山狗の血 堕ちた神と地を駆けし獣

月芝

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その七十八 赤嶺

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 雪の峠にてコハクが、オウランより冬毬の身に降りかかった災いについて聞かされていると、頭上より「カァ」との鳴き声。
 ばさり、一羽のカラスが舞い降りてきたとおもったら、オウランに近づきなにやら耳打ち。

「……そうか、わかった。ありがとうよ。手間賃にうちの洞窟から魚でも肉でも、何でも好きなだけ持っていきな」

 カラスは翼を広げて喜色をあらわしたのちに、ふたたび空へと。
 それを見送ってからオウランが言った。

「あの子の居所がわかったよ」と。

  ◇

 山狗の子と白狼。
 峠道をいっきに駆けおりる二頭。向かうは大狒々ザクロマダラが根城としている赤嶺(あかみね)。
 赤嶺は夕陽を受けると真っ赤に染まることから、そう呼ばれるようになった連山。この奥地、猿谷を抜けた先にある朽ちた神殿に、狒々神の花嫁を運ぶ一行は向かっている途中。
 カラスより情報を得たオウランが「行くのかい?」とたずねたら、コハクは「もちろん」と即答。
 するとオウランは「ったく、しょうがないねえ。だったらあたいもついて行ってやるよ。べつに人間の娘がどうなろうと知ったこっちゃないけど。ここのところ、サルども、ちょっと調子に乗っていやがったからな。ここいらで一発、シメといたほうがいいだろうから」とにやり。口の端を持ち上げたひょうしに立派な牙をちらりとのぞかせる。

 かくして頼もしい味方を得たコハクは駆け出した。目指すは狒々神としてこの地に君臨している大狒々の根城、朽ちた神殿。
 積もった雪と、険しい山道。人間の足では二日半はかかる距離も、コハクたちならば半日とはかかるまい。きっと追いつけるはず、間に合うはずと信じてコハクは前だけを向いてひたすら四肢を動かす。

  ◇

 オウランの案内により、土地勘のない場所でも迷わずコハクは突き進む。
 途中、樹氷の森へと入ったところで、横並びに走るオウランが「気づいているかい」と声をかけてきたもので、コハクは小さくうなづく。
 肌がひりつく感覚。かすかに感じるのは刺すような視線。
 この地に足を踏み入れてからときおり感じていたそれが、森へと入ったところで一段と強まった。心なしか進むほどに数も増えているようだ。

「これは……サルたちだよね。縄張り内のあちこちに見張りを立てているって話だったけど」
「あぁ、連中はつねに目を光らせている。こちらの動きは向こうさんに筒抜けだと考えた方がいい。絶対に気を抜くんじゃないよ」
「わかった」

 ここはすでに敵地にて、地の利は相手にある。
 より警戒を強めつつ、二頭は疾風と化し駆けに駆ける。

  ◇

 執拗にからみついてくる視線を振り切り、走り続けた二頭。
 森を抜け、雪原を横断し、いよいよ目指す赤嶺を臨めるところにまで進んだところで、ふいにオウランが足を止めた。
 コハクも止まったものの、「どうしてこんなところで? あと少しなのに」と怪訝顔。
 するとオウランは諭すように告げる。

「だからだよ。焦りのせいですっかり気が急いている。それじゃあ、視野が狭まって危うい。ここいらでいったん休憩をいれて落ち着こう」

 言うなり鼻先をスンスンさせたオウランは、最寄りの木へと近づく。それはカエデの木であった。すっかり霜が降りて凍りついている。そんな木を探るオウラン。
 そうして見つけたのは折れた枝。雪の重みに耐えかねたのか、中ほどでポキリとなっており、先端にはつららをぶら下げていた。
 このつららをオウランはいきなりぱくり。もぐもぐと口の中でつららの欠片を溶かしつつ、「ふむ、甘露甘露。カエデの木は甘い樹液を出すからね。そいつがつららにも滲み出るんだよ。ほら、ぼさっとしていないであんたも食べな。戦の前の腹ごしらえってやつさ」

 飲まず食わずにてずっと駆け通しにて、緊張のしっぱなし。
 自分で考えている以上に消耗している。そんな状態で大一番に臨んでも、充分に動けるわけがない。
 もっともなことである。
 だからコハクもオウランに倣って、カエデのつららをぱくり。存分に英気を養うことにした。


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