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その四十一 戻り足

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 屋根が落ち、内部が雨ざらしとなっている家屋。
 戸板がはずされむき出しとなっている室内には、がらくたが散乱している。
 放置されてひさしいせいか、吹き込んだ砂ぼこりなどが積もっている。
 かつて囲炉裏であったところの近くにてしゃがみこんだ忠吾、手で砂を払うとあらわとなるのは黒い染み。かつてこの場所で発生した惨劇の痕跡。まるで恨みの念がこもっているかのように、いまなお色濃く残っている。

 立ち上がり土間から奥へと向かったところ、すぐに目に飛び込んできたのが壁に開けられた大穴。
 これを抜けると家の裏手へと通じている。
 壊された外壁の石くれが、そのまま放置されてある。
 さすがにここに転がされていたという二つの生首は回収されている。

 いま忠吾は相棒のコハクと緒野正孝を連れて竹姫の里を訪れている。最初の被害にあったという三姉妹の家を直に視るためだ。
 現場に立ち入り、そのありさまを検分し、わずかな残滓に触れること。それが狩る相手を知る第一歩となる。

  ◇

 結局、試しの儀は勝敗つかずということになり、瑞裳女王から「双方ともに励め」とのお言葉を頂戴して終わった。女王のかたわらにいた宰相の日向の態度からして、はなからどちらかを選ぶつもりはなく、競わせ発奮させるのが狙いであったようだ。
 まだ若い弥五郎は承服しかねるとばかりに不機嫌面を隠そうともしなかったが、忠吾としてはべつにどうでもよかった。
 というかそもそもの話として、広大な星鏡湖を持ち、その周辺には山々や森林がある湖国を、たった一人の禍躬狩りでどうなるものでなし。
 相手は知恵のまわる神出鬼没の禍躬シャクドウ。これを見つけ出すのは困難を極める。協力者の存在は不可欠であろう。
 かといって数を頼っての探索では、かつての愚をなぞるだけのこと。
 敵に用心されて穴倉にでも引っ込まれてしまえばお手上げとなる。そしてこちらが探索に飽き、疲弊し、注意力が散漫となって油断したところを、逆に狩られることになりかねない。
 だから忠吾が今回の依頼を受けるにあたって女王らに要求したのは、以下の五つ。

 その一。
 優秀な探索方を手配してほしい。できれば黒翼を所有する者がいれば、これが望ましい。
 その二。
 土地勘のある猟師らに案内役を頼みたい。
 その三。
 自由に使える足の速い小舟と船頭を揃えること。
 その四。
 国内を自由に動き回れる通行手形。
 その五。
 少数精鋭にてことに臨むがゆえに、いらぬ横槍が入らないように。

 黒翼は文字通りの大きな翼を持つ鳥のこと。
 禍躬狩りたちにとって地を駆ける相棒が山狗ならば、黒翼は天を駆ける相棒。空の上から獲物の動向を監視し、ときに伝令役をも果たす。
 高高度から地表にいる対象をけっして見逃さない眼力。木々が生い茂る森の中ですらも両翼を巧みに操り華麗に突っ切れる飛行能力。粘り強い性格……。
 直接的な攻撃力はさほどでもないが、補佐役としてはこれほど重宝される存在はいない。
 これが二羽もいれば、百の人間を四方に放つよりもよほど役に立つ。
 幸いなことに湖国は東西を結ぶ要であるがゆえに、情報に関しては非常に重視している。
 歴代女王に仕えてきた専属の間諜組が存在しており、今回はそれを派遣してくれるという。彼らの伝手を頼れば黒翼を所有している者を用意するのも問題ないとのことであった。

 その二から四については当然のこと。
 特にその三に関しては、湖国で活動するのには必須であろう。いちいち湖の岸をぐるりと回っていたのでは、それだけで疲れ果ててしまう。
 その五については、禍躬シャクドウに自分をつけ狙う者がいることを悟らせないための策。

 クマには「戻り足」がある。
 自分を狙う存在を知れば、わざと足跡を残し、これを追跡させる。
 だがこの目印を頼りに奥へ奥へと進んでいると、じきに笹が生い茂るなどの視界が不明瞭な場所へと到達する。
 ふつりとそこで途切れている足跡。
 追跡者が「?」と首を傾げていると、背後の繁みがガサリ。クマが猛然と襲いかかってきて、狩る者と狩られる者の立場がたちまち入れ替わる。
 足跡が途切れていたのは、これを寸分たがわずなぞってクマが後退したから。
 ある程度戻ったところで脇にそれて身を潜め、追跡者が通り過ぎるのをじっと待つ。

 クマが成った禍躬シャクドウ。
 第一次討伐戦のおりには、軍勢相手にひと芝居をうち、まんまと死地へと誘い込んでは存分に蹂躙したという。
 しかし第二次討伐戦では逆に追い詰められ、辛くも窮地を脱する。
 生と死の狭間を行き来したことにより、シャクドウがさらに手強くなっていることは、まず間違いあるまい。
 禍躬の「戻り足」なんぞは想像するだに、ゾッとする。
 だからこそいたずらに数を頼みとせずに、少数精鋭で挑むと忠吾は決めた。
 少し意外だったのが、これらの提案に弥五郎が素直に賛同したこと。
 もっとも彼としては参加する人数が少ないほどに、己の手柄が占める割合が大きくなると考えてのことのようだが……。
 かくして忠吾は星鏡湖の西側を、弥五郎は東側を中心に捜索する取り決めとなった。

  ◇

 かつては青竹と美人の産地、伝説の地として盛況を誇っていた竹姫の里。
 しかしいまは閑散としている。
 住人の半数以上が疎開してしまったせいだ。
 なにせクマは獲物に異様に執着する獣。食べ残しがある里になんぞ留まっていたら、いつ何時、ふらりと戻ってきたシャクドウの餌食にされるかわかったものじゃないと恐れてのこと。
 だがざっと集落内を見てまわった忠吾は「おそらくヤツはもうここにはあらわれまい」と結論づけた。
 理由は残っているのが、枯れた肉づきの老人ばかりが目立つから。これでは旺盛な食欲を誇るシャクドウの胃を満たせるとはとても思えない。

 竹姫の里を出立した一行。
 その後も禍躬シャクドウに襲撃されたという集落を巡っては、住人らに話を聞いたり、痕跡を検分し辿ったりし続ける。
 こうして七つ目の場所へとさしかかったとき、たまさか忠吾の目に入ったのがひとつの山。
 赤茶けた岩だらけのはげ山にて、上空には暗雲垂れこめ、まるで生き物の気配がなく、大地の息吹きを感じない場所。

「あの山は?」

 案内役の者に忠吾がたずねると彼はびくりと一瞬固まったのちに、おずおずこう答えた。

「あれは忌み山です」と。


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