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その五十三 青眼湖の堰堤

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 王族の別邸である「竜宮」と龍神を祀っている神殿。
 どちらを先に調べるべきか?
 同行している探索方らの話では、「竜宮の方は管理する者が毎日出入りしているはず。しかし神殿の方は祭事以外では、ほとんど訪れる者とていない」とのこと。
 これを受けて、まずは神殿の方を探ることになった。

 青眼湖を左手に眺めながら、彼方の岸辺にある建物へと向けて進む一行。
 そうすることで実質、山をぐるりとひと回りしたことになる。
 なぜそうするのかというと、他にも黄泉平坂のような場所がないかを調べるためだ。さすがにあんな場所がそうそう出現するとは思われないが、万が一ということもある。ここまできたからには、念には念を入れておくべきと判断した。
 だが、さいわいなるかな。いまのところそれらしいものは見当たらない。

「竜宮に通っている者らはいかが致す?」

 道すがらのこと。宮仕えの者らの身を案じたのは緒野正孝。
 若き槍の武人からの問いかけに、「心配ご無用です」と応じたのは探索方のうちのひとり。「すでに昨夜のうちにツマデに文を託しましたので」

 ツマデとはこの度の仕事でなにかと働いてくれている黒翼のこと。
 自在に空を行き来しては、各方面との伝令役を担ってくれている大鳥。
 禍躬狩りにとって山狗がともに地を駆ける相棒ならば、黒翼は空を渡る相棒。戦闘力こそは山狗に遠く及ばないものの、高位からの視点により獲物の動向を監視したり、周囲の状況や戦況を確認する等の面においてとても役に立つ。
 しかしその有益さに比例してか、飼育が非常に難しく、山狗に比べると数がずんと少ない。
 ゆえに黒翼遣いはとても希少な存在。
 この自然豊かで広大な領地を誇る湖国において、彼の鳥なくして神出鬼没な禍躬の追跡はけっして成し得ない。
 忠吾のたっての願いで、女王に用意してもらったうちの一羽がツマデ。
 ある意味、今回の仕事において一番の功労者といって過言ではあるまい。

 日に一度、ないし二度は必ず一行の前に姿をみせるツマデ。
 それを使って麓の関所へは連絡済み。ゆえに今日は誰も山に入っていないはず。
 説明を聞いて正孝は「それなら気にせず暴れられるな」と愛槍をひと回し。

  ◇

 ジャリ、ジャリと鳴っていた足音がコツンというのに変化した。
 地面が自然の山道から人工の石畳へと変わったせいだ。
 一行は青眼湖の水量を調節する堰堤へと到達。
 三日月にも似た、緩やかに反った形状の堤。
 六角形に加工された石にて組まれた堰は、さながら難攻不落の城壁のよう。
 おそるおそる縁から顔を出し、下界を見下ろせば、ほぼ垂直。地表が遠い。放流された水を受ける滝つぼと水路の姿が霞がかっている。
 しかし肝心の放流口がどこにも見当たらない。
 聞けば、水の力を利用したからくりにて、その都度、三つの石門が開くというから驚きだ。
 三つの放流口より勢いよく放たれた水たちは、途中で絡み合いひとつとなって地上へと落ちていく。
 轟々と降り注ぐその姿はたいそう迫力があり、日によってはきれいな虹もかかるという。

 そんな立派な堰堤ではあるが、しゃがんでよくよく確かめてみれば、やや痛みが目につく。ところどころに細かいヒビが走っており、水が染み出ている箇所なんぞもある。

「おいおい、本当に大丈夫なのか」

 正孝はおそるおそる槍の石突にて足下をコンコン。

「さすがにこれだけのものが、いきなり瓦解することはなかろう」

 とか言いつつも忠吾は縁より離れて中央寄りのところに場所を移す。

「どうなっている?」

 問うたのは弥五郎。「禍躬と戦って死ぬのならばともかく、崩落事故に巻き込まれてはたまらない」と不平をもらす。

 指摘を受けて探索方の者らが「じつは……」と白状したところによると、本来であれば二年ほど前に大規模な補修工事が実施されるはずであったという。
 しかしその予定が頓挫したのは、禍躬シャクドウのせい。
 あれが領内を暴れ回るようになって、それどころではなくなってしまったのだ。
 二度の討伐失敗もあって、今日まで最低限の点検しかしていない状態で、ずるずると来てしまったらしい。

 禍躬がもたらす災厄が方々におよんでいることは知っていたが、よもやこんなところにまでと、驚きを禁じ得ない忠吾たち。
 しかし忠吾は周囲をつぶさに検分しながら「だが悪くない」と言った。
 堰の上はひらけており、山狗らが存分に駆けられるだけの広さがある。身を隠す場所はなく、獲物を追い込みやすく、挟み撃ちにするのには絶好の立地。いい塩梅に堰が弧を描いているので十字砲火を仕掛けるのにも都合がよい。

「ここを狩り場の候補地にしよう」

 との忠吾の言葉に、誰も異論を唱えなかった。


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