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その四十三 忌み山の裂け目

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 遠目には何もないはげ山とて、じっさいにのぼってみたら起伏に富んでいる。
 ましてや立ち入る者とていないとされる忌み山ともなれば、道らしき道はほとんどなく、これを人の足で進むのは相当な困難をともなうのは必定。
 どうにか中腹あたりまでやってきたものの、いかに山歩きに慣れている忠吾といえどもけっして楽な道行きではない。ましてや武官である正孝となればなおのこと。
 息があがり始めている正孝。それを察して先導している山狗の子も歩みを緩めていたのだが……。

「ぐるるるる」

 ふいに立ち止まったコハクが身を低くして、唸り声をあげた。全身の毛が半ば逆立ち、尋常ではない様子。
 忠吾もその場でしゃがんでは周囲の気配を探る。正孝もこれにやや遅れてならった。
 いまにも走り出しそうなコハクをなだめつつ、忠吾は低くなった姿勢のままで、じりじりと前進。手頃な大きさの岩があったので、これに身を潜めながら少しだけ顔を出し彼方の様子をうかがう。
 すると目にはいったのは、岩肌の裂け目。
 むき出しの地層や岩の陰影に混ざり、ぱっと見には模様かと勘違いして見過ごすかも。
 どうやらコハクはあの奥からかすかに漂ってくるニオイに反応していた模様。

「もしかして禍躬シャクドウの巣でしょうか」

 山狗がこうも敵愾心をむき出しにする相手はひとつしかない。
 ゆえに正孝はそう口にしたのだが、忠吾は難しい顔をしたままで先方をにらむばかり。若者の意見を肯定も否定もしなかった。

  ◇

 一行は用心しつつ裂け目へと近づく。
 二人と山狗の子はこれを見上げよくよく観察する。
 遠目には単なる岩肌が縦に割れているばかりに見えたが、いざ目の前にしてみるとかなり大きい。幅も高さもある。それこそ話に聞く禍躬シャクドウがふつうに四肢で這って出入りできるぐらいには……。
 けれども、コハクはもう唸り声をあげておらず、逆立てた毛もすっかりもとに戻っている。
 その反応が正孝の説がはずれていたことを示していた。
 しかしここには山狗が反応するだけの何かがある、それは確か。

 入り口の両脇に分かれてへばりついている忠吾とコハクに正孝
 男たちは互いに一度顔を見合わせてから、忠吾は拾った小石を奥へと向けて投げる。

 カン、カン、カン、カン、カン、カン……。

 石が暗がりを転がっていく様子からして、内部は緩やかな下りとなっているらしい。
 コハクの抜け毛を手のひらにのせて入り口にかざしてみれば、奥よりひゅるりと冷たい風が吹き、これを飛ばす。

「風が通っている。すくなくともどこぞには通じているか。にしても相当に深そうだな。さて、どうしたものか」

 このまま進むべきか、いったん戻って装備と人員を整えて出直すべきか。
 忠吾が思案していると、正孝が「行きましょう」と言った。「地元の者らはこの忌み山をことのほか嫌い恐れております。そんな連中を無理矢理に引っ張ってきたところで、ものの役には立ちますまい。ならば自分たちだけで」

 その意見はもっともであった。正孝の槍、コハクの牙、忠吾の火筒が揃い均整のとれた隊列をわざわざ崩すこともないと考え、忠吾は正孝の意見にうなづいた。

  ◇

 先頭をコハク、真ん中に正孝、後尾を忠吾が担当し、いざ裂け目へと。
 ただし明かりは灯さない。もしも暗がりに敵が潜んでいたら、相手に自分の存在を報せて狙われるからだ。
 忠吾とコハクは夜目が利く、しかし正孝はそうはいかない。そこで彼の目が存分に闇に慣れるまで待ってから、一行は歩き出す。
 裂け目の内部は縦横に広がっており、圧迫感はまるでなく、むしろ少し寒々しいほど。
 坂の傾斜はたいしたことない。むしろここまでの道行きに比べたら楽な方。ただ問題はおもいのほか奥が枝分かれしていること。
 分かれ道に差し掛かるたびに、正孝が槍で岩肌に印を刻み、コハクが身を擦りつけては自分のニオイを残す。
 その間、忠吾は狭い方の道をざっと調べる。

 自分たちの狙いはあくまで禍躬シャクドウ。
 ゆえに巨体が通れぬ大きさの脇道は調べる必要がない。とはいえ別の獣が潜んでいる危険もあるので、忠吾が念には念を入れてのこと。
 さいわいなるか、途中、何者かに襲われることもなく、順調にずんずん奥へと到達した一行。
 ふいに足を止めた山狗の子。急にうしろの仲間をふり返った。
 樹液を煮詰め固めたかのような琥珀色をした双眸。闇に浮かぶ瞳に危機感は皆無。その目が告げていたのは、先にあらわれた小さな変化について。
 山狗の子にうながされるままに視線を向けると、暗闇の彼方に小さな光点があった。

「いよいよ、出口みたいですね」

 槍をしっかりと握り直した正孝が、ここで武者震い。
 忠吾は火筒を手にしつつ「いきなり飛び出すと目がくらむから、焦らずゆっくり近づくんだ」と応じた。


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