上 下
111 / 154

その百十一 美獣

しおりを挟む
 
 ゴロリ。
 鳴いたのは空。
 この辺りはまだ薄曇りにて明るいのだが、西街の奥にある立花姫山の頂付近には、黒々とした雲がまとわりついている。

 その様子に「なるほど。雷が多い島とは聞いていたが、本当だな」とつぶやいたのは、槍を担いでいる緒野正孝。
 現在はふたたび禍躬ジャナイに占拠された西街へと向かっている道中。先導していたのは棍なる棒の武器を手にした女性。
 彼女は西街の元締めであった火乃(ひの)。

 今回、独自に禍躬退治へと乗り出した紀伊国と湖国の者ども。
 いちおう庁舎の対策本部とやらに許可を求めたのだが、「好きにしろ」とやや邪険な対応。どうやら自己責任ということらしい。「どうせ何も出来ずに逃げ帰ってくるのにちがいない」という嘲りも含まれていたのであろう。
 だが下手にクチバシを挟まれるより、かえって都合がいいと南部弥五郎なんぞは、にんまり。
 しかし困ったことがひとつ。
 それは作戦を練りいざ決行するにあたって、どうしても必要であったのが地理に明るい地元の協力者、これがなかなか見つからないこと。
 だから庁舎に用立ててくれるように打診するも、色よい返事がもらえない。先の三連敗が尾を引いており、みな尻込みしていたのである。誰も唯一の安全地帯とされている堅牢な港街から外へと出たがらない。

 そこで緒野正孝と南部弥五郎や他、旗下の者らで手分けして片っ端から声をかけてみたのだが、そちらも空振り続き。

「まいったな」
「いちから下調べしていたのでは、時間がかかりすぎる」

 男ふたりして「どうしたものか」と頭を抱えているときのこと。

「その役目、うちが引き受けるよ」手をあげてくれたのが火乃であった。「だからきっとみんなの仇を討っておくれ」

 ひと目でこの女性がただの女じゃないと見抜いたふたりは、「よろしく頼む」と彼女に道案内を任せることにした。

  ◇

「緒野の旦那、ここの峠を越えたら、すぐに西街の門前だよ。でも本当におひとりで?」

 案ずる火乃に「問題ない」と緒野正孝。「それがしにはこの槍・天霊矛がある。なにより弥五郎殿がつけてくれた心強い味方もいるからな」

 その言葉を受けてピンと耳を立て、やや誇らしげな顔をしたのは緒野正孝のかたわらにいた山狗のビゼン。
 禍躬狩り弥五郎の相棒。かつては明るめの茶毛であったのが、この十年の歳月を経て金色に近い色味となっており、毛並みがよりいっそう美しくなっていた。
 成長するとともに体毛がごわごわと硬く丈夫になる山狗では、これはとても珍しいこと。
 もちろん成長したのは見た目だけではない。主人がさらに先へ、さらに高みを目指すのならば、それと供に駆け続けるのが山狗という生き物。
 禍躬シャクドウ戦にて味わった挫折と恥辱。これを糧として邁進する弥五郎。そんな男の相棒にふさわしくあろうと、爪も牙も存分に磨かれており、いまでは「美獣」の異名を持つ山狗として知られるほどになっていた。

「しかし、相手はあのジャナイだよ。こういっちゃあなんだが、いくら旦那の槍の腕がすごかろうとも、人間風情がたったひとりでどうこう出来る相手じゃあ……」

 なおも心配する火乃に緒野正孝は「わかっている。なにせ相手は禍躬だからな。しかもやっかいな毒持ちだ。けっして油断はすまい。だが、だからこそ今回はこの手しかないんだ。無茶は承知の上。とはいえ、こうやって囮になるのは二度目ゆえに、まぁ、まかせておけ」と不敵な笑み。

 かつて湖国の祝い山にて禍躬シャクドウと対峙したとき。
 背の眼を持つシャクドウ。あれに十字砲火を仕掛けるべく、絶好の狙撃場所である青眼湖の堰堤へと誘い出す役目を緒野正孝は引き受けた。
 あの時のお供は山狗のコハクであったが、とにもかくにも死に物狂いに駆けに駆けて、どうにかその役目を真っ当することができたものである。
 またぞろそれを踏襲しようというのが、対禍躬ジャナイ戦の肝。

 西街は壁に囲まれており、街もほとんど破壊されることなく残っている。
 それすなわち死角が多く、経路が数多ということ。はじめて訪れる者にとっては迷路のようなもの。けれどもそこを新たな根城にしているジャナイにとっては、動きやすく、敵を追い詰めやすく、いざともなれば毒煙で一網打尽にできる、かっこうの狩り場と化している。
 そんな場所にて闘うことは論外。
 ゆえにまずはやつを街から誘い出す。

 あとは適当に挑発しつつ、どうにか海辺へと誘導。
 そこまでいけば海風が味方をしてくれるので、一番やっかいな毒煙は封じられる。
 そして視界のひらけた場所ゆえに、身を隠すところがなく、火筒にて狙い放題となるという算段であった。

