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その百九 発破
しおりを挟む紀伊国の軍船・葉魚が宝雷島へと到着したのは、第三次討伐戦が失敗した直後のことであった。
島には暗雲が垂れ込め、港街には憔悴した住民らや、痛々しい負傷兵らがいたるところに溢れており、街は重苦しい空気に包まれてほぼ死に体と化していた。
◇
第一次討伐戦の敗北後、すぐさま残存戦力を投入しての第二次討伐戦が敢行されたのは、禍躬を倒すことよりも生存者の救出が主目的。
だが合流できたのは第一次討伐戦に参加していた者のうちの、じつに五分の一程度であった。七割を越える損耗率! 歴史上稀にみる大敗……。
これを受けて連合各国はさらなる増援を派兵するとともに、周辺および遠方にまで広く応援を求める決断を下す。
すると以前から宝雷島の富に目をつけてはいたものの、なかなか連合の輪に加わる機会がなく、ずっと物欲しげに指をくわえて見ていただけの国々から、すぐさま協力の打診があった。
かくして島の周辺には港に入りきれない軍船があふれ、たちまち減った分の兵力を余裕で上回るほどの数が揃う。
けれども即席の大軍では、肝心の意思が揃わない。
連合側は主導権を譲る気はさらさらない。
要請を受けて参加した面々は、少しでも自分たちが有利になるようにと、ことあるごとに突っかかる。
しかし各国の思惑もさることながら、禍躬に対する認識の差こそが問題であった。
第一次討伐戦に参加した者は、「新たに出現した赤胴色の禍躬はいままでのとはちがう! 数を頼りに攻め込んだとて意味がない。むざむざ相手にエサを与えるようなものだ」と用心を促す。
第二次討伐戦に参加した者は、実際に目撃した惨状をして「地獄だ。島はいまや人間の居場所ではなく、禍躬の腹を満たす生け簀に等しい」と顔を青くして震えを堪える。
だが意気揚々と駆けつけた後続組は、「禍躬はたしかに手強い。しかしたかだか一度や二度の敗北で臆病風に吹かれるとは情けない」と連合側を嘲笑っては、少しでも相手より優位に立とうとするばかり。
個別で参加していた禍躬狩り勢は、そんな不毛なやりとりにはやくも嫌気がさしてげんなりしていた。
◇
かくして後続組に押し切られる形にて決行された第三次討伐戦。
下手に時間を置くよりも、立て続けに攻めて相手が回復する余裕を与えないという狙い。
当初、その目論みは当たったかのようにおもわれた。
事実、軍勢は東と西の街に居座っていた禍躬ギサンゴとジャナイを追い出すことに成功。
勢いのままに追撃し、お美輪山と立花姫山の麓までの地域を奪還したのだから。
ここでいったん止めておけば、のちの展開もまたちがったものとなったかもしれない。
しかし勝っているときほど自制するのは難しい。ましてや寄せ集めの大軍となればなおさら。いかに手綱を絞ろうとも、急には止まれない。
兵は神速を尊ぶ。
戦いは瞬時の遅れが勝敗を左右するため、迅速に軍隊を動かすことが重要である。
軍人、武官にとっては常識。
結果、坑道を抜けて最短距離を突き進み、いっきに三叉矛嶽の中央にある七之助山に巣食う敵首魁を討つべしという流れとなった。
人で構成された激流が鉱山へと吸い込まれていく。
突如として轟音が鳴り響き、山全体が震えた。
鉱山で使用されていた発破の爆発によるもの。
発破は破壊力はあるが燃焼力は低い特製の火薬を竹筒に入れた品。固い岩盤を砕くのに使用する穴掘りの道具。ふつうは熟練した鉱夫がたんねんに周辺の地形を検分し、充分に安全が確保された状態になってから、はじめて火をつける。
放置されてあった発破が暴発した?
いいや、ちがう。第三の禍躬による仕業。発破がどういう物かをちゃんと理解して、これを利用したのだ。
あちらこちらで発生した爆発により、崩落が起こる。
地下にて網の目のように広がる坑道は分断され、大勢が生き埋めとなった。
暗闇の中、崩れた岩の下敷きになって死ぬ者、怪我をする者が数多。
それでも生存者たちは互いに助け合いながら、懸命に地上へと活路を探す。
けれどもそのときのこと。
カーン、カーン、カーン……。
人心を惑わし、恐慌へと誘い、行動不能とする禍躬ギサンゴの角による魔奏。
そして闇の奥底よりぞろりと動いては迫る蛇体は禍躬ジャナイ。
いままで膨大な富を与えてきた坑道が、まるでこれまでの代金を支払えとばかりに、たちまち人間の命を貪り喰らう穴となり、阿鼻叫喚が長らく続いた。
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