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その二十七 狂濤(きょうとう)
しおりを挟む敵勢に奇妙な動きがみられたのは、五匹目の鮫が倒された直後のこと。
それまでは各々好き勝手に暴れていた鮫たちが、イッカクの元へと集まっていく。
ひと塊になったとおもったら、今度はその場で一斉に激しく潜ったり浮かんだりをくり返す。
「連中、いったい何を……」
小型船の舵を預かる者がつぶやいた矢先のこと。
ドンっと船体脇に強い衝撃を受けて、船が大きく揺らいだ。
それを成したのは波。
わりと穏やかであった海域に、突如として出現した高波。
発生させたのはイッカクたち。あの動きにて波を立たせていたのである。
イッカクの身は五から六丈ほどもあり、他の鮫どもも三丈はあろうかという大物ぞろい。そんな重量のある巨体がこぞって尾を振り、全身を使っては水を叩いてかき混ぜている。
海の暴君の号令一下、一糸乱れる動きをみせる旗下の者ども。産み出される波はけっして軽視できるシロモノではなかった。
波は伝わるほどに成長し、より大きくなる性質を持つ。
そのせいでうねる海面。一時的に狂った波濤に翻弄される小中型船たち。横波を受けて味方同士がぶつかったり、なかにはこらえきれずに転覆するものも。
たちまち現場は大混乱に陥る。
さなかのことであった。
「おい、イッカクの野郎がいないぞ。どこへ行きやがった?」
落とされまいと必死になって船縁に掴まりながらも、そのことに気がついた誰か。
敵首魁がいない? いつのまにか姿を消していたイッカク。
荒れる海原に視線を走らせ懸命に行方を探したところ、猛然と波を切って突き進んでいる背びれの姿を発見する。
向かっていたのは包囲網を構築している大型帆船のうちの一艘のところ。
「まさか、あの野郎、強引にこの囲みを破るつもりなのかっ」
鉄ビシのある網に絡めとられては、いかにイッカクとてただではすまない。ならば邪魔なそれを牽引している大型帆船の方を沈めてしまえと判断した模様。
ふつうの鮫であれば不可能、だがイッカクであればそれが出来る。
そして奴の脱走を許した瞬間、立場が逆転する。
広大な大海原を自由に動けるようになったら、今度はイッカクに自分たちが狩られることになる。
真っ青になった者ども。
そうはさせじと、すぐさま体勢を整え舵を切り、動ける者から追走を開始する。向こうがそのつもりならばそれを逆手にとり、大型帆船と連携し前後からの挟撃にてイッカクを仕留めるつもり。
しかし忠吾らが乗っていた中型船は方向転換に手間取ってしまい、完全に出遅れた。
位置的に殿(しんがり)となったことで、追うことを断念。転覆した船の乗員らを救助がてら、残った鮫どもの足止めを引き受けることにする。
◇
紀美水軍とて、けっしてイッカクを侮っていたわけではない。
考えられるかぎりの万全を整えたつもりであった。
しかし備えを厚くし、規模が大きくなったことにより自然と産まれる、人心の弛みばかりは想定外であった。
油断していたわけじゃない。みなが戦に臨む気構えを持っていた。だが、数による奢りが、心のどこかに「これだけいればきっと」という甘えを生じる。それが迅速な行動の足を引っ張った。
イッカクが向かったのは、紀美水軍が黒組の母船。
組頭の怒号まじりの命令により、すぐさま準備が整えられたのは船体に積まれていた弩弓。手に入れた攻城兵器を船用に改良した品にて、黒組自慢の品。敵船体の横っ腹に風穴を開けるほどの威力を持つ。
これでもってイッカクを返り討ちにしてやろうと目論むも、モタモタと狙いを定めているうちに、背びれが海中に没して姿を消してしまった。
機を逸したので、すぐに頭を切り替えればよかたったのだが、なおも弩弓での一撃に固執したのが敗因となる。
直後のこと。
大型帆船が二つに割れた。
弩弓に狙い撃たれる直前、潜航したイッカクが水底にて反転、急速浮上。直下より襲撃。自慢の鋭く凶悪な角にて竜骨、その中核となる部分を完膚なきまでに貫いたばかりか、勢いのままに頭から突っ込み船底に大穴をあけ、船体の一部をも喰い千切ったのである。
致命的な傷を負った船がビキリバキリと音を立て瓦解していく。
その無惨な姿はクマに腹を引き裂かれて、臓物をぶちまけるシカのようであった。
海中より海面へと躍り出たイッカク。
おまけだとばかりに、宙にて尾を翻し、帆柱をへし折りふたたび海中へと没する。
圧倒的な破壊力をまのあたりにして、一同唖然。
しかしそれでも包囲網を崩すわけにはいかないと、すぐに残り十一の大型帆船が黒組が抜けた穴を埋め、イッカクを外に逃がさないようにと動いたのはさすがであろう。
けれども、そんな紀美水軍を嘲笑うかのようにして、次にイッカクが浮上したのは明後日の方向である。
せっかく開けた穴から外に飛び出すでなし。いったいどこへ向かっているのか。
遠ざかる背びれを見送り首をひねるも、その先にあるモノに気がつき、はっとなる。
イッカクが向かっていたのは囮船のところ。
役割りを終えて後方へと下がっていた囮船へと猛然と迫っている。
イッカクが若い娘の肉に目がないことは知っていたが、よもやこれほどの執着をみせようとは……。
居合わせた誰もが戦慄せずにはいられない。
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