40 / 154
その四十 試しの儀
しおりを挟む禍躬狩りの武器といえば火筒。
ゆえにその腕を競うことになった、忠吾と弥五郎。
片や隻腕の老人、片や整った容姿にて双眸に野心を漲らせている若人。
火筒は持ち主とともに成長すると云われる武器。
個々が自分に適した形へと少しずつ改良を加え変化していくことから、そう云われている。
忠吾の火筒は黒鉄の砲身と固い木の床尾で組まれた、昔ながらの武骨で重量のある単発式。
片腕でも扱えるように装填口の蓋などには工夫が施されているけれども、それ以外は目立ったところはない。しいて特徴をあげれば、いついかなる場面でも応用が効くようにと、汎用性を持たせていること。
しかし弥五郎の手にしている品はまるで様子がちがう。
まず忠吾の火筒の四分の一ほどの口径しかない。そんな長筒が三本束になっている。手元で操作し束を回転させることで筒が入れ替わり、素早い三連射が可能となっている連発式。重量も従来の火筒よりも軽く、より扱いやすくなっている。磨き込まれた銀筒の表面には精緻な模様が刻まれており、床の間に飾ってあっても映える姿をしている。様式美と実用性を兼ね備えた最新式の逸品。
◇
試しの儀は、宮殿内にある弓道場にて執り行わることになった。
内容は離れたところにある三つの的を狙い撃ち、火筒の腕を競うという単純なもの。
瑞裳女王や宰相日向、南部一徳、佐伯結良、緒野正孝らが見守る中で、先に火筒を手に構えたのは弥五郎。
その背後にてきちんとお座りをし、控えている山狗の姿がある。
明るい茶色の毛並みにて、澄まし顔をしているのは弥五郎の相棒である六歳の雌のビゼン。飼い主に似て矜持が旺盛といった雰囲気。忠吾のかたわらにいるコハクには目もくれない。まるで「子どもに用はない」とでも言わんばかりのツンケンした態度である。
一方でコハクの方はビゼンに興味津々。
なにせずっと忠吾と山暮らしをしていたもので、コハクは両親以外の他の山狗と間近に接したことがなかったのだから、それも無理からぬこと。
忠吾が二頭の様子にわずかばかり頬を緩めていると、ターンと甲高い音が響いた。
弥五郎の火筒がついに発射されたのだ。
たちまち十五丈ほど先にある三つの的のうちの、左端の立て板に穴が開く。だがこれで終わりではない。ここからが新式火筒の真骨頂。
構えた火筒を水平に右へと移動しつつ、素早く操作して三本筒を回転させた弥五郎、その動作を終えるのと同時に、ピタリと照星を定めて第二射を放つ。
これにより真ん中の立て板にも穴が開いた。
その結果を見届けるよりも先に、弥五郎は同じ動作にて右端の的へと筒口を向け、引き金をひいていた。
瞬く間に三つの的を撃ち抜いた弥五郎。
おおいに面目躍如にて、己が実力を誇示する。
そんな若人を推薦した南部一徳も鼻高々であった。
◇
どうだとばかりに挑発的な目を向けてくる弥五郎。
これには素知らぬ顔にて「どれ」と腰をあげた忠吾。火筒片手に射場へと向かうも、何を考えてかそこを突っ切る。開口部から外へと降りて矢道をも進み、ついには的場のところまで行ってしまった。
弥五郎をはじめとして、一同が怪訝な表情を浮かべる中、忠吾が立ったのは三つある的のうちの一番左端の真横のところ。
そこで火筒を構えた忠吾がおもむろにこれを放つ。
撃たれた鉄玉は行儀よく雁首並べている三つの的を横薙ぎに一閃した。
火筒の腕を競うはずの場で、的に近づいて撃つなんぞ意味が分からない。
これには一同唖然。
弥五郎にいたっては「おのれっ、勝てぬとわかって小賢しい真似にて逃げたかっ!」と激昂。
しかしその怒りを正面から受け止めた忠吾は、はっしと弥五郎をにらむ。
「動かぬ的に玉を当てることに、なんの意味がある?」
言うなり口笛を吹いた忠吾。
たちまち射場より飛び出したのはコハク。銀の地に黒い毛をたなびかせながら、矢道を疾駆し、あっという間に忠吾のもとへと馳せ参じる。
そんな山狗の子に伝説の禍躬狩りの男は、落ちていた木片を蹴飛ばした。
飛んできた木片を易々とくわえて掴んでみせたコハクは、とたんに反転。弓道場の敷地内を縦横無尽に駆け回りだす。
山狗の子が砂煙をあげながら、風と化す。
するといつの間にか、そんなコハク目がけて忠吾が火筒を向けている姿があった。
「なっ! まさか?」
何をするつもりなのか気がついた弥五郎。
そのまさかであった。
直後に轟音が響き、自在に駆けていた山狗の子がくわえていた木片が砕け散った。
もしもほんのわずかにでも狙いがズレていたら……。
禍躬狩りとその相棒である山狗。
揺るがぬ信頼があればこそ成せる凄まじき修羅の技。
