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その九十七 宝雷島

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 ゴロゴロゴロゴロ……。

 暗雲の奥より聞こえてくるのは雷の低い唸り声。
 とたんに鋭い稲光がピシャリと走る。

「おや、またかい」

 空を見上げたのは行商人の男、うんざり言った。

「本当にここは雷が多いね。宿に戻るまで天気がもってくれればいいのだけれども。濡れネズミになるのは、もうごめんだよ」

 すると取引相手の者が「大丈夫ですよ、ダンナ。この程度じゃあ、まだまだ降りやしませんて。この島で産湯をつかったあっしが言うんだから、まちがいありやせんよ。それにほら、周囲をごらんなさい。誰も気にしちゃいませんでしょう?」となだめる。

 その言葉の通りであった。雷さまの機嫌なんぞは無視をして、市ではあいもかわらずの賑わいが続いている。
 取引相手の言葉に安堵の表情を浮かべた行商人は、「それじゃあ、荷物はさっき教えた港の倉庫の方へと運んでおいておくれ」と頼み、お金の詰まった巾着袋を渡す。
 ずっしり重いそれを両手にて恭しく受け取り、取引相手が「たしかに承りました。どうぞ今後ともご贔屓に」と満面の笑み。

 ここは宝雷島。
 島といっても小国ほどもの大きさにて、山もあれば森や湖もある。
 本土より船で二日ばかりの距離。いくら掘っても尽きることがない豊かな鉱脈があって、種類も豊富。
 定番の鉄や銅にはじまり、金銀のみにとどまらず、色とりどりの宝石なんぞもザクザク採れるというので、それらを目当てにした鉱夫やら商人らが各地から集まっては、昔からたいそう栄えていた。
 とみに近年では、さる鉱夫が国宝級の立派な宝玉を掘り当てるという幸運に恵まれ、一攫千金を成し、いちやく長者の仲間入りを果たしたものだから、噂を聞きつけて「よし、自分も」と野心を抱いて訪れる者が急増したもので、島はいっそうの賑わいをみせていた。

  ◇

 宝雷島はその身にたくわえた膨大なる富ゆえに、争いの種となっていた時期もある。
 島の利権を巡っては、領土の奪い合い。
 しかしそのうちに人々は、ハッと気がついた。

「いくら必死に戦働きをしても、褒賞なんぞはたかがしれている。ならば剣や槍をつるはしに持ちかえて、そこいらの地面でも掘った方がよほど稼げるのでは?」と。

 実際のところその通りにて、こうなると斬ったはったなんぞはバカらしい。
 というわけで、戦乱の時代はあっさり終わって、繁栄の時代へと突入する。

 島は出資している近隣諸国が合同で管理することになり、代表の執政官が置かれることになった。
 執政官の任期は四年にて各国の持ち回り。なお延長はない。
 富が集まるところ、つねに淀みあり。長く続けるほどに体制は腐り、賄賂や癒着なんぞが横行するようになる。これを未然に防ぐための措置。
 財務内容はつねに解放されており、各国の求めに応じて、必ず資料を提出しなければならない
 もしもなんらかの不祥事を起こせば、当人はもとより派遣した国にも相応の罰が科される。わかりやすいところでは、取り分がガクンと減らされ、かわりに出資率がグンと増えたりする。
 絶えず周囲からの厳しい目にさらされる重要な職務。
 ゆえに執政官は、各国ともに王から信任厚く、人柄や能力にも秀でたものが選ばれるのがつねであった。

  ◇

 島内唯一の港街にある石造りの四階建ての庁舎、その最上階にて。
 いつものように執務室に篭っては机にかじりつき、せっせと書類仕事を片付けていたのは現在の執政官である十基侑大(じゅうきゆうだい)。
 歳は五十手前にして、面構えはいかにも厳格な役人といった堅いもの。国元に妻子を残して単身赴任すること三年目。
 あと少しがんばれば、ようやくこの激務から解放される。家族のもとへと帰れる。
 それを慰みに、日々書類の山と格闘を続けていたのだが……。

「うん? この書状は東街の兼也からか。ふふっ、冬眠あけのクマみたいな見た目のくせして、あいかわらずの達筆だな。しかし文字は人をあらわすというのも当てにはならぬ。で、いったい何ごとか。どれどれ」

 兼也(かねや)とは、お美輪山の麓にある鉱山街の元締め。
 この地に集っている鉱夫は、職業柄のせいなのか腕っぷしが強く、負けん気も強く、酒好き女好き博打好きにて、口よりも先に手が出るような者が大半。
 そんな連中を御上が無理矢理に抑えつけて、言うことを聞かせようというのが土台無理な話。そこでここ宝雷島では、ある程度の自治を各方面に認めており代表の元締めに任せてある。

 書状の封を解き、中身に目を通しはじめた十基侑大。
 その表情がみるみる曇っていく。

「また坑道奥で鉱夫が消えただと? たしかこれで五人目のはず。西街の火乃(ひの)からも、少し前に似たような報告があがっていた。東西合わせたらすでに十名以上もの者が行方をくらましていることになる。うーん、足抜けであろうか」

 いちおう希望すれば鉱夫には誰でもなれる。
 だからとて鉱山に好き勝手に入れるわけじゃない。
 元締めと杯を交わし、組に所属して、世話役の兄貴分の下についてから、ようやく山に入れるのだ。
 その過程において、人格や性根などをよくよく見極めて、体躯や能力、経験や適正に応じて仕事を割り振る。
 地上であれば気性が荒いのも、ケンカっ早いのも、だらしないのもかまわない。だが、いったん地の底の穴倉へと潜ったら、決まりごとを守れないのでは困る。
 それすなわち他の者たちの命をも危険に晒すことになるのだから。

 穴掘りはけっして楽な仕事じゃない。あまりの辛さ、あるいは暗闇に耐えかねて逃げ出す者もいる。
 とはいえ、いささか数が多く、頻発している。わざわざ書状にて報告をしてきたということは、懸念することがあるのやもしれない。

「……崩落に巻き込まれたか、亀裂に落ちたか、もしくは毒煙の類でも漏れ出しているのやもしれん。これは一度、人をやって坑道をさらってみたほうがいいのやもしれんな」

 そう決めた十基侑大は、さっそく筆をとり、東街と西街の元締めらにその旨を命じる指示書をしたためはじめた。

 山狗の子コハクが繭玉山を去ってから、すでに十年近い歳月が流れようとしていた頃であった。


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