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その三十八 星鏡湖の都島

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 紀伊国より帰路についた使節団。彼らが乗る船が白河をさかのぼり、湖国へと到着したのは陽が暮れかけようとしている時間帯であった。
 一行を出迎えてくれたのは星鏡湖(せいきょうこ)。
 北と南の対岸がかすみ、東西に至ってはいくら目を凝らそうとも端はとんと見えない。淡海とも呼ばれるとても大きな湖。
 波穏やかにて、けっして尽きることのない清水。魚影も濃く、恵み豊かにて漁も盛ん。
 黄昏時ということもあり、茜色に染まる姿がきれいだがどこか寂しげでもある。
 かとおもえば陽が西の彼方へと沈むのと入れ違いに、たちまち華やかな景色へと変貌を遂げる。
 天と地にて無数の星々が瞬いていた。
 磨かれた鏡のごとく満天の星空を映すがゆえに、誰いうともなくそう呼ばれるようになった湖。

 夜の湖、その水面にぽつぽつと火の玉が揺らめく。
 それらは湖を渡る船に灯された明かり。
 舳先や帆柱の天辺、船尾などに吊られた提灯が、互いの存在を周囲に知らしめ、より安全な航行を心掛けている。

 星鏡湖を進み続けると、見えてくるのがひと際、煌びやかな場所。
 湖国の女王が居を構えている都島(つしま)。島全体が城であり都でもあり、また寄港地でもある。人、物、情報などが集積する湖国の中心にして一大物流拠点。
 ゆえにいつもであれば船着き場には、入りきれないほどのたくさんの船が溢れかえっては、順番待ちをしているのだが、いまはがらんとしている。
 原因は禍躬シャクドウ。
 あれが領内を暴れ回っているがゆえに、みな厄災に巻き込まれるのを恐れて、足早やにこの地を通り過ぎようとするばかり。

「表向きの往来こそは変わらず盛況なのですが、シャクドウせいで本来であればこの地に落とされるはずの利がかなり減っているのです」

 船から桟橋へと降り立った佐伯結良。無事の帰還を喜んだのもつかのま。すぐに港内の閑散とした様子に「はぁ」と重いため息を漏らす。佐伯結良が旅に出た頃よりも、一段と状況が悪化していたせいだ。
 稼ぎが減れば国庫を圧迫するばかりか、商売あがったりとなり大勢の廃業や失業者を産み出し、ひいては国力の低下をも招くことになる。先の二度の討伐戦失敗による影響も大きい。この地を虎視眈々と狙う他国の動向も気になるところ。
 いまのところはまだ歴代の女王が残してくれた蓄えでやりくり出来ているが、それもいつまで続くことか……。
 だからこそ湖国は伝説の禍躬狩りの男を頼ることにした。

 ずしりと双肩にのしかかる期待を忠吾が黙って受け止めているかたわらでは、相棒の山狗の子は新しい場所に興味津々といった様子。しきりにキョロキョロとしては、くんくんと風のニオイを嗅いでいた。

  ◇

 都島は段々と六つの層からなる構造をしており、島の外縁部にて一番下を港や倉庫群などが占めている。
 続く二番目が宿場町と盛り場となっている。さまざまな娯楽施設が集まっており、島に逗留する者らがおおいに羽をのばし、遊廓で鼻の下をのばしては、賭場で銭を落としていくところ。
 三番目は一般向けの居住区となっており、四番目が地位のある者らが住まう地区、五番目と六番目は役場や宮殿などがあり、女王らやんごとなき身分の方々もこちらにて寝起きしている。
 湖を渡った東の地には景勝地として名高い祝い山があって、そこには王族専用の保養地「竜宮」や竜神を祀る神殿などもあるのだが、いまは禍躬シャクドウが領内をうろついているので祭事以外での外出は控えられているとか。

 佐伯結良の説明を聞きながら第四層にある、迎賓館へと向かう一行。
「輿なり駕籠なりをすぐに用意する」という佐伯結良の申し出をやんわり断わり、自らの脚にて島の緩やかな坂をのぼる忠吾ら。
 船旅でいくぶん萎えた足を戻し、地に足をつけてもなお残るふわふわとした感覚を消す。あとはこの地に漂う空気や雰囲気をじかに肌で感じるためである。

 そうして実際に歩いてみてわかったのは、湖国を取り巻く状況がおもいのほかに悪いということ。
 たしかに外部からの人間の出入りが減っているので、やや活気には乏しいものの、そこそこの賑やかさはある。
 けれどもそれはどこか無理をして笑っているときの女の横顔のようであり、根底には拭いきれない不安がべっとりとまとわりついている。人の営みに暗い影を落としている。喧騒がどこか空々しい。
 虚栄あるいは虚飾。
 そんなもので彩られた街の中を忠吾らは黙々とただ歩く。


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