山狗の血 堕ちた神と地を駆けし獣

月芝

文字の大きさ
上 下
100 / 154

その百 島の支配者

しおりを挟む
 
「いやだっ! おら、あそこにはいきたくねえ。知ってるんだぞ、あそこにいった連中のうちの何人もが消えちまっているってことを」

 東の鉱山街、朝礼の席にて、組頭より仕事先を割り振られた鉱夫のひとりが急に声を張りあげた。するとこれに呼応して次々と、おれもおれもと拒否する者が手をあげだして、場が騒然となる。

 事実、ここのところ七之助山方面へと続く坑道にて行方不明者が続発していた。
 なかには奥で不気味な獣の唸り声を聞いたという者まであらわれており、ご覧の通りのありさま。
 元締めである兼也が、対策について執政官の十基侑大や島の主だった面々との協議の上で、まずは先遣隊を派遣して様子をみてみようかと準備を整えているさなかのことであった。

 しょせん、人の口に戸は立てられない。
 いくら厳しく口止めをしたところで、どこぞより漏れてしまうもの。
 そんなことは兼也も承知をしていたのだが、予想よりもずっと早くことが露見してしまい、内心で舌打ち。この分では西街や港街の方でも似たようなものであろう。
 そんな兼也の予想は的中する。

『坑道の奥底には人喰いのバケモノが潜んでいる』

 なんぞという噂話が島内を駆け巡るまでに、さして時間はかからなかった。

  ◇

 二十人からなる先遣隊が出発したのは、島内が騒がしくなってからすぐのこと。
 東のお美輪山と西の立花姫山の両方面より二手に分かれて、行方不明者らが出たという場所をさかのぼるようにして、深部の七之助山方面へと探っていく。
 あくまで本格的な調査隊を送る前段階にて、もしも何らかの異変があればすぐに引き返し情報を持ち帰ることになっていた。
 なお先遣隊が潜る間、一帯は立ち入り禁止となるも、鉱山の操業は続けられていた。

 しかしいっこうに情報があがってくることもなく、一日、二日と過ぎていく。

「まだか」と気を揉みながら待つのは、執政官の十基侑大。「あと少しで任期がまっとうできるというのに、この時期になって面倒ごとが起こるとはな」

 彼が愚痴りながら書類に目を通していたところ、はっとして顔をあげる。急に階下よりざわつく気配が伝わってきたからだ。

「なんだ? 待ちきれずに兼也か火乃あたりが押しかけてきたのか」

 かとおもえば、ドタドタと廊下を走る音が響き、こちらの許可を求めることもなくいきなり開けられた執務室の扉。
 泡を喰って飛び込んできたのは旗下の役人の者。

「いったい何ごとか、騒々しい」と十基侑大が顔をしかめるも、それどころではないとばかりに告げられたのは「せっ、先遣隊が帰還。ただしひとりにて、大怪我を負っており、『双頭のバケモノ』とのうわごとを繰り返しております」との報告であった。

  ◇

 帰還した者は左肩あたりから先がごっそりと失われていた。傷口からして無造作にかじられたものとおもわれる。背には六本爪による引っかき傷を負っており、一部は内臓にまで達するほどの深さ。よくもこの体で地上まで戻ってこれたものと、診察した医師もたいそう驚いたものである。
 しかしどうにか地の底で起こっている異変についての情報を持ち帰ったところで、力尽きてしまったのか、ろくに言葉も交わせぬままに息絶えてしまった。
 先遣隊は全員殺られてしまったらしい。
 もたらされた情報は以下の三つ。

 双頭のバケモノ。
 背の眼。
 呼び声。

 先遣隊全滅の報を受けて、十基侑大はすぐに島内の主だった者らを集めて、緊急会合を開く。
 信頼の置ける腕利きで構成された部隊があえなく全滅した。
 それを成したのは異形のバケモノ。おそらくは新たに出現した禍躬とおもわれる。
 宝雷島に第三の禍躬が降臨!
 この事態を前にしてはもはや待ったなし。鉱山の操業停止と一時封鎖。島内戦力を整えつつ、本国および関係各国に応援を要請、準備が整い次第討伐を実施することが決定された。
 禍躬ギサンゴやジャナイとはちがって、すみやかに討伐対象となったのは、相手が鉱山の奥に居座っているからである。

 けれどもこの人間側の討伐計画が実行されることはなかった。
 まったくの想定外の事態が発生して、十基侑大らは激しく狼狽し、宝雷島には激震が走る。
 なんと! 新たに出現した禍躬が、他の二体を従えて東のお三輪山、鉱山入り口を襲撃。たちまち阿鼻叫喚の地獄を地上に出現させて、これを壊滅させてしまった。

 力がすべての野生。それすなわち第三の禍躬が、ギサンゴとジャナイを圧倒して屈服させたということ。
 二体の禍躬の上に君臨するのは、くすんだ赤胴色の毛並みを持つ双頭のバケモノ……。

 この日、宝雷島の勢力図は大きく塗り替えられた。
 そしてまざまざと力の差を見せつけられて、人間たちは思い知らされる。
 誰がこの島の真の支配者なのかということを。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

悪魔さまの言うとおり~わたし、執事になります⁉︎~

橘花やよい
児童書・童話
女子中学生・リリイが、入学することになったのは、お嬢さま学校。でもそこは「悪魔」の学校で、「執事として入学してちょうだい」……って、どういうことなの⁉待ち構えるのは、きれいでいじわるな悪魔たち! 友情と魔法と、胸キュンもありの学園ファンタジー。 第2回きずな児童書大賞参加作です。

