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その四十 試しの儀
しおりを挟む禍躬狩りの武器といえば火筒。
ゆえにその腕を競うことになった、忠吾と弥五郎。
片や隻腕の老人、片や整った容姿にて双眸に野心を漲らせている若人。
火筒は持ち主とともに成長すると云われる武器。
個々が自分に適した形へと少しずつ改良を加え変化していくことから、そう云われている。
忠吾の火筒は黒鉄の砲身と固い木の床尾で組まれた、昔ながらの武骨で重量のある単発式。
片腕でも扱えるように装填口の蓋などには工夫が施されているけれども、それ以外は目立ったところはない。しいて特徴をあげれば、いついかなる場面でも応用が効くようにと、汎用性を持たせていること。
しかし弥五郎の手にしている品はまるで様子がちがう。
まず忠吾の火筒の四分の一ほどの口径しかない。そんな長筒が三本束になっている。手元で操作し束を回転させることで筒が入れ替わり、素早い三連射が可能となっている連発式。重量も従来の火筒よりも軽く、より扱いやすくなっている。磨き込まれた銀筒の表面には精緻な模様が刻まれており、床の間に飾ってあっても映える姿をしている。様式美と実用性を兼ね備えた最新式の逸品。
◇
試しの儀は、宮殿内にある弓道場にて執り行わることになった。
内容は離れたところにある三つの的を狙い撃ち、火筒の腕を競うという単純なもの。
瑞裳女王や宰相日向、南部一徳、佐伯結良、緒野正孝らが見守る中で、先に火筒を手に構えたのは弥五郎。
その背後にてきちんとお座りをし、控えている山狗の姿がある。
明るい茶色の毛並みにて、澄まし顔をしているのは弥五郎の相棒である六歳の雌のビゼン。飼い主に似て矜持が旺盛といった雰囲気。忠吾のかたわらにいるコハクには目もくれない。まるで「子どもに用はない」とでも言わんばかりのツンケンした態度である。
一方でコハクの方はビゼンに興味津々。
なにせずっと忠吾と山暮らしをしていたもので、コハクは両親以外の他の山狗と間近に接したことがなかったのだから、それも無理からぬこと。
忠吾が二頭の様子にわずかばかり頬を緩めていると、ターンと甲高い音が響いた。
弥五郎の火筒がついに発射されたのだ。
たちまち十五丈ほど先にある三つの的のうちの、左端の立て板に穴が開く。だがこれで終わりではない。ここからが新式火筒の真骨頂。
構えた火筒を水平に右へと移動しつつ、素早く操作して三本筒を回転させた弥五郎、その動作を終えるのと同時に、ピタリと照星を定めて第二射を放つ。
これにより真ん中の立て板にも穴が開いた。
その結果を見届けるよりも先に、弥五郎は同じ動作にて右端の的へと筒口を向け、引き金をひいていた。
瞬く間に三つの的を撃ち抜いた弥五郎。
おおいに面目躍如にて、己が実力を誇示する。
そんな若人を推薦した南部一徳も鼻高々であった。
◇
どうだとばかりに挑発的な目を向けてくる弥五郎。
これには素知らぬ顔にて「どれ」と腰をあげた忠吾。火筒片手に射場へと向かうも、何を考えてかそこを突っ切る。開口部から外へと降りて矢道をも進み、ついには的場のところまで行ってしまった。
弥五郎をはじめとして、一同が怪訝な表情を浮かべる中、忠吾が立ったのは三つある的のうちの一番左端の真横のところ。
そこで火筒を構えた忠吾がおもむろにこれを放つ。
撃たれた鉄玉は行儀よく雁首並べている三つの的を横薙ぎに一閃した。
火筒の腕を競うはずの場で、的に近づいて撃つなんぞ意味が分からない。
これには一同唖然。
弥五郎にいたっては「おのれっ、勝てぬとわかって小賢しい真似にて逃げたかっ!」と激昂。
しかしその怒りを正面から受け止めた忠吾は、はっしと弥五郎をにらむ。
「動かぬ的に玉を当てることに、なんの意味がある?」
言うなり口笛を吹いた忠吾。
たちまち射場より飛び出したのはコハク。銀の地に黒い毛をたなびかせながら、矢道を疾駆し、あっという間に忠吾のもとへと馳せ参じる。
そんな山狗の子に伝説の禍躬狩りの男は、落ちていた木片を蹴飛ばした。
飛んできた木片を易々とくわえて掴んでみせたコハクは、とたんに反転。弓道場の敷地内を縦横無尽に駆け回りだす。
山狗の子が砂煙をあげながら、風と化す。
するといつの間にか、そんなコハク目がけて忠吾が火筒を向けている姿があった。
「なっ! まさか?」
何をするつもりなのか気がついた弥五郎。
そのまさかであった。
直後に轟音が響き、自在に駆けていた山狗の子がくわえていた木片が砕け散った。
もしもほんのわずかにでも狙いがズレていたら……。
禍躬狩りとその相棒である山狗。
揺るがぬ信頼があればこそ成せる凄まじき修羅の技。
それをまのあたりにして一同は驚愕し、弥五郎は「なんてことを……狂っている」と唇を真っ青にしていた。
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