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その九十四 白狼の昔語り 人災
しおりを挟むオウランが新たな頭領として立つ。
それをまるで天が祝福するかのように、直後に住みよい岩山を発見する。近くにはほどほどの広さの森もあり、泉などもあるから飲み水にも困らない。
奇跡的に誰の手もついていない土地。
以前に暮らしていた場所と比べたら、けっして豊かとは言えないけれども、贅沢は言っていられない。それに仲間たちは心身ともに疲弊しきっていた。
これ以上の旅は無理だと判断したオウランは「ここを我らの新たな縄張りとする」と定める。
しかし彼女には懸念材料がひとつあった。
それは大きな切り株。
伐採のあとだ。あきらかにヒトの手によるもの。樵(きこり)の仕業であろうが、それすなわちここまで人間たちが分け入ってくるという証拠でもある。
流浪の旅の終着を決める前。オウランは念のために切り株を調べてみたが、鉄のニオイはとうに失せていた。付近に足跡なども残っておらず、断面の状態からしてずいぶんと昔に切り倒されたらしい。周辺にもいくつか切り株があったが、どれも似たようなもの。そして新しいものはひとつも見当たらなかった。
ゆえにオウランは「かつてはヒトが出入りをしていたが、いまは立ち入る者も失せてひさしい」と判断した。
◇
安息の地は、闇夜の焚き火のようなもの。
遠目に目立ち、羽虫たちはこぞってその灯りを求める。
オウラン達が新たに得た縄張りを狙う、他の群れがあらわれるまでに、さして時間はかからなかった。
けれども向かってきた連中はことごとくはねのけられた。
「たかが雌の分際で」「女のくせに生意気なっ」
なんぞと舐めてかかってくる相手ほど、とくにこっぴどくやっつけられる。
それほどまでにオウランは強かった。
勝利を重ねるほど、自然と彼女の勇名は高まり、いつしか白狼王と呼ばれるようになってゆく。
そんなオウランを慕い首を垂れて追従する者も増え、気がつけば群れはかつて以上の勢いを取り戻しつつあった。
だが、それこそが悲劇を招くことになる。
◇
「規模が大きなオオカミの群れが岩山に住み着いている」
「率いているのは世にも見事な毛並みをした白狼らしい」
森に薪を拾いに入った里の者、帰り道に迷ってしまったときに、たまさかオウランを目撃する。彼女の毛は流氷を思わせる白。遠目にも非常に目立つ。ましてやそれが多くのオオカミたちを従えては女王然としていれば、なおのこと。
集落へと戻った里の者。さっそくそのことを自分の女房に話した。するとそこから先、あっという間に集落中に話が伝わり、じきに外へと広く伝聞するまでにさして時間はかからなかった。
世にも稀なる白狼の噂は、国をもまたぎ方々へと千里を駆ける。
そしてとある国の美姫が宴のさなかに言った。
「素敵ですわね。もしもその毛皮を献上してくださるのであれば、わたくしはその方のもとへと嫁ぎたいとおもいます」
美姫がどこまで本気であったのかはわからない。あるいは酒の上の戯れであったのやも。
しかしこれに彼女に夢中であった男たちはこぞって反応した。すぐさま旗下の者らに「金に糸目はつけん。なんとしてもその白狼を手に入れろ」と命じた。
◇
色と欲に目が眩みとりつかれた人間たちが、オウランたちの森へと殺到する。
森に火を放たれた。火勢は凄まじく、黒煙が一帯に充ち、熱波が荒れ狂う。
炎の中を逃げ惑う仲間たち。オウランは懸命に戦い、一頭でも多くの仲間たちを逃がすべく奮闘する。
戦い続けているうちに、どうやら連中の狙いが自分にあるらしいと気がついたときの、オウランの絶望たるや。
自分という異質な存在が、結局、同胞らを死地へと誘おうとしている。
それでもまだ立ち続けていられたのは、家族の存在があったから。だがしかし、それも我が子たちを人質にとられるまでであった。
目の前で夫を槍で貫かれ激怒した白狼は、一瞬、我を忘れた。
仇の喉笛を喰い破り、近くにいた連中をまとめて蹴散らしたまではよかったのだが、血と戦いに酔ううちに、我が子たちが敵の手に落ちてしまう。
鉄の檻へと放り込まれた我が子たちの悲鳴に、はっと我に返ったオウラン。
「おのれっ、うちの子たちを放せっ!」
あわてて助けに向かおうとするも、狡猾な人間たちは白狼の動揺を見逃さなかった。
一斉に檻の中にいる双子の子オオカミたちに槍を突きつけ、にへらと厭らしい笑み。
「動くんじゃない! さもなくば……」
びくりと固まり、足を止めたオウラン。
とたんに首や四肢に分銅がついた鉄の鎖がからみつき、頭上からは網がばさり。がんじがらめにされて身動きを封じられてしまった。
かくして白狼は人間たちの手に落ちた。
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