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その百 島の支配者

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「いやだっ! おら、あそこにはいきたくねえ。知ってるんだぞ、あそこにいった連中のうちの何人もが消えちまっているってことを」

 東の鉱山街、朝礼の席にて、組頭より仕事先を割り振られた鉱夫のひとりが急に声を張りあげた。するとこれに呼応して次々と、おれもおれもと拒否する者が手をあげだして、場が騒然となる。

 事実、ここのところ七之助山方面へと続く坑道にて行方不明者が続発していた。
 なかには奥で不気味な獣の唸り声を聞いたという者まであらわれており、ご覧の通りのありさま。
 元締めである兼也が、対策について執政官の十基侑大や島の主だった面々との協議の上で、まずは先遣隊を派遣して様子をみてみようかと準備を整えているさなかのことであった。

 しょせん、人の口に戸は立てられない。
 いくら厳しく口止めをしたところで、どこぞより漏れてしまうもの。
 そんなことは兼也も承知をしていたのだが、予想よりもずっと早くことが露見してしまい、内心で舌打ち。この分では西街や港街の方でも似たようなものであろう。
 そんな兼也の予想は的中する。

『坑道の奥底には人喰いのバケモノが潜んでいる』

 なんぞという噂話が島内を駆け巡るまでに、さして時間はかからなかった。

  ◇

 二十人からなる先遣隊が出発したのは、島内が騒がしくなってからすぐのこと。
 東のお美輪山と西の立花姫山の両方面より二手に分かれて、行方不明者らが出たという場所をさかのぼるようにして、深部の七之助山方面へと探っていく。
 あくまで本格的な調査隊を送る前段階にて、もしも何らかの異変があればすぐに引き返し情報を持ち帰ることになっていた。
 なお先遣隊が潜る間、一帯は立ち入り禁止となるも、鉱山の操業は続けられていた。

 しかしいっこうに情報があがってくることもなく、一日、二日と過ぎていく。

「まだか」と気を揉みながら待つのは、執政官の十基侑大。「あと少しで任期がまっとうできるというのに、この時期になって面倒ごとが起こるとはな」

 彼が愚痴りながら書類に目を通していたところ、はっとして顔をあげる。急に階下よりざわつく気配が伝わってきたからだ。

「なんだ? 待ちきれずに兼也か火乃あたりが押しかけてきたのか」

 かとおもえば、ドタドタと廊下を走る音が響き、こちらの許可を求めることもなくいきなり開けられた執務室の扉。
 泡を喰って飛び込んできたのは旗下の役人の者。

「いったい何ごとか、騒々しい」と十基侑大が顔をしかめるも、それどころではないとばかりに告げられたのは「せっ、先遣隊が帰還。ただしひとりにて、大怪我を負っており、『双頭のバケモノ』とのうわごとを繰り返しております」との報告であった。

  ◇

 帰還した者は左肩あたりから先がごっそりと失われていた。傷口からして無造作にかじられたものとおもわれる。背には六本爪による引っかき傷を負っており、一部は内臓にまで達するほどの深さ。よくもこの体で地上まで戻ってこれたものと、診察した医師もたいそう驚いたものである。
 しかしどうにか地の底で起こっている異変についての情報を持ち帰ったところで、力尽きてしまったのか、ろくに言葉も交わせぬままに息絶えてしまった。
 先遣隊は全員殺られてしまったらしい。
 もたらされた情報は以下の三つ。

 双頭のバケモノ。
 背の眼。
 呼び声。

 先遣隊全滅の報を受けて、十基侑大はすぐに島内の主だった者らを集めて、緊急会合を開く。
 信頼の置ける腕利きで構成された部隊があえなく全滅した。
 それを成したのは異形のバケモノ。おそらくは新たに出現した禍躬とおもわれる。
 宝雷島に第三の禍躬が降臨!
 この事態を前にしてはもはや待ったなし。鉱山の操業停止と一時封鎖。島内戦力を整えつつ、本国および関係各国に応援を要請、準備が整い次第討伐を実施することが決定された。
 禍躬ギサンゴやジャナイとはちがって、すみやかに討伐対象となったのは、相手が鉱山の奥に居座っているからである。

 けれどもこの人間側の討伐計画が実行されることはなかった。
 まったくの想定外の事態が発生して、十基侑大らは激しく狼狽し、宝雷島には激震が走る。
 なんと! 新たに出現した禍躬が、他の二体を従えて東のお三輪山、鉱山入り口を襲撃。たちまち阿鼻叫喚の地獄を地上に出現させて、これを壊滅させてしまった。

 力がすべての野生。それすなわち第三の禍躬が、ギサンゴとジャナイを圧倒して屈服させたということ。
 二体の禍躬の上に君臨するのは、くすんだ赤胴色の毛並みを持つ双頭のバケモノ……。

 この日、宝雷島の勢力図は大きく塗り替えられた。
 そしてまざまざと力の差を見せつけられて、人間たちは思い知らされる。
 誰がこの島の真の支配者なのかということを。


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