それをまのあたりにして一同は驚愕し、弥五郎は「なんてことを……狂っている」と唇を真っ青にしていた。
0
お気に入りに追加
19
あなたにおすすめの小説
お姫様の願い事
月詠世理
児童書・童話
赤子が生まれた時に母親は亡くなってしまった。赤子は実の父親から嫌われてしまう。そのため、赤子は血の繋がらない女に育てられた。 決められた期限は十年。十歳になった女の子は母親代わりに連れられて城に行くことになった。女の子の実の父親のもとへ——。女の子はさいごに何を願うのだろうか。
子猫マムと雲の都
杉 孝子
児童書・童話
マムが住んでいる世界では、雨が振らなくなったせいで野菜や植物が日照り続きで枯れ始めた。困り果てる人々を見てマムは何とかしたいと思います。
マムがグリムに相談したところ、雨を降らせるには雲の上の世界へ行き、雨の精霊たちにお願いするしかないと聞かされます。雲の都に行くためには空を飛ぶ力が必要だと知り、魔法の羽を持っている鷹のタカコ婆さんを訪ねて一行は冒険の旅に出る。
天神様の御用人 ~心霊スポット連絡帳~
水鳴諒
児童書・童話
【完結】人形供養をしている深珠神社から、邪悪な魂がこもる人形が逃げ出して、心霊スポットの核になっている。天神様にそれらの人形を回収して欲しいと頼まれた中学一年生のスミレは、天神様の御用人として、神社の息子の龍樹や、血の繋がらない一つ年上の兄の和成と共に、一時間以内に出ないと具合が悪くなる心霊スポット巡りをして人形を回収することになる。※第2回きずな児童書大賞でサバイバル・ホラー賞を頂戴しました。これも応援して下さった皆様のおかげです、本当にありがとうございました!
コンプレックス×ノート
石丸明
児童書・童話
佐倉結月は自信がない。なんでも出来て人望も厚い双子の姉、美月に比べて、自分はなにも出来ないしコミュニケーションも苦手。
中学で入部したかった軽音学部も、美月が入るならやめとこうかな。比べられて落ち込みたくないし。そう思っていたけど、新歓ライブに出演していたバンド「エテルノ」の演奏に魅了され、入部することに。
バンド仲間たちとの触れ合いを通して、結月は美月と、そして自分と向き合っていく。
魔法使いアルル
かのん
児童書・童話
今年で10歳になるアルルは、月夜の晩、自分の誕生日に納屋の中でこっそりとパンを食べながら歌を歌っていた。
これまで自分以外に誰にも祝われる事のなかった日。
だが、偉大な大魔法使いに出会うことでアルルの世界は色を変えていく。
孤独な少女アルルが、魔法使いになって奮闘する物語。
ありがたいことに書籍化が進行中です!ありがとうございます。
壊れたオルゴール ~三つの伝説~
藍条森也
児童書・童話
※伝説に憧れただけのただの少年が、仲間と共に世界の危機に立ち向かい、世界をかえる物語。
※第二部第一〇話完結。
第一一話につづく
※第二部一〇話あらすじ
ビーブ、トウナ、野伏、行者、プリンス、〝ブレスト〟・ザイナブ、セシリア……。
ロウワン不在のなか、仲間たちが繰り広げるそれぞれの場所でのそれぞれの戦い。
※注) 本作はプロローグにあたる第一部からはじまり、エピローグとなる第三部へとつづき、そこから本編とも言うべき第二部がはじまります。これは、私が以前、なにかで読んだ大河物語の定義『三代続く物語を二代目の視点から描いた物語』に沿う形としたためです。
全体の主人公となるのは第一部冒頭に登場する海賊見習いの少年。この少年が第一部で千年前の戦いを目撃し、次いで、第三部で展開される千年後の決着を見届ける。それから、少年自身の物語である第二部が展開されるわけです。
つまり、読者の方としてはすべての決着を見届けた上で『どうして、そうなったのか』を知る形となります。
また、本作には見慣れない名称、表現が多く出てきます。当初は普通に『魔王』や『聖女』といった表現を使っていたのですが、書いているうちに自分なりの世界を展開したくなったためです。クトゥルフ神話のようにまったく新しい世界を構築したくなったのです。そのため、読みづらかったり、馴染みにくい部分もあるかと思います。その点は私も気にしているのですが、どうせろくに読まれていない身。だったら、逆に怖いものなしでなんでもできる! と言うわけで、この形となりました。疑問及び質問等ございましたらコメントにて尋ねていただければ可能な限りお答えします。
※『カクヨム』、『アルファポリス』、『ノベルアップ+』にて公開。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる