35 / 154
その三十五 竹姫の里
しおりを挟む湖国の領土のじつに七割を占める星鏡湖(せいきょうこ)。
広大であるがゆえに地元の漁師からは淡海とも呼ばれている。
その南西部の畔には名が知られている竹姫の里がある。
良質な青竹の産地にて、里の者らは竹を用いた工芸品や竹炭などをこしらえては生計をたてている。竹は建材としても優秀にて、そちらの需要も高いおかげで里は潤っていた。だがこの里の名を周囲に知らしめていたのは、そればかりではない。
ずっと昔のこと。
湖国の女王との謁見の帰りに、たまさかこの地に立ち寄った他国の使節団があった。
その中にいた一人の若い官吏と里の娘が恋におちる。だが若い官吏は職務の途中にて、どうあっても自国へと帰らねばならない。そこで「必ず戻るから待っていてくれ」と娘に自分が大切にしている首飾りを誓いの証として残していった。
この話を耳にした里人らの多くが「どうせ戻ってきやしないさ。花の命はなんとやら。早く忘れて、いい人を見つけたほうがいい」と娘を諭す。
だが娘は男を信じて待った。
季節が一度巡ってもなお娘は待っている。
その姿に里人らは娘をとてもいじらしいと思った。
季節が二度巡ってもなお娘は待っている。
その姿に里人らは同情しつつも、娘の頑なさに少し呆れもしていた。
季節が三度巡ってもなお娘は待っている。
その姿に里人らは口では気の毒がりつつも、内心では彼女を「行きずりの男に騙されたとも気づかないとは、なんと愚かな女なのだ」と嘲笑っていた。
風景や人心が移ろう中で、娘の心だけは微塵も揺らがない。
やがて季節が四度巡ったとき。
待ち人はついにあらわれる。
ただし先に出会ったときとはまるで様子がちがっていた。
大勢の供を引き連れての参上。
若い官吏は仮の姿にて、男はじつは他国の王子であったのだ。
ここまで迎えに来るのに時間がかかったのは、やんごとなき身分であるがゆえに、周囲の説得に時間がかかったから。
かくして娘は迎えの駕籠に乗せられて他国へと嫁いでいった。
里娘が王妃となる。とんでもない立身出世!
これに里人たちが驚いたのは言うまでもない。だがそれと同時に彼らは自分たちの不明や浅はかさをおおいに恥じたものである。
そして以降、この集落は竹姫の里と呼ばれるようになり、青竹のみならず美人の里としても知られるようになった。
◇
斜めに割った竹筒の中に蝋燭(ろうそく)をしのばせた竹灯籠。
千にもおよぶ竹灯籠が里のそこいらに置かれており、日暮れ前になったところで次々と火を灯していく。
たちまち宵闇に浮かぶ淡い光たち。
聞こえてくるのは笛や鼓などの軽快な祭り囃子。
音色を辿って里の広場へと行けば、そこではキツネの面をつけた男女が楽しげに輪となって踊っている。踊りは空が白じみだす明け方近くまで続けられる慣わし。
年に一度の幻想的な夜。
これは竹姫を祀り、その故事にあやかろうという里の祝祭。
誘い誘われ、意気投合すればゆくゆくは夫婦に……なんてことも許されているとあって、この日のために若い男女は己を磨き、あるいは工夫を凝らしては、異性の気を引いたり、意中の相手を射止めようと張り切っていた。
しめやかに、しとやかに。けれどもどこか熱を秘めた夜。
そんな中にあって多くの男たちが目当てとしている家があった。
その家には近隣でも評判となっている美人三姉妹がいる。
上から十七、十六、十五と花盛りにて、長女の一豊(ひとよ)、次女の二葉(ふたば)、三女の三菜(みさい)という。
伝説の竹姫の再来とも称されている娘たちにて、ゆくゆくはやんごとなき御方から声が掛かるのではともっぱらの評判。
それゆえに父親も娘たちを手中の珠のごとく大切に育てており、ふだんは悪い虫が近づかぬようにとつねに目を光らせている。
だが、今宵だけは特別だ。
べつに男たちとてだいそれたことは考えていない。せめてもの思い出に、美しい娘と手と手をとりあい、ひと踊りでも出来ればといった程度のこと。
あるいは仲間内にて誰が娘たちを誘い出せるか、なんぞという賭けもしていたが、それとてちょっとしたお遊びにすぎない。
我こそはという男たち。こぞって三姉妹の家へと向かう。
ある者は花束を手に、ある者は簪(かんざし)を、またある者は反物なんぞの贈り物を用意しては、娘たちの気を引こうとしていた。
けれども、いざ勇んで家へと押しかけてみたら、いくら門前で声をかけても返事がない。なにやら家全体がしぃんと静まり返っている。
里中が浮かれている祭の夜だというのに、はや寝てしまったのか?
