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その五十九 堰堤の戦い 太陽と月

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 正孝に課された役割りは三つ。
 氷室より盗み出した女の遺体を堰堤の中央付近にまで運ぶこと。
 自身が囮役、生き餌となり、禍躬シャクドウを挑発し誘導すること。
 狙撃位置にて、しばし奴の注意を引き足止めすること。

 先のふたつはどうにか成功した。
 残りはあとひとつ。
 緒野家伝来の槍。その鋭利な穂先をぴたりとシャクドウに向け、正孝が吼える。

「かかってこいっ!」

 それに呼応するかのようにして動きだす巨体。
 大事な氷室を荒らし、餌を盗み出した不埒者。禍躬にとっては、ヒトもウサギも野ネズミも変わらぬ。等しく怯え泣き喚き喰われるだけの、とるに足らない矮小なる存在に過ぎぬ。そんな相手がこしゃくにも自分に刃を向けている。
 シャクドウは怒りのまま無造作に近寄り、食い殺さんとする。
 だがそうはさせじと飛び出したのが山狗の子。コハクが全身の毛を逆立て、闘志をむき出しにする。

 足を止めたシャクドウ。
 真紅の瞳と琥珀色の瞳。
 両者がはっしとにらみ合う。
 するとこれに「グルルル」という低い唸り声が加わる。
 いつの間にかシャクドウのうしろに、もう一頭の山狗の姿があった。弥五郎の相棒のビゼンである。どうやら援軍に寄越してくれたらしい。

  ◇

 二頭の山狗に前後を囲まれ威嚇されて、煩わしそうにシャクドウが首を振る。
 その鼻先をふいにかすめたのは正孝の槍の切っ先。槍の柄の端、石突近くを握っての振り抜き。威力はさほどではないが、当たればかすり傷程度は刻める。
 もちろんそんな半端な攻撃で、禍躬をどうにか出来るとは正孝も思ってはいない。
 これはあくまで牽制、そして「自分もいるぞ、忘れるな」という主張。

 相手の間合いを見極め、ぎりぎりの位置を守りつつ、前後を囲むコハクとビゼン。二頭は示し合わせたようにそろった動きにて右回りに円を描く。シャクドウの周囲をぐるりぐるり。
 まるで大地を巡る太陽と月のような動き。
 一頭に顔を向けると、もう一頭が背後の陰に入る。
 加えてコハクたちはわざと足音を立てながら歩く。ときおりカチカチと牙を打ち鳴らす。
 こうなると否応なしに相手を意識せざるをえない。
 だからとてそちらに気をとられてしまうと、途端に飛んでくるのが正孝の槍。若き武官は二頭の動きに合わせつつ、刺突を放ってはすぐさま後退するのをくり返す。
 倒すことが目的ではない。あくまで足止めを狙ってのこと。

 次第にイラ立ちを募らせるシャクドウ。
 ふいにコハクへと突進を試み、ひと息に薙ぎ払おうとする。しかしシャクドウが距離を詰めた分だけコハクが下がる。そしてすかさずビゼンが接敵しては攻撃を見舞う。
 うしろ足首を狙って牙を突き立てんとする。
 が、この攻撃は通らない。
 よほど勘がいいのか、シャクドウがとっさに足を持ち上げて回避。逆に近づいてきた相手の頭部を踏みつけ砕こうとして、あわてて首を引っ込めたビゼン。シュタっと跳躍してふたたび距離をとる。

 一連のやりとりを間近に見ていた正孝は「変だな」と内心で首をひねっていた。
 山狗たちの絶妙な連携にもかかわらず、ここまで背後からの攻撃がほとんど通っていなかったからである。正面は当然ながら、かするのはもっぱら側面からのものばかり。
 そこではっとした正孝。
 彼が思い出したのは、弥五郎とシャクドウが最初に対峙したときの話。あのとき谷を挟んでの狙撃を試みた弥五郎。狙いあやまたず、背に向けて電光石火の三連射を仕掛けたというが、そのことごとくをかわされてしまったという。それもうしろを一瞥することもなく、ひょひょいと。

「もしや、同じなのか」

 だとすれば単に相手を狙撃位置へと誘導するだけでは、まだ足りない。
 その際の相手の体の向きも重要となる。堰堤の両端のたもとにて息を潜めて、シャクドウに鉄玉を確実にぶち込む機会をじっとうかがっている忠吾と弥五郎。さすがは禍躬狩りたち。隠形の術に長けており、いまだシャクドウに存在を気取られた様子はない。
 そんな彼らの火筒による十字砲火、これがもっとも効果を発揮する状況を創り出さねばならない。そのためには……。

 シャクドウの動きを警戒しつつ、素早く視線を走らせ周囲の状況を確認する正孝。
 堰堤は三日月のように弧を描いている。自分たちがいる中央部分と、忠吾と弥五郎らが陣取っている場所から逆算すれば、シャクドウの側面を彼らが狙えるのは、禍躬の身が青眼湖側か、放流口側、そのどちらかを完全に向いている必要がある。
 では、どうすればいい? どうすれば相手をこちらの意図通りに動かせる?
 自問自答する正孝が導き出した答えは至極単純なもの。

「簡単なことだ。生き餌の役割りをまっとうして、奴の鼻先に餌をぶら下げてやればいいだけのこと」

 つぶやくなり、くるりとシャクドウに背をむけた正孝。若き武官が向かったのは、堰堤の外縁のきわ、それも落ちたら一巻の終わり、逃げ場のない放流口側であった。


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