山狗の血 堕ちた神と地を駆けし獣

月芝

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その三十六 禍躬シャクドウ

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 突如として起こった血の惨劇。
 騒然となる竹姫の里。
 報告を受けた里長はすぐさま祭りの中止を告げ、女子どもや年寄り連中を先に家へと帰らせる。一方で自身は松明や武器となる物を手にした男衆を十人ばかり引き連れて、三姉妹の家へと向かった。

 だが、いざ不気味に静まり返っている家を前にしたら、たちまち意気地が挫けてしまう。玄関先で足がすくみ、どうしても奥へと踏み込めない。
 いつまでたっても動こうとしない里長。
 これに業を煮やして、活きのいい若いのが数名、彼を押しのけて中へと入るも、直後に「ひぃいぃぃぃっ」という悲鳴をあげながらまろびころびつ。表へと出てくるなりそろって、げえげえと吐いてしまう。
 松明にて照らされた内部の様子が、それほどまでに凄惨であったのだ。

  ◇

 三姉妹の家の前でまごつく一同。
 するとそこに遅ればせながら駆けつけてくれたのが、里に住む唯一の猟師。
 他の者らよりも血生臭いことに慣れてる猟師の男があとを引き継ぐ。松明を受け取ってひとり家の中へと。

 内部はまるで竜巻が吹き荒れたかのようなありさまであった。
 天井や壁には赤黒い染みが、床にはすでに乾燥し始めている血だまりがねちゃり。無造作に散らかる布切れは、その華やかな柄からして三姉妹のうちの誰かの衣の切れ端なのだろう。
 あちこちに爪で抉られた跡があるが、その傷跡がとても深い。
 状況からして狂暴な獣の仕業とおもわれるが、なによりも猟師の男の目を引いたのが、囲炉裏にかけられてあったであろう鍋の変わり果てた姿。
 最初、猟師の男にはそれが元は鍋だとわからなかった。
 それほどまでにひしゃげてしまっている。
 いったいどれほどの膂力があれば、底厚く丈夫な鉄鍋が、こうも原型をとどめぬように潰せるのであろうか。まるで想像もつかない。
 が、こんなことが可能な大型獣はクマぐらいであろうと、猟師の男は早くも襲撃者の正体に目星をつける。
 だがしかし……。

「にしては様子がおかしい。この家には娘三人の他に、両親と煮炊きをする者が雇われていたはず。それらすべてが消えるだなんて」

 殺して喰らうにしたとて限度がある。
 腕の一本、あるいは足の先など。食べ残しのひとつやふたつ、あってしかるべき。なのに残るは血ばかりという不可解な状況。
 猟師の男は首をひねりつつ居間から土間へと降りる。
 奥の竈門がある台所を調べたところ、家の裏手の壁がぶち抜かれていた。
 そればかりか敷地を囲う石の外壁をも崩されてしまっている。
 内側へと破壊されていることからして、外から強引に侵入したのはまず間違いない。

 壊された外壁へと近づいたところで、猟師の男はハタと立ち止まる。
 瓦礫の山から自分を見ているふたつの生首があった。
 ひとつはここの主人、もうひとつは白髪混じりの老婆にておそらくはこの家に雇われていた者。
 ゴミのようにうち捨てられており、まるで「これはいらん」と言わんかのよう。
 そこには命に対する尊厳は微塵も感じられなかった。

  ◇

 猟師の男より報告を受けた里長は顔面蒼白になりながらも、少しだけ安堵した。
 犠牲となった娘たちは不憫だが、一度にそれだけの人間をたいらげたのだから、クマの腹はきっと満ちているはず。
 腹が膨れておれば、その間は他を襲うことはない。
 しかしそんな里長を嘲笑うかのようにして、次々と凶報がもたらされる。
 クマとおぼしき獣に襲われたのは、三姉妹の家だけではなかったのだ。
 襲われたのは他に三戸もあり、姿を消した住人らの数はじつに十二にも及ぶ。そちらの三戸はみな幼い子どもを抱える家であった。
 三姉妹のところと同様に、血の惨状に残るのは男と老人の首だけ。
 みな夕方まで生きていたことは近隣の者の証言により確か。それが宵闇を迎えるわずかな間に、喰われてしまったことになる。

 合計すると十七もの里人が一度に!

 いくらなんでも多すぎる。
 これには猟師の男も困惑を隠せない。

「ちがう。ただのクマの仕業なんかじゃない。ひょっとしたらこれは……」

 うっかり吐き出しそうになった言葉をあわてて呑み込んだ猟師の男。
 おいそれとは口にすべき相手ではない。ただでさえ恐慌状態に陥っている里を、さらに混乱させてしまうからだ。

 里長の指示によりすべての住人らは広場へと集められ、盛大に火を焚きながら周囲の闇に目を光らせては、まんじりともせずに朝を待つことになった。
 そのかいあってか新たな犠牲を出すことなく、じきに惨劇の夜は明けた。
 まるで生きた心地がしなかった里の者らも、次第に明るくなっていく世界にほっと胸を撫で下ろす。
 しかし直後のことであった。

 白煙る朝靄の彼方より響いたのは、獣の咆哮。
 聞く者に戦慄を与え、拭えぬ恐怖を刻み、血をも凍えさせるかのような声。
 肝が縮みあがり、身を寄せ合っては震えるばかりの里人ら。
 そのうちの数名が、目撃する。
 陽光差す靄の切れ間、その彼方にて悠然と立つ巨大クマらしき存在の背中を。
 ただしその身は並みのクマの倍は優にあり、その毛は赤胴色をしていた。
 獣であって獣でなし。
 まごうことなき異形。
 その色からシャクドウと名づけられた禍躬。
 以降、領内各地で禍躬シャクドウは暴れ回り、湖国は受難の時代を迎えることになる。


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