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その四十五 「理解」と「知る」
しおりを挟む広大な星鏡湖を誇る湖国には、じつはもうひとつ湖がある。
王族の保養地や龍神を祀る神殿などがある風光明媚な祝い山。
前後左右に均整がとれており、緩やかにのびた山裾。その姿は貴婦人が優雅に長衣を翻すよう。天辺ははかったように平らにて、火口部分は直径一里ほどもある丸い形をしており、そこには空の青さを濃縮したかのような水を湛えている。
その場所を青眼湖という。
湖国の領内北部にのびる長大かつ剣俊な竜背峰山脈。
これを御身とし、ぐるりと星鏡湖を囲むようにして身を横たえる巨大な龍。祝い山を頭部になぞらえ、そこにある湖を龍の眼としたことから名づけられたのが由来である。
そして末尾のところがちょうど忌み山となっている。
広大な湖国。
水豊かにして植生も旺盛で緑濃く、加えて山岳地帯まである。
ここから禍躬シャクドウを探し出すのは容易なことではない。
そこで忠吾が手分けすることを提案し、「自分は西域を担当するから、そちらは東域を頼む」と言い出した時、弥五郎は内心でほくそ笑む。
彼にとって、それは願ったり叶ったりな配置であったからだ。
ここ湖国では、特に誰が決めたわけでもないのだが、都島の辺りを境として自然と住みわけがなされている。西が一般向けで、東が富裕層や身分の高い者らが別宅を構えるといった具合に。
野心を胸に抱いている弥五郎。禍躬狩りとしておおいに名を馳せる所存ではあるが、それだけで終わるつもりは毛頭ない。勇名を足がかりとし、さらなる立身出世を目指す所存。
そんな若者にとって金持ちや高貴な者らと接近できる東域は、美味しい狩り場でしかない。しかもいまは女王瑞裳より拝領した「勝手ご免の令状」と「通行手形」があるので堂々とどこにでも出入り可能。
だからとて立場をかさに着て横柄に振る舞ったりはしない。
むしろ殊勝な態度にて、湖国のために悲壮な決意にてかの恐ろしい禍躬退治へと赴く青年の姿を演じる。
つねにかたわらにいる美しい毛並みの山狗ビゼンが、さらに花を添える格好となり、そのかいあって禍躬狩りの若人はすっかり評判となった。
行く先々で歓待を受けては「頼んだぞ」「頑張れよ」と激励されたり、「些少ながらこれをお役立て下さい」と援助をしてくれる者もあらわれ、ついには「見事に討伐を果たしたら、うちの娘の婿にどうだ?」と言い出す高官なども。
もちろんこの時点では酒の席でのただの戯言。
けれども本当に弥五郎が禍躬シャクドウを倒し、名実ともに湖国の英雄となれば、あたら泡沫の夢物語とはならずに、実現するやもしれない。相手の物言いからして、多分にその意が含まれていたからである。
そうやって着々と方々に己の顔を売りつつも、禍躬狩りの仕事はきちんとこなしていた弥五郎。仕事の手は抜かない。真摯に活動する姿を見せることこそが、もっとも自分の評価を高める宣伝になるとわかっていたからである。
広げた湖国の地図。探索区域をマス目に分け、過去の禍躬シャクドウの出現した場所や時期などを吟味しつつ、いくつか目星をつけた場所を自分の旗下にある探索方に当たらせるという方法にて、手際よく的を絞っていく。
実際に現場には足を運ばず、余計な情報も耳には入れないようにする。
忠吾とはまるで真逆のやり方ではあるが、より高見からすべてを俯瞰することで、よけいな先入観や思い込み、感情や主観を排除し、あくまで冷徹に客観的に物事を見極めようとする試み。
忠吾が足跡を辿ることで禍躬シャクドウを理解しようとしているのならば、弥五郎のソレは相手を知ろうとしている。
「理解」と「知る」こと。
この両者は似て非なる。
理解は、わかり、のみこみ、受け入れること。
知るは、みとめ、みきわめ、認識すること。
どちらが正解であり、どちらが索敵において優れているとは一概にはいえない。
新旧二人の禍躬狩りの男たちは、己の目を信じて行動しているからだ。
しかし今回は弥五郎に運が味方した。
◇
方々に放っていた探索方のうちの一人が「祝い山の麓にある村近くで、馬飼いの青年が馬ごと姿を消した」という報をもたらしたとき、弥五郎はすぐに現地へと向かう。
馬飼いが姿を消したという場所は、小さな滝がある渓流のほとり。
おそらく馬飼いの青年はここで愛馬に水を呑ませようとしたのだろうが……。
「うかつな。平時ならばともかく非常時に、こんな場所にのこのこ立ち寄るだなんて」
と弥五郎は舌打ち。
そんな彼の背後を守るようにして立つ山狗のビゼン。
しきりと警戒しているのは、水音のせい。
滝といってもせいぜい大人の背丈ほどしかない低いもの。川も深いところでも腰には届かぬだろう。だがそこを流れる水量はけっして少なくはない。そして流れる水の音というのは、他の音をたやすくかき消してしまうからやっかいなのだ。
ここでは耳はまるで役に立たない。これではせっかくの優れた馬の耳とて、背後から忍び寄る存在を感知できなかっただろう。
川辺はあいにくと砂利であったためになんら痕跡は見当たらず。
しかし近くにはブナの林があって、もしやと弥五郎が当たってみると運よく六本爪の異形の足跡を発見する。
まだ新しい。祝い山の方へと点々と続いている。
弥五郎は「しめた」と舌なめずりにて、すぐさま追跡を開始した。
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