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その百二 東街陥落
しおりを挟む東のお三輪山、坑道入り口にて起きた大惨事。
犠牲になった者の数は二百を優に超えるとおもわれるが、正確な数字はわからない。確認のしようがないからだ。
のっぴきならない事態。そう判断した宝雷島の執政官である十基侑大は、すぐさま戒厳令を発動する。
これにより島内は戦時下へと置かれ、人々は最寄りの街へと強制避難。高い壁と深い堀に囲まれた中へと押し込まれて、吊り橋をあげ城門は固く閉じられた。
皮肉にも日頃から二体の禍躬の争いに悩まされていたおかげで、この避難行動に関してはすみやかに実施された。
一方で十基侑大はさらなる強権をふるう。
兵を派遣して桟橋を封鎖し、港に停泊中であった船たち、そのすべての出港を禁じ、留め置くように命じた。
いざともなれば、乗せれるだけの人間を乗せて島を脱出することを考慮しての処置であった。
◇
山から流れてくる靄にて、街が白に半ば埋もれていた早朝のこと。
東の鉱山街、門近くの城壁の見張り台にて。
「ごくろう、状況はどうだ?」
たずねたのは、この街を預かる元締めの兼也。
差し入れの握り飯持参にて、様子をみにきた。
これを受け取りながら「へい、いまのところは静かなものでさぁ。うんともすんともいいやがらねえ」と見張りの男が答える。
すでに惨劇から二晩が経とうとしている。
その間、壁の上には飛び道具を手にした守備隊がずらり、昼夜を問わず警護にあたっていた。
夜間にも篝火を絶やすことなく、設置されてある巨大石弓や、大型火筒をいつでも放てるよう、準備も怠らない。
伊達にこれまで危険な禍躬と共生してきたわけじゃない。ここ宝雷島は、金の卵を産むニワトリ。統治に携わっている近隣諸国からの援助や技術提供などもあり、街ひとつとっても下手な小国の王城よりもよほど堅牢な造りとなっている。
これまで設置されていた防衛兵器が使用される機会がなかった。それは禍躬が鉄と火を嫌って、街や鉱山の方へとは近寄ってこなかったから。
かといってその大きさ、重さゆえに、自由に持ち運べないもので、討伐に同行させるのには不向きとあって、これまでは無用の長物なんぞと揶揄されていたものであるが……。
「やれやれ、よもやオラの代でそいつを使うハメになろうとはなぁ。だがあれをまともに喰らえば、いかに禍躬とてきっと」
兼也の言葉はそこで遮られた。
突如として鳴り響いた衝突音が、朝の静寂を斬り裂く。
白靄の彼方から飛来したは岩が、城壁へともの凄い勢いにて激突。岩は粉々に砕け散り、ぶつかった箇所には亀裂と窪みが生じる。
ぐらりと足下が揺れ、あわてて外を視た兼也は「なっ!」
飛来する岩はひとつではなかった。
次々と飛んできては、城壁にガンガンとぶつかっていく。城壁の上にも被害がおよび、守備隊は大混乱。石弓がダメにされた。大型火筒までもが石塊を喰らったはずみで、台座から落下してしまう。
そればかりではない。じょじょに自分たちがいる見張り台の方へと近づいてくるではないか。
「いけねえ、ここからすぐにずらかれっ!」
周囲の者に声をかけて、泡を喰って階段を降りだした兼也。
直後のこと。ついさっきまで彼らがいたところに岩が飛び込んできて、見張り台の天辺付近が木っ端みじんとなる。間一髪であった。
◇
藁で編んだような蛇体である禍躬ジャナイ。
珊瑚のような角を持つ大きな牡鹿のような禍躬ギサンゴ。
肉体の構造上、この二体に岩を投げるなんていう芸当はできない。
ならば考えられることはひとつ。
降臨し、瞬く間に二体を従えてしまったという新たな禍躬の仕業。
霧の彼方からの岩による投擲。
当初は街を守る壁へと向けて適当に放っていた感じであったのが、じょじょに狙いが定まっていき、ついには城壁に設置された防衛兵器や見張り台などを、的確に破壊するようになる。
だが、さすがに頑丈な壁そのものに穴を穿ち、倒壊するには至らない。
ゆえになんとか持ちこたえられると油断した矢先のこと。
今度は空の上より、岩が街中へと降り注ぎ始めたものだから、たまらない。
投げ方を変えたのだ。
力任せに直線的に放つのではなくて、上空斜めへと向かって放つことで、岩が宙に弧を描き壁を越えて落下していく。
落ちてくる岩は大樽程度の大きさしかないが、それでも建物の屋根をたやすく貫通し、下敷きになれば人間の身なんぞはぺしゃんこになる。
そんなシロモノにさらされた東街の人間たちの恐怖は、いかばかりであったことか。
頭上からの脅威に怯えて、少しでも頑強な建物の中、あるいは地下室があるところへと殺到する人々。
こうなるともう、元締めである兼也の指示も、ろくにみなの耳には届かない。
壁も門も健在。
なのに真っ先に人間たちの心がへし折られた。
ついには何者かによって勝手に裏門が開け放たれて、我先にと逃げ出す人たち。
東の鉱山街はさほど時を置かずして陥落した。
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