父親が娘惜しさにと考えられなくもないが、それにしては家がまとっている空気があまりにも冷たすぎる。人の気配が感じられずまるで空き家のよう。
よくよくみれば玄関の戸も開けっ放しにて、どうにも様子がおかしい。
ひょっとしたら賊にでも押し入られたのかも。
そう考えると矢も楯もたまらず、男たちは口々に目当ての娘の名を呼びながら、家の中へと飛び込んだ。
だが男たちはすぐに泡を喰って表へと逃げ出してきた。
なぜなら家の中が血の海となっていたからである。
0
お気に入りに追加
19
あなたにおすすめの小説
こちら第二編集部!
月芝
児童書・童話
かつては全国でも有数の生徒数を誇ったマンモス小学校も、
いまや少子化の波に押されて、かつての勢いはない。
生徒数も全盛期の三分の一にまで減ってしまった。
そんな小学校には、ふたつの校内新聞がある。
第一編集部が発行している「パンダ通信」
第二編集部が発行している「エリマキトカゲ通信」
片やカジュアルでおしゃれで今時のトレンドにも敏感にて、
主に女生徒たちから絶大な支持をえている。
片や手堅い紙面造りが仇となり、保護者らと一部のマニアには
熱烈に支持されているものの、もはや風前の灯……。
編集部の規模、人員、発行部数も人気も雲泥の差にて、このままでは廃刊もありうる。
この危機的状況を打破すべく、第二編集部は起死回生の企画を立ち上げた。
それは――
廃刊の危機を回避すべく、立ち上がった弱小第二編集部の面々。
これは企画を押しつけ……げふんげふん、もといまかされた女子部員たちが、
取材絡みでちょっと不思議なことを体験する物語である。
剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?三本目っ!もうあせるのはヤメました。
月芝
児童書・童話
世に邪悪があふれ災いがはびこるとき、地上へと神がつかわす天剣(アマノツルギ)。
ひょんなことから、それを創り出す「剣の母」なる存在に選ばれてしまったチヨコ。
辺境の隅っこ暮らしが一転して、えらいこっちゃの毎日を送るハメに。
第三の天剣を手に北の地より帰還したチヨコ。
のんびりする暇もなく、今度は西へと向かうことになる。
新たな登場人物たちが絡んできて、チヨコの周囲はてんやわんや。
迷走するチヨコの明日はどっちだ!
天剣と少女の冒険譚。
剣の母シリーズ第三部、ここに開幕!
お次の舞台は、西の隣国。
平原と戦士の集う地にてチヨコを待つ、ひとつの出会い。
それはとても小さい波紋。
けれどもこの出会いが、後に世界をおおきく揺るがすことになる。
人の業が産み出した古代の遺物、蘇る災厄、燃える都……。
天剣という強大なチカラを預かる自身のあり方に悩みながらも、少しずつ前へと進むチヨコ。
旅路の果てに彼女は何を得るのか。
※本作品は単体でも楽しめるようになっておりますが、できればシリーズの第一部と第二部
「剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?ただいまお相手募集中です!」
「剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?二本目っ!まだまだお相手募集中です!」
からお付き合いいただけましたら、よりいっそうの満腹感を得られることまちがいなし。
あわせてどうぞ、ご賞味あれ。
四尾がつむぐえにし、そこかしこ
月芝
児童書・童話
その日、小学校に激震が走った。
憧れのキラキラ王子さまが転校する。
女子たちの嘆きはひとしお。
彼に淡い想いを抱いていたユイもまた動揺を隠せない。
だからとてどうこうする勇気もない。
うつむき複雑な気持ちを抱えたままの帰り道。
家の近所に見覚えのない小路を見つけたユイは、少し寄り道してみることにする。
まさかそんな小さな冒険が、あんなに大ごとになるなんて……。
ひょんなことから石の祠に祀られた三尾の稲荷にコンコン見込まれて、
三つのお仕事を手伝うことになったユイ。
達成すれば、なんと一つだけ何でも願い事を叶えてくれるという。
もしかしたら、もしかしちゃうかも?
そこかしこにて泡沫のごとくあらわれては消えてゆく、えにしたち。
結んで、切って、ほどいて、繋いで、笑って、泣いて。
いろんな不思議を知り、数多のえにしを目にし、触れた先にて、
はたしてユイは何を求め願うのか。
少女のちょっと不思議な冒険譚。
ここに開幕。
にゃんとワンダフルDAYS
月芝
児童書・童話
仲のいい友達と遊んだ帰り道。
小学五年生の音苗和香は気になるクラスの男子と急接近したもので、ドキドキ。
頬を赤らめながら家へと向かっていたら、不意に胸が苦しくなって……
ついにはめまいがして、クラクラへたり込んでしまう。
で、気づいたときには、なぜだかネコの姿になっていた!
