契約書だった!  夜毎、コウモリ女に変身し『ハント』を逃げるハメになった佳穂。そのたった一人の逃亡者・佳穂に協力する男子が現れる――  横浜の夜に繰り広げられるバトルファンタジー! 【シーズン2完了! ありがとうございます!】  シーズン1・めざまし編 シーズン2・学園編その1  更新完了しました!  それぞれ児童文庫にして1冊分くらいの分量。小学生でも2時間くらいで読み切れます。  そして、ただいまシーズン3・学園編その2 書きだめ中!  深くイソップ・ハントの世界に関わっていくことになった佳穂。これからいったいどうなるのか!?  本作はシーズン書きおろし方式を採用。全5シーズン順次書き上がり次第公開いたします。  お気に入りに登録していただくと、更新の通知が届きます。  気になる方はぜひお願いいたします。 【最後まで逃げ切る佳穂を応援してください!】  本作は、第1回きずな児童書大賞にて奨励賞を頂戴いたしましたが、書籍化にまでは届いていません。  感想、応援いただければ、佳穂は頑張って飛んでくれますし、なにより作者〆野々のはげみになります。  一言でも感想、紹介いただければうれしいです。 【新ビジュアル公開!】  新しい表紙はギルバートさんに描いていただきました。佳穂と犬上のツーショットです!

いろはどこ?

おぷてぃ
児童書・童話
鉛筆で描かれた『色なし』のクルル。 色をもらって、自分を描いてくれたあかねを元気づけるため、ノートの端っこから、外の世界へ飛び出して冒険する妖精のお話です。

老人

春秋花壇
現代文学
あるところにどんなに頑張っても報われない老人がいました

染め上げたもの

hosimure
ホラー
その少女は編み物が好きでした。 やがて自分で糸に色を付けるようになりました。 その材料とは…。

婚約破棄したら破滅すると気づいていても、私と一緒になるのは嫌なのですね。

四季
恋愛
婚約者テイルズは私のことを良く思っていないようで、婚約破棄を告げてきた。

処理中です...