  ◇

 峠を越えたところで、前方にそびえる壁がすぐに目に飛び込んできた。

「ここいらでいいだろう。おぬしは引き返せ。あとは事前の取り決め通りに、山楝蛇の連中と合流して、あちらの補佐を頼む」

 なおも何か言いたげそうな火乃であったが、結局は言わずじまいのまま「わかりました。どうかご武運を」とのみ伝えて、引き返していった。

 山狗のビゼンと緒野正孝。
 一頭とひとりとなったところで、「さて、では参ろうか」と武官がいえば、「ぐるぅ」と山狗が喉を鳴らし応じる。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?三本目っ!もうあせるのはヤメました。

月芝
児童書・童話
世に邪悪があふれ災いがはびこるとき、地上へと神がつかわす天剣(アマノツルギ)。 ひょんなことから、それを創り出す「剣の母」なる存在に選ばれてしまったチヨコ。 辺境の隅っこ暮らしが一転して、えらいこっちゃの毎日を送るハメに。 第三の天剣を手に北の地より帰還したチヨコ。 のんびりする暇もなく、今度は西へと向かうことになる。 新たな登場人物たちが絡んできて、チヨコの周囲はてんやわんや。 迷走するチヨコの明日はどっちだ! 天剣と少女の冒険譚。 剣の母シリーズ第三部、ここに開幕! お次の舞台は、西の隣国。 平原と戦士の集う地にてチヨコを待つ、ひとつの出会い。 それはとても小さい波紋。 けれどもこの出会いが、後に世界をおおきく揺るがすことになる。 人の業が産み出した古代の遺物、蘇る災厄、燃える都……。 天剣という強大なチカラを預かる自身のあり方に悩みながらも、少しずつ前へと進むチヨコ。 旅路の果てに彼女は何を得るのか。 ※本作品は単体でも楽しめるようになっておりますが、できればシリーズの第一部と第二部 「剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?ただいまお相手募集中です!」 「剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?二本目っ!まだまだお相手募集中です!」 からお付き合いいただけましたら、よりいっそうの満腹感を得られることまちがいなし。 あわせてどうぞ、ご賞味あれ。

四尾がつむぐえにし、そこかしこ

月芝
児童書・童話
その日、小学校に激震が走った。 憧れのキラキラ王子さまが転校する。 女子たちの嘆きはひとしお。 彼に淡い想いを抱いていたユイもまた動揺を隠せない。 だからとてどうこうする勇気もない。 うつむき複雑な気持ちを抱えたままの帰り道。 家の近所に見覚えのない小路を見つけたユイは、少し寄り道してみることにする。 まさかそんな小さな冒険が、あんなに大ごとになるなんて……。 ひょんなことから石の祠に祀られた三尾の稲荷にコンコン見込まれて、 三つのお仕事を手伝うことになったユイ。 達成すれば、なんと一つだけ何でも願い事を叶えてくれるという。 もしかしたら、もしかしちゃうかも? そこかしこにて泡沫のごとくあらわれては消えてゆく、えにしたち。 結んで、切って、ほどいて、繋いで、笑って、泣いて。 いろんな不思議を知り、数多のえにしを目にし、触れた先にて、 はたしてユイは何を求め願うのか。 少女のちょっと不思議な冒険譚。 ここに開幕。

にゃんとワンダフルDAYS

月芝
児童書・童話
仲のいい友達と遊んだ帰り道。 小学五年生の音苗和香は気になるクラスの男子と急接近したもので、ドキドキ。 頬を赤らめながら家へと向かっていたら、不意に胸が苦しくなって…… ついにはめまいがして、クラクラへたり込んでしまう。 で、気づいたときには、なぜだかネコの姿になっていた! 「にゃんにゃこれーっ!」 パニックを起こす和香、なのに母や祖母は「あらまぁ」「おやおや」 この異常事態を平然と受け入れていた。 ヒロインの身に起きた奇天烈な現象。 明かさられる一族の秘密。 御所さまなる存在。 猫になったり、動物たちと交流したり、妖しいアレに絡まれたり。 ときにはピンチにも見舞われ、あわやな場面も! でもそんな和香の前に颯爽とあらわれるヒーロー。 白いシェパード――ホワイトナイトさまも登場したりして。 ひょんなことから人とネコ、二つの世界を行ったり来たり。 和香の周囲では様々な騒動が巻き起こる。 メルヘンチックだけれども現実はそう甘くない!? 少女のちょっと不思議な冒険譚、ここに開幕です。

こちら第二編集部!

