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その百十七 止め矢
しおりを挟む左の角を失ったことにより体勢を崩した禍躬ギサンゴ。
激しく転倒! しかし止まらないっ。駆けていた勢いもさることながら、地面の石河原が雨で濡れていたこともあって、砂利と飛沫を巻きあげながらの横滑り。
禍躬の巨躯は、矮小な人間からすればそれ自体が脅威となる。
前方から迫る肉塊。うしろに逃げたところですぐに追いつかれて押し潰される。左右はとても間に合わない。
ならばと南部弥五郎、おもむろに手にした火筒・可変忠吾式の先端を地面へと突き立てるなり、床尾へと飛び乗っては足をかけ、上空への跳躍を敢行。
湖国の軍事顧問や山楝蛇の隊長という立場にて忙しく過ごすかたわらでも、つねに禍躬狩りとしての鍛錬を怠ることはなく、時間を見つけては相棒の山狗ビゼンとともに山河を駆けていた。だからこそなせる軽業。
だがそれをもってしても完全にかわすことはことはかなわず。
眼下を猛然と通り過ぎる肉塊に足の先をとられる。
引っかけたとおもった次の瞬間には、南部弥五郎の体は宙で激しく回転していた。
はじかれ落下した南部弥五郎の身がまるで毬(まり)のように点々と跳ねた。
◇
両者痛み分けのような状況。
先に立ち上がったのは禍躬ギサンゴ。
左角が折れ、片側を欠いた天秤のように首を傾げつつも、四肢にて踏ん張り、真紅の瞳でねめつけるのは、仰向け倒れたままの人間。胸元がわずかにも上下していない。息をしていない。呼吸が止まっている? 死んだか。
ちらりと周囲に目を向ければ、少し離れたところにぐしゃぐしゃになっている火筒の残骸の姿……。
自分を脅かす武器はもうない。
そう判断した禍躬ギサンゴはゆっくりと倒れている南部弥五郎へと近づく。
なにせ相手は自慢の角をダメにしてくれた憎い奴。
少しずつ踏み潰して、すりつぶすのを愉しもうか。
散々に蹴飛ばして、飽きるまで遊ぼうか。
残る右角で突き刺し、滴る血をすするのも悪くない。
しかし西街のことも気がかりであり、あまりぐずぐずしていたら、王の逆鱗に触れるやも。
ならばいっそのことひとおもいに、ガブリと齧ってしまおうか。
そう決めて、いざ、獲物へとかみつこうとした寸前のこと。
ぱちりと目を開けた南部弥五郎が跳ね起き、放ったのは小さな玉みっつ。
たちまち生じるまばゆい閃光!
これは光玉、湖国の間諜組が持つ目くらましの道具。
死んだふりにて、南部弥五郎はずっと好機が到来するのを待っていたのである。
突如として鼻先にて生じた強い光。
光はすぐに消えたものの、まともに直視したせいで目がやられた禍躬ギサンゴ。驚き首をめったやたらと振っては暴れる。だがそれで終わりではなかった。
続けて耳の近くで次々とパーン! パーン! パーン!
炸裂したのは音玉。これもまた間諜組が常備している道具のひとつ。音にて獣を追っ払ったり、逆に敵の注意を引きつけたり、攪乱などで用いられる。その有用性を知るなり南部弥五郎はすぐに山楝蛇の装備に採用した。
禍躬ギサンゴは目と耳が異常に優れている。
ここまでの戦いで能力の片鱗の数々とじかに接した南部弥五郎は、これを潰さない限りはいかに火筒の射線を集めたとて、まともに当たらないと判断した。
目と耳を一時的に封じられて混乱する禍躬ギサンゴ。
きびすを返して駆け出し、その場を離れる南部弥五郎。その右手が天へとかざされ、ザッと振り下ろされる。
直後のこと。峡谷をつんざいたのは二十の発射音。
一糸乱れることなく同時に放たれた狙撃は山楝蛇の隊員らによるもの。
しかし全身を貫かれたはずの禍躬ギサンゴは倒れない。
これが禍躬の恐いところ。
なみの獣であれば絶命するような攻撃を受けても、なおも立ち続けていられる。ばかりか超回復にてさらに強大になることさえもある。
ゆえに必ず仕留めねばならない。
一斉射撃はその後、さらに二度続けられ、ようやく禍躬ギサンゴは膝を屈し、大地に倒れ伏した。
駆け寄ってきた隊員ら。
そのうちのひとりから火筒を借り、南部弥五郎が止め矢となる一撃を放ち、禍躬ギサンゴ討伐はついに終結した。
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