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その二十六 海戦

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 護衛船が巧いこと立ち回り、囮船を守りながらイッカクたちを引き連れ戻ってくる。
 その先に待つのは紀美水軍の円陣。
 青い狼煙があがる。
 これを合図に、各組の頭が乗る大型帆船から一斉に投入されたのは漁網。今回の戦いのために用意した特注の品にて、鉄ビシを編み込んでおり、一度絡めとられたが最後、どこまでもまとわりついて離れない。
 先に投入された重石により、漁網が水底へと広がっていく。
 船と船の間を繋ぎ、たちまち海の中に茨の幕が構築された。
 囮船を追いかけ獲物たちが円陣内部へと入ってきたところで、黄の狼煙があがる。
 全船が右回りにゆっくりと動きだす。
 緩やかに渦状の軌道を描き、先頭の船が少しずつ内側へと舳先を傾け進み、後続がそれに続く。これにより包囲の輪を狭まり、唯一あった出入り口をも封鎖した。
 十二の大型船の周りを小中型の船が並走、包囲をより密にしては、敵勢を一匹たりとも逃がさないようにしている。

 かくして檻は完成した。
 あとは虜にした獲物を狩るばかり。
 そして攻撃開始を告げる赤の狼煙があがる。

  ◇

 飛沫をあげて疾走するのは笹の葉のような形状をした小型船。帆と櫂をこまめに動かすことで、風と波を的確に捉えては海面を軽快に駆ける。

「おーららぁ、おーららぁ、おーららぁ」

 銛を片手に独特な雄叫びをあげるのは、舳先にいる者。声により獲物を威嚇誘導しつつも、隙あらば投げ銛を放つ。
 銛の石突には組み紐が結ばれており、紐の先には青竹を束ねたものがある。
 放たれた銛、返しがついた刃が鮫の身に突き立つなり、するすると紐が引っ張られ、竹の束も海へと没する。しかし中身が空洞となっている竹は沈まない。これが浮きとなり鮫は潜って逃げることができずに、海面近くに留まるしかなくなるという仕掛けである。

 左右をがっちり固められ、背後から追いたてられた先。
 待ちかまえているのは中型船。
 向かってくる獲物を弓や銛の雨がお出迎え。

  ◇

 分断され各個撃破、順当に数を減らされていく鮫たち。
 イッカク率いる十一の群れのうち、すでに三匹が討ち取られている。
 忠吾らも中型船のひとつに乗り込んでは狩りに参加していたが、勇猛な紀美水軍の海賊たちの活躍により、いまのところ出番はない。
 かと油断していたら、唐突に出番が回ってきた。
 背に三本もの銛を突き立てられ追い詰められた鮫。死なばもろともと自棄を起こし突進してきたばかりか、三丈はあろうかというその身がおおきく跳ねた。大口を開けて頭から突っ込んでくる。
 そんな奴に乱雑に乗船されたら、中型船といえども転覆しかねない。

 騒然となる船上において、忠吾の右腕が静かに上がる。
 隻腕にて構えられた火筒。一切の迷いのない動作にて、ぴたり。発射口上部にある照星(しょうせい)が狙いを定めたのは、飛んでくる鮫の鼻面。
 引き金にかけた指をひくなり、弾き金がカチンと勢いよくおりる。パッと火花が散り、装填されてある火薬入りの紙筒がはじけ、生じた爆発により勢いよく射出される鉄の玉。
 狙いあやまたず。
 直撃を喰らった鮫が宙にて大きくのけ反る。

 火筒を相手に向けたまま忠吾が手元を左へとわずかに振る。その動作にて筒身の手元側、上部にある開閉式の装弾口がパカンと開く。ひょうしに吐き出されたのは火薬残渣。
 燃えカスが舞う中、右の中指と薬指の間に挟んでいた火薬入りの紙筒と、握り込んでいた次弾を素早く装填。火筒を右へと振り戻し装弾口を閉じる。
 すべては刹那の出来事であった。
 禍躬ヤマナギに左腕をくれてやり、隻腕となった忠吾が必要に迫られて編み出した、目にも止まらぬ早業である。

 間髪入れずに放たれた次弾。
 向かった先はあらわとなっている鮫の白い腹、胸びれの根元部分。そこには心臓がある。
 鮫の弱点は鋭敏な感覚が宿る鼻先と心臓。
 その二つを続けざまに潰されては、さしもの巨大鮫も息絶えるしかなかった。

 伝説の禍躬狩りの男。その神がかった腕前に周囲から歓声があがるも、忠吾は意に介さず。次の戦いへと向けて準備を怠らない。
 これで退治された鮫は四。
 残りは七。
 しかし肝心のイッカクはいまだ健在。
 海の戦いはまだ始まったばかり、本番はこれからである。


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