月芝
児童書・童話
かつては全国でも有数の生徒数を誇ったマンモス小学校も、 いまや少子化の波に押されて、かつての勢いはない。 生徒数も全盛期の三分の一にまで減ってしまった。 そんな小学校には、ふたつの校内新聞がある。 第一編集部が発行している「パンダ通信」 第二編集部が発行している「エリマキトカゲ通信」 片やカジュアルでおしゃれで今時のトレンドにも敏感にて、 主に女生徒たちから絶大な支持をえている。 片や手堅い紙面造りが仇となり、保護者らと一部のマニアには 熱烈に支持されているものの、もはや風前の灯……。 編集部の規模、人員、発行部数も人気も雲泥の差にて、このままでは廃刊もありうる。 この危機的状況を打破すべく、第二編集部は起死回生の企画を立ち上げた。 それは―― 廃刊の危機を回避すべく、立ち上がった弱小第二編集部の面々。 これは企画を押しつけ……げふんげふん、もといまかされた女子部員たちが、 取材絡みでちょっと不思議なことを体験する物語である。

極甘独占欲持ち王子様は、優しくて甘すぎて。

猫菜こん
児童書・童話
 私は人より目立たずに、ひっそりと生きていたい。  だから大きな伊達眼鏡で、毎日を静かに過ごしていたのに――……。 「それじゃあこの子は、俺がもらうよ。」  優しく引き寄せられ、“王子様”の腕の中に閉じ込められ。  ……これは一体どういう状況なんですか!?  静かな場所が好きで大人しめな地味子ちゃん  できるだけ目立たないように過ごしたい  湖宮結衣(こみやゆい)  ×  文武両道な学園の王子様  実は、好きな子を誰よりも独り占めしたがり……?  氷堂秦斗(ひょうどうかなと)  最初は【仮】のはずだった。 「結衣さん……って呼んでもいい?  だから、俺のことも名前で呼んでほしいな。」 「さっきので嫉妬したから、ちょっとだけ抱きしめられてて。」 「俺は前から結衣さんのことが好きだったし、  今もどうしようもないくらい好きなんだ。」  ……でもいつの間にか、どうしようもないくらい溺れていた。

剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?二本目っ!まだまだお相手募集中です!

月芝
児童書・童話
世に邪悪があふれ災いがはびこるとき、地上へと神がつかわす天剣(アマノツルギ)。 ひょんなことから、それを創り出す「剣の母」なる存在に選ばれてしまったチヨコ。 天剣を産み、これを育て導き、ふさわしい担い手に託す、代理婚活までが課せられたお仕事。 いきなり大役を任された辺境育ちの十一歳の小娘、困惑! 誕生した天剣勇者のつるぎにミヤビと名づけ、共に里でわちゃわちゃ過ごしているうちに、 ついには神聖ユモ国の頂点に君臨する皇さまから召喚されてしまう。 で、おっちら長旅の末に待っていたのは、国をも揺るがす大騒動。 愛と憎しみ、様々な思惑と裏切り、陰謀が錯綜し、ふるえる聖都。 騒動の渦中に巻き込まれたチヨコ。 辺境で培ったモロモロとミヤビのチカラを借りて、どうにか難を退けるも、 ついにはチカラ尽きて深い眠りに落ちるのであった。 天剣と少女の冒険譚。 剣の母シリーズ第二部、ここに開幕! 故国を飛び出し、舞台は北の国へと。 新たな出会い、いろんなふしぎ、待ち受ける数々の試練。 国の至宝をめぐる過去の因縁と暗躍する者たち。 ますます広がりをみせる世界。 その中にあって、何を知り、何を学び、何を選ぶのか? 迷走するチヨコの明日はどっちだ! ※本作品は単体でも楽しめるようになっておりますが、できればシリーズの第一部 「剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?ただいまお相手募集中です!」から お付き合いいただけましたら、よりいっそうの満腹感を得られることまちがいなし。 あわせてどうぞ、ご賞味あれ。

おねしょゆうれい

ケンタシノリ
児童書・童話
べんじょの中にいるゆうれいは、ぼうやをこわがらせておねしょをさせるのが大すきです。今日も、夜中にやってきたのは……。 ※この作品で使用する漢字は、小学2年生までに習う漢字を使用しています。

剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?ただいまお相手募集中です!

月芝
児童書・童話
国の端っこのきわきわにある辺境の里にて。 不自由なりにも快適にすみっこ暮らしをしていたチヨコ。 いずれは都会に出て……なんてことはまるで考えておらず、 実家の畑と趣味の園芸の二刀流で、第一次産業の星を目指す所存。 父母妹、クセの強い里の仲間たち、その他いろいろ。 ちょっぴり変わった環境に囲まれて、すくすく育ち迎えた十一歳。 森で行き倒れの老人を助けたら、なぜだか剣の母に任命されちゃった!! って、剣の母って何? 世に邪悪があふれ災いがはびこるとき、地上へと神がつかわす天剣(アマノツルギ)。 それを産み出す母体に選ばれてしまった少女。 役に立ちそうで微妙なチカラを授かるも、使命を果たさないと恐ろしい呪いが……。 うかうかしていたら、あっという間に灰色の青春が過ぎて、 孤高の人生の果てに、寂しい老後が待っている。 なんてこったい! チヨコの明日はどっちだ!

処理中です...