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その二十九 海の女たち

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 護衛船が沈んだ。
 守る者のいなくなった囮船。
 するとイッカクはこれまでとは打って変わって、いきなり襲いかかることはなく、船の周囲をゆっくりと周遊しはじめる。
 その様は楽し気ですらあり、まるでごちそうを前にして、どこから齧ろうかと悩んでいるかのよう。
 一方で絶体絶命であるはずの囮船はしぃんと静まり返っている。
 船に乗り込んでいる十二名の娘たちは、身を寄せあって震えているのだろうか。だがそれも無理からぬこと。なにせイッカクの暴れっぷりをあれほど見せつけられたのだから。

 囮船のまわりをぐるりぐるり、左回りに泳ぐイッカク。
 ふいにその前方に影が落ちた。
 帆柱である。いきなり倒れてきたもので、イッカクは慌てて止まり難を逃れる。
 が、続いて沸いた「おーららぁ、おーららぁ、おーららぁ」という雄叫びに、ギョロリと目玉を動かす。
 視線を向けた先は、いままさに喰いつかんとしていた船の縁。
 若い娘たちがずらりと並んで立っていた。各々、手には得意の武器を持っている。
 男たちがやられて怯えるどころか、逆に闘志を燃やしている女たち。産湯代わりに海につかり、海とともに生きてきた者ども。彼女たちもまた勇猛なる紀美水軍の一員にして、海賊の娘なのであった。

 前方を塞がれ止まったイッカク。
 獲物を前にて油断していたところに、その獲物から逆襲されることになる。
 うかつに近づいていたところで、無防備に晒していて横っ腹へと向かって、次々と放たれる、投げ銛、槍、弓矢、鎖のついた鉄球など。なかには油の入った小壺などもあり、ぶつかって割れたとたんにパッと燃えあがる。

 ここは海の上にて、イッカクの身は濡れている。少しぐらい火をかけらとてたいしたことはない。それでも思わぬが反撃をもらって驚いたのか、身を翻してその場を離れていく。
 遠ざかる背びれに娘たちが歓声をあげ「どんなもんだい」「おそれいったか」
 しかしこの程度で追い払えるわけもなく、そんなことは娘たちも百も承知。

 恥をかかされたイッカク。
 少し距離をとってから反転するなり、猛然と囮船へと向けて泳ぎだす。
 得意の体当たりにより、ひといきに船を壊し、生意気な娘どもを残らずたいらげてしまおうとの魂胆なのだろう。
 波を切り、一直線に突き進んでくるイッカク。
 その時、船縁にいた女たちが左右にパッと分かれた。
 奥から姿をみせたのは、この場にいるはずのない十三番目の娘。
 伊瑠であった。
 両腕にて抱えるようして持っていたのは、火筒。
 元禍躬狩りである父隆瀬の所有の品を勝手に持ち出しての参戦!

「おみっちゃん、肩貸して」

 呼ばれた娘が「あいよ」と近づくなりもろ肌脱いでは、伊瑠の前にて片膝をつく。
 伊瑠はおみつの肩へと火筒を置き台座とし、向かってくるイッカクへ狙いを定める。

  ◇

 火筒は対禍躬戦において、切り札とされているほどに強力な武器である。
 だがそのわりには世間には普及していない。
 理由はいくつかある。
 ひとつは火薬の調合と管理に難があるから。
 基本となる材料は木炭、硫黄、硝石なのだが、その配合や追加する素材によって、威力に雲泥の差がでる。禍躬狩りの中には門外不出の秘伝扱いしている者も多い。
 管理に関しては、水や湿気の影響を受けやすい性質が問題とされている。少し気を抜くとすぐにダメになる。いざという時に使えなかったり、不発となったりすることが非常に多いのだ。それだけ取り扱いが難しく、繊細なシロモノだということ。

 他には火筒が持ち主とともに成長する道具だから。
 必要に応じて創意工夫を凝らし、使い勝手のいいように少しずつ弄っては、自分の手に馴染む火筒へと仕上げていく。
 これに火薬の量や、玉の大きさ、形など、いろんな要素が絡んでくるので、禍躬狩りの手にある火筒は千差万別。ただのひとつとて同じ品はないと云われている。
 いささか語弊はあるかもしれないが、ゆえに成長という言葉を用いた。

 では、伊瑠がイッカクを倒すために持ち出した隆瀬の火筒はどのような品なのかというと、筒の幅は忠吾のよりも半分ほどしかない細身。その代わりに全長は二尺ほども長い。
 総重量にかかわらず筒身が長くなればなるほどに、腕への負担は大きくなる。それゆえに隆瀬の火筒はその身を支える専用の三脚を用いる固定型。
 機動力を捨て、破壊力よりも飛距離と精度を高めた仕様となっている。

  ◇

 あいにくと三脚までは持ち出す余裕がなかった伊瑠。そこで幼馴染みの肩を拝借したという次第。
 あれほど母である瑠璃から「家でおとなしくしていろ!」と言われていたのにもかかわらず、密航してきた伊瑠も伊瑠だが、そんな彼女から頼まれて臆することなく肩をさらけ出す、おみつという娘のたいがいであろう。

「あぁん、思ったより火筒が揺れて、狙いがブレる」

 片目で発射口の上部にある照星をにらみながら、伊瑠がぶつくさ。
 これを耳にしたおみつ、「うん? だったらこれでどうだい」と束ねていた自分の髪にてぐるぐると長筒を縛り、がっちり肩に固定する。
 それによりブレがなくなったところで、伊瑠が舌なめずり。

「イッカク、その首、あたいが貰う。これでも喰らいやがれっ!」

 伊瑠の火筒が吠えて、轟音を響かせながら流線形の玉が射出された。


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