四尾がつむぐえにし、そこかしこ

月芝
児童書・童話
その日、小学校に激震が走った。 憧れのキラキラ王子さまが転校する。 女子たちの嘆きはひとしお。 彼に淡い想いを抱いていたユイもまた動揺を隠せない。 だからとてどうこうする勇気もない。 うつむき複雑な気持ちを抱えたままの帰り道。 家の近所に見覚えのない小路を見つけたユイは、少し寄り道してみることにする。 まさかそんな小さな冒険が、あんなに大ごとになるなんて……。 ひょんなことから石の祠に祀られた三尾の稲荷にコンコン見込まれて、 三つのお仕事を手伝うことになったユイ。 達成すれば、なんと一つだけ何でも願い事を叶えてくれるという。 もしかしたら、もしかしちゃうかも? そこかしこにて泡沫のごとくあらわれては消えてゆく、えにしたち。 結んで、切って、ほどいて、繋いで、笑って、泣いて。 いろんな不思議を知り、数多のえにしを目にし、触れた先にて、 はたしてユイは何を求め願うのか。 少女のちょっと不思議な冒険譚。 ここに開幕。

守護霊のお仕事なんて出来ません!

柚月しずく
児童書・童話
事故に遭ってしまった未蘭が目が覚めると……そこは死後の世界だった。 死後の世界には「死亡予定者リスト」が存在するらしい。未蘭はリストに名前がなく「不法侵入者」と責められてしまう。 そんな未蘭を救ってくれたのは、白いスーツを着た少年。柊だった。 助けてもらいホッとしていた未蘭だったが、ある選択を迫られる。 ・守護霊代行の仕事を手伝うか。 ・死亡手続きを進められるか。 究極の選択を迫られた未蘭。 守護霊代行の仕事を引き受けることに。 人には視えない存在「守護霊代行」の任務を、なんとかこなしていたが……。 「視えないはずなのに、どうして私のことがわかるの?」 話しかけてくる男の子が現れて――⁉︎ ちょっと不思議で、信じられないような。だけど心温まるお話。

盲目魔女さんに拾われた双子姉妹は恩返しをするそうです。

桐山一茶
児童書・童話
雨が降り注ぐ夜の山に、捨てられてしまった双子の姉妹が居ました。 山の中には恐ろしい魔物が出るので、幼い少女の力では山の中で生きていく事なんか出来ません。 そんな中、双子姉妹の目の前に全身黒ずくめの女の人が現れました。 するとその人は優しい声で言いました。 「私は目が見えません。だから手を繋ぎましょう」 その言葉をきっかけに、3人は仲良く暮らし始めたそうなのですが――。 (この作品はほぼ毎日更新です)

荒川ハツコイ物語~宇宙から来た少女と過ごした小学生最後の夏休み~

釈 余白(しやく)
児童書・童話
 今より少し前の時代には、子供らが荒川土手に集まって遊ぶのは当たり前だったらしい。野球をしたり凧揚げをしたり釣りをしたり、時には決闘したり下級生の自転車練習に付き合ったりと様々だ。  そんな話を親から聞かされながら育ったせいなのか、僕らの遊び場はもっぱら荒川土手だった。もちろん小学生最後となる六年生の夏休みもいつもと変わらず、いつものように幼馴染で集まってありきたりの遊びに精を出す毎日である。  そして今日は鯉釣りの予定だ。今まで一度も釣り上げたことのない鯉を小学生のうちに釣り上げるのが僕、田口暦(たぐち こよみ)の目標だった。  今日こそはと強い意気込みで釣りを始めた僕だったが、初めての鯉と出会う前に自分を宇宙人だと言う女子、ミクに出会い一目で恋に落ちてしまった。だが夏休みが終わるころには自分の星へ帰ってしまうと言う。  かくして小学生最後の夏休みは、彼女が帰る前に何でもいいから忘れられないくらいの思い出を作り、特別なものにするという目的が最優先となったのだった。  はたして初めての鯉と初めての恋の両方を成就させることができるのだろうか。

ローズお姉さまのドレス

有沢真尋
児童書・童話
最近のルイーゼは少しおかしい。 いつも丈の合わない、ローズお姉さまのドレスを着ている。 話し方もお姉さまそっくり。 わたしと同じ年なのに、ずいぶん年上のように振舞う。 表紙はかんたん表紙メーカーさまで作成

生贄姫の末路 【完結】

松林ナオ
児童書・童話
水の豊かな国の王様と魔物は、はるか昔にある契約を交わしました。 それは、姫を生贄に捧げる代わりに国へ繁栄をもたらすというものです。 水の豊かな国には双子のお姫様がいます。 ひとりは金色の髪をもつ、活発で愛らしい金のお姫様。 もうひとりは銀色の髪をもつ、表情が乏しく物静かな銀のお姫様。 王様が生贄に選んだのは、銀のお姫様でした。

忠犬ハジッコ

SoftCareer
児童書・童話
もうすぐ天寿を全うするはずだった老犬ハジッコでしたが、飼い主である高校生・澄子の魂が、偶然出会った付喪神(つくもがみ)の「夜桜」に抜き去られてしまいます。 「夜桜」と戦い力尽きたハジッコの魂は、犬の転生神によって、抜け殻になってしまった澄子の身体に転生し、奪われた澄子の魂を取り戻すべく、仲間達の力を借りながら奮闘努力する……というお話です。 ※今まで、オトナ向けの小説ばかり書いておりましたが、  今回は中学生位を読者対象と想定してチャレンジしてみました。  お楽しみいただければうれしいです。

処理中です...