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その百四 禍躬の奸計

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 急報を受けて宝雷島に集った戦力。軍船二百十八隻、兵力四万弱。
 沖合にずらりと並ぶ軍船ら。
 列をなし続々と上陸してくる各国の兵士たち。
 島側はこれを熱狂でもって迎え入れる。

 この時点での島内の状況は硬直状態にあった。
 襲撃はぴたりと止み、陥落した東街には禍躬ギサンゴが、西街には禍躬ジャナイが居座り、二体の上に君臨する第三の禍躬の所在は不明。おそらくは自分の巣がある島内中央に位置している七之助山へ戻ったとおもわれる。

 事前に執政官からこれらの情報を受け取っていた連合軍は、上陸するなりただちに軍勢をふたつに分けて展開。東西の街を奪還すべく両面作戦を決行する。
 遮る者がいないので連合軍はすぐに各々の街が望める位置へ到着した。

  ◇

 東の鉱山街。
 街といえども高い城壁と深い堀を持ち、並みの城塞よりもよほど堅牢な造り。もしもまともに攻略するとなれば、寄せ手側はどれほどの犠牲を払うことになろうか。
 しかし今回はその心配がない。住人らが逃げる際に開け放たれた裏門と、おろされた吊り橋はそのまま。すでに経路が確立されているので進入するのはたやすい。
 だからとて数にまかせて考えなしに進軍するようなことはない。
 吊り橋の手前にて停止をした軍勢。
 まずは先遣隊が街の内部の様子を探るべく出発する。今後の動きはその報告を待ってから。

 しばらくして戻ってきた先遣隊。

「なかはひどいありさまですが、禍躬の姿はどこにもありません。それに表門がわずかに開いていたことからして、おそらくギサンゴは不利を悟ってこの地を放棄したものかと」

 勇んで来てみれば、敵は恐れをなして逃げ出したあと。
 なんともひょうしぬけではあるが、それでも今後の重要拠点となる場所を早々に奪還できたのはよろこばしいこと。
 とはいえけっして油断はすまい。
 だから報告を受けた指揮官は、念のためにさらに三部隊を投入し、東街の内部や近辺を探らせ裏付けをとる慎重さをみせた。

  ◇

 問題なしと判断したところで、ふたたび行軍を再開した軍勢。
 順調に入街を果たしていく。けれども半数ほどが吊り橋を渡り終えたところで、後方にて異変が生じる。

 突如として後方にて発生した悲鳴と絶叫。怒号と激しい剣戟音。
 赤胴色の異形が暴れていた。背後からの襲撃。
 軍勢側もつねに襲撃には備えていた。警戒は怠らなかった。しかしそれでも入街を待つうちに気がわずかに緩む。その一瞬の間隙を突かれての攻撃であった。

 禍躬のひと薙ぎにて、多数の人の身が千切れ飛び、もげた手足が散乱し、臓物がぶちまけられては、暴風が吹き荒れ、血の雨が降る。たちまち一帯に死の影がさし、血のニオイが濃厚となる。
 混乱する現場。
 勇敢にも立ち向かう者もいたが、それを容赦なく叩きつぶす巨躯。
 鉄の盾が、甲冑が、まるで意味をなさない。紙切れのごとく六本の凶爪によって細断される。
 このままでは一方的に蹂躙されるばかり。
 だからいったん距離をとって体勢を整えようとするも、その邪魔をしたのはよりにもよって味方であった。数の多さが仇となる。

 前方には吊り橋と深い堀。
 期せずしてこれを背負う形になってしまった軍勢。
 このままではマズイと、いそいで残りを街へと収容しようとするも、そのときのこと。
 まず山側の表門がバタンと閉じ、続けて裏門までもが閉じられた。
 もちろん人間の仕業ではない。どこぞに雲隠れしていた禍躬ギサンゴによるもの。

 東街の内と外、分断された軍勢。
 内は袋のネズミ、外は背水の陣を強いられる。
 そこに鳴り響いたのは怪音。

 カーン、カーン、カーン、カーン……。

 人心を惑わし、恐慌へと誘い、行動不能とする禍躬ギサンゴの角による魔奏。これが混乱に拍車をかける。
 とはいえ、この島に派遣されてきたのは各国からの精鋭たち。島に住む一般の人たちとは胆力がちがう。いくぶんぐらつき、動揺はみせるも、大半の者らが下腹にぐっと力を込めて踏ん張る気概をみせ、すぐ目の前に迫る脅威へと立ち向かう。

  ◇

 東街へと進軍した軍勢が窮地に立たされていた頃。
 西街へと進軍した軍勢は、対照的にのんびりしたもの。
 こちらもやはりもぬけの殻にて、禍躬ジャナイの姿はどこにもない。裏門、表門、ともに開けっ放しであったことから、おおかた軍勢に恐れをなして逃げ出したのであろうと判断される。
 こちらはほとんど破壊の痕跡もなく、住環境や各種施設もほぼ無傷のままに残っているから、軍勢を逗留させるのになんら支障はなかった。

 指揮官は街機能の復旧作業を急がせるかたわら、側近らを集めて地図を眺めながら今後の展開について協議する。

「ここまでは楽をさせてもらったが、さすがにこの先はそうもいくまい」
「ええ、三叉矛嶽の天嶮ぶりは有名ですから」
「となれば獲物を追い込むより、こちら側に引きずり出すのが得策かと」
「そうですな。いっそ森を焼いて、いぶりだすというのはどうでしょう?」
「しかり、そうすれば広い土地を確保できて、大軍を展開するのがずっと簡単になります」

 これらの意見に「そうさなぁ」と腕組みにて思案顔の指揮官。
 ふと何かの異臭を感じて、そのニオイを追うようにして窓辺へと。
 すると視界に入ったのは高い煙突から立ち昇るひと筋の黄色い煙。

「あれは?」と問えば、「はっ、あれはおそらく鉄を精製する高炉のものかと」

 その言葉に首を傾げる指揮官。たしかに彼は街の復旧を急がせている。だからとてこの時点で炉を動かす必要はない。どこぞの粗忽者がかんちがいをしたのかと考えた。
 だがしかし……。

 ふいに視界がぼやけて、ぐらり。
 立ち眩みをした指揮官は窓縁に手をつき、からくももちこたえる。が、室内に目を向ければ側近らが膝をついたり、嘔吐して倒れたりしているではないか!

「……はっ! まさかこのニオイ、毒煙か」

 指揮官が気づいたときには、すでに街中にそのニオイが漂っており、数多の者が行動不能へと陥っていた。
 それを成したのは禍躬ジャナイの毒液。
 余熱でくすぶり続けていた炉にぽとりたらりと、牙から毒液を垂らしての毒煙散布。
 表門と裏門を開けたままにしていたのは、風の通りを良くして、毒の回りをはやくするための細工。

 すっかり地上が静かになったところで、ぞろりと下水道から這い出してきた蛇体。
 禍躬ジャナイは手始めに近くにいた者を頭からぱくりとしては、ごくんと丸呑み。


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