「にゃんにゃこれーっ!」
パニックを起こす和香、なのに母や祖母は「あらまぁ」「おやおや」
この異常事態を平然と受け入れていた。
ヒロインの身に起きた奇天烈な現象。
明かさられる一族の秘密。
御所さまなる存在。
猫になったり、動物たちと交流したり、妖しいアレに絡まれたり。
ときにはピンチにも見舞われ、あわやな場面も!
でもそんな和香の前に颯爽とあらわれるヒーロー。
白いシェパード――ホワイトナイトさまも登場したりして。
ひょんなことから人とネコ、二つの世界を行ったり来たり。
和香の周囲では様々な騒動が巻き起こる。
メルヘンチックだけれども現実はそう甘くない!?
少女のちょっと不思議な冒険譚、ここに開幕です。
湖の民
影燈
児童書・童話
沼無国(ぬまぬこ)の統治下にある、儺楼湖(なろこ)の里。
そこに暮らす令は寺子屋に通う12歳の男の子。
優しい先生や友だちに囲まれ、楽しい日々を送っていた。
だがそんなある日。
里に、伝染病が発生、里は封鎖されてしまい、母も病にかかってしまう。
母を助けるため、幻の薬草を探しにいく令だったが――
極甘独占欲持ち王子様は、優しくて甘すぎて。
猫菜こん
児童書・童話
私は人より目立たずに、ひっそりと生きていたい。
だから大きな伊達眼鏡で、毎日を静かに過ごしていたのに――……。
「それじゃあこの子は、俺がもらうよ。」
優しく引き寄せられ、“王子様”の腕の中に閉じ込められ。
……これは一体どういう状況なんですか!?
静かな場所が好きで大人しめな地味子ちゃん
できるだけ目立たないように過ごしたい
湖宮結衣(こみやゆい)
×
文武両道な学園の王子様
実は、好きな子を誰よりも独り占めしたがり……?
氷堂秦斗(ひょうどうかなと)
最初は【仮】のはずだった。
「結衣さん……って呼んでもいい?
だから、俺のことも名前で呼んでほしいな。」
「さっきので嫉妬したから、ちょっとだけ抱きしめられてて。」
「俺は前から結衣さんのことが好きだったし、
今もどうしようもないくらい好きなんだ。」
……でもいつの間にか、どうしようもないくらい溺れていた。
剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?二本目っ!まだまだお相手募集中です!
月芝
児童書・童話
世に邪悪があふれ災いがはびこるとき、地上へと神がつかわす天剣(アマノツルギ)。
ひょんなことから、それを創り出す「剣の母」なる存在に選ばれてしまったチヨコ。
天剣を産み、これを育て導き、ふさわしい担い手に託す、代理婚活までが課せられたお仕事。
いきなり大役を任された辺境育ちの十一歳の小娘、困惑!
誕生した天剣勇者のつるぎにミヤビと名づけ、共に里でわちゃわちゃ過ごしているうちに、
ついには神聖ユモ国の頂点に君臨する皇さまから召喚されてしまう。
で、おっちら長旅の末に待っていたのは、国をも揺るがす大騒動。
愛と憎しみ、様々な思惑と裏切り、陰謀が錯綜し、ふるえる聖都。
騒動の渦中に巻き込まれたチヨコ。
辺境で培ったモロモロとミヤビのチカラを借りて、どうにか難を退けるも、
ついにはチカラ尽きて深い眠りに落ちるのであった。
天剣と少女の冒険譚。
剣の母シリーズ第二部、ここに開幕!
故国を飛び出し、舞台は北の国へと。
新たな出会い、いろんなふしぎ、待ち受ける数々の試練。
国の至宝をめぐる過去の因縁と暗躍する者たち。
ますます広がりをみせる世界。
その中にあって、何を知り、何を学び、何を選ぶのか?
迷走するチヨコの明日はどっちだ!
※本作品は単体でも楽しめるようになっておりますが、できればシリーズの第一部
「剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?ただいまお相手募集中です!」から
お付き合いいただけましたら、よりいっそうの満腹感を得られることまちがいなし。
あわせてどうぞ、ご賞味あれ。
おねしょゆうれい
ケンタシノリ
児童書・童話
べんじょの中にいるゆうれいは、ぼうやをこわがらせておねしょをさせるのが大すきです。今日も、夜中にやってきたのは……。
※この作品で使用する漢字は、小学2年生までに習う漢字を使用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる