山狗の血 堕ちた神と地を駆けし獣

月芝

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その十八 静人(しずかびと)

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 謁見についてはとりたてて語ることはない。
 一連の流れは事前に決められており、本番ではそれをなぞらえるばかり。
 伊邪王の名代として派遣された緒野正孝が、見事にお役目をまっとうし、忠吾をここまで連れてきたことにより、助太刀の件はすでに了承となっている。湖国の使節団にも忠吾の意思は伝えられている。
 なのにわざわざこうして公の場を設けたのは、体外的なこともあるが、むしろ身内に対しての牽制目的の意味合いが強い。
 玉座から見て左側にいる者どもへ「これは国と国との決めごと。今後、いらぬちょっかいを出したら、承知せぬぞ!」という暗黙の恫喝。

 権力闘争。
 城の中、宮廷という特殊な箱庭でくり広げられる人間同士の争い。
 ここは一見すると波風のない穏やかな川面のようではあるが、ほんの少し奥へと足を踏み入れたら、その水面下では別の流れが暴れている。深謀遠慮が渦を巻き、うっかり足をとられたが最後、いっきに激流に身をもっていかれる。
 野生とは異質な生存競争。
 そのいったんを垣間見た忠吾は、ふぅと小さなタメ息をもらさずにはいられない。

  ◇

 謁見は滞りなく終わった。
 湖国への出立は三日後と決まる。
 使節団の代表である佐伯結良(さえきゆら)は、一刻もはやく帰国の途につきたそうではあったが、自国の看板を背負って友好国へと赴いている以上は、後ろ足で砂をかけるような無作法は許されない。滞在中にお世話になった方々への挨拶まわりや、荷造りなどの準備を考慮すれば、これが限界であった。

 しかし困ったのが忠吾である。
 出立までの間、おおいに暇を持て余す。
 山育ちにて、日々、己とコハクの鍛錬および、生活の糧を得るために働きづめであった身にとっては、何もすることがないというのが一番の難事。どうにも落ちつかない。
 見かねた正孝が「でしたらせっかくなので都見物でもいかが? それがしでよろしければご案内しますが」と申し出てくれたが、それには首を横にふる。

「ありがたいが、コハクがいるからな。山狗の子を連れて都の中をうろつくわけにもいくまい。それに正孝殿も旅の準備があるだろう。だから気持ちだけ受け取っておく」

 謁見の場において、伊邪王は忠吾の背後に控えていた正孝にこう命じた。

「緒野正孝よ、そちは引き続き補佐役として、また此度の一件の検分役として忠吾殿に同行し湖国へとおもむけ。そして我が目となり耳となり、すべてを見届けてくるのだ」と。

 どうやら伊邪王はあえて若き武官を国外に出すことで、その存在を周辺諸国に広く知らしめ、また湖国の女王と謁見させることにより、微妙な立場である正孝の知名度と地位をいっきに押しあげる腹積もりのよう。
 東西の要に位置している湖国。
 そこを統べる女王の覚え目出度き益荒男ともなれば、いかに第三妃の権勢であろうとも、おいそれとは手が出せなくなる。
 もしもつまらぬことを仕掛けてことが露見したら、たちまち悪評が国内外を駆け巡り、第三妃どころか紀伊国の信用をも失墜しかねない。そうなれば伊邪王は嬉々として一派を断罪するだろう。これさいわいと己が治世の邪魔をする輩を根こそぎ狩るのにちがいあるまい。

  ◇

 あてがわれた屋敷にて。
 忠吾が禍躬狩りの道具の手入れを入念にしているうちに、早や日が暮れた。
 夜はコハクといっしょに縁側でゆったり過ごす。庭園と月の共演を眺めながら、忠吾が酒杯を舐めていると、こんな時刻にもかかわらず女ひとりの来訪者があった。
 城に勤める給仕なのだが、他の者たちとはちがって顔を「黙」の一字を刺繍された布で隠している。
 これは「沈黙の誓い」を立てた静人(しずかびと)。
 静人は主の信任厚く、認められた者だけがなれる特別な側仕え。
 主の身の回りの世話をし、一切言葉を発せず、人前で素顔を晒さず、個人の感情を殺し、職務上で得た秘密は墓場まで持っていくことを誓っている。そのために己の舌を半分ほど切り落としたり、裂いたりするという噂もあるが、真偽のほどは定かではない。

 無言のまま静人より差し出された文。差出人の名はない。
 紙面には「ひと目」との短い文言のみ。
 だがその筆跡に見覚えのあった忠吾は、すぐにコハクをともなって屋敷を出る。
 文を届けた静人に案内された先は、王宮の奥深く。
 通常であれば王族以外が立ち入ることは許されぬ特別な場所ではあったが、事前に人払いをしていたらしく、途中、誰に見咎められることもなく、忠吾たちは目的地へと辿りつく。

 とある部屋の扉の前にて足を止めた静人、ふり返り恭しく首を垂れた。
 どうやらここから先は自分たちだけで、ということらしい。
 小さくうなづき、忠吾は扉をそっと押し開けた。

 広い部屋だが薄暗い室内にあるのは、大きな寝台のみ。
 近づくとカサリと寝具の衣擦れの音がした。
 透けるような薄布の天蓋の向こうにて、わずかな身じろぎ。
 忠吾が布をめくると、そこには枯れ枝のごとく痩せ衰えた男の姿があった。
 かつて勇ましくも自軍を率いて禍躬ヤマナギに立ち向かった、昔日の面影は皆無。
 だというのに忠吾は開口一番、こう言った。

「しばらく見ないうちに、いい面構えになったな若造」と。

 その言葉に瞳をうるませ「これはありがたい。貴殿にそう言われるとは、なによりの手向け」とくしゃりと顔を歪める、この人物こそが先代の那岐王である。
 かつて死線をともに潜り抜けた王と禍躬狩り。
 五年ぶりの再会であった。


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