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その十七 謁見

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 いかに召喚された身とはいえ、先触れもなく、日が暮れてからの不躾な訪問。
 にもかかわらず忠吾たちは粗略に扱われることなく、丁重に城内へと招き入れられた。
 その夜は城の中庭にある離れの屋敷をあてがわれ、静かに旅の疲れを癒すことになる。
 ここで緒野正孝とはいったん別れることになったのだが、翌朝にはふたたび顔を合わすことになった。

 朝食をすましひと息ついていたところに、あらわれた正孝。旅の間に見慣れた武骨な甲冑姿ではなく、祭事用の皮製の軽装に身を包んでいる。

「いささか早急なれども、本日の昼、謁見の間において伊邪王が直々に湖国の使節団の方々を紹介なされるとのこと。その際には、コハク殿もご一緒にとのおおせです」

 なお正孝もその場に同席し、山育ちゆえになにかと都の慣習に疎いであろう忠吾を補佐するように命じられたとのこと。
 ツンと澄まして、やたらと気位ばかりが高い城勤めの給仕をあてがうよりも、いくばくか気心の知れた正孝であれば、忠吾も臆することがないであろうとの伊邪王の配慮。
 滞在中の屋敷も立派であるが、居心地は悪くない。おそらくはそうなるように細部にまで気を配ってくれているのであろう。
 伊邪王は若輩者ゆえに、いまだ政治基盤が定まっていないという話ではあったが、なかなかどうして。
 と忠吾はひそかに感心している。

  ◇

 あきれるほどに高い天井。
 屈強な衛兵が守る両開きの扉は見上げるほどもあった。磨き込まれた赤褐色の表面が艶々としており、精緻な彫刻にて壮大な建国記が刻まれている。
 左右の扉の一枚一枚が大板を加工して造られたもの。
 これほどの厚みと重さを持った板を切りだそうとすれば、いったいどれほどの大樹が必要となるのだろうか。
 切り倒した大樹を運び、削り、乾燥させ、木材としてから、扉に加工し、彫り物を施し、この場所にあつらえる。きっとその筋の優れた技術を持つ匠たちがこぞって腕を振るったはず。

 膨大な時間と労力と才能の結実。
 この門が誇示しているのは、ただ一つ。
 権威である。

 紀伊国という国を、その国を統べる王の力を来客にみせつけ、そんな王と対面し言葉を賜ることを覚悟せよ。その栄誉を自覚せよ。
 物言わぬ大扉がそんなことを発しているような気が忠吾にはした。
 慣れているはずの補佐役の正孝も表情が固い。いささか緊張した面持ちとなっている。武官にとっても王の御前とはそれだけ特別な場ということなのだろう。
 だというのに、山狗の子は鼻先をスンスンしては、しきりに周囲のニオイを嗅いでいたかとおもったら、急に「くちゅん」とクシャミをしたもので、これには忠吾も危うく吹きだしそうになってしまった。

 いかに立派で荘厳であろうとも、しょせんは人間がこしらえたもの。
 たしかにすごい。尊敬すべき偉業だ。心から敬服の念を抱く。見ず知らずの者の手によることだが、それでも誇りに感じる。
 だが、忠吾はそれと同時のこうも考えてしまう。
 ならば山の方がずっと大きく、森の方がずっと厳かであり、自然の方がずっと雄壮で美しくて目を奪われると。

 誰に聞かせるでなし。口の中だけで忠吾は「我ながらあきれる。ほんの数日でもう里心が芽生えたか」とぼそり。
 独り言にて肩をくつくつさせる主人を、キョトンと不思議そうに山狗の子が見上げている。
 その視線に気がついて忠吾が「なんでもない」と、コハクの長い鼻筋を指先で軽くかくかのようにして撫でてやれば、山狗の子は「もっとやれ」と頭をグリグリと押しつけ甘えてきた。
 億尾にも出さないが、なんだかんだでコハクも初めての環境や雰囲気に緊張しているのかもしれない。そう考えた忠吾は、コハクが望むままにしばしわしゃわしゃ戯れる。
 それを中断させたのは、扉の向こうから響いた銅鑼の音と大音声。

「禍躬狩り、忠吾さま。おなーりー」

 客人の来場を告げる近習の声に合わせて、ゆっくりと開いていく大扉。
 これだけの大きさにもかかわらず静かなもの。ギィとわずかな軋みもしない。
 開かれた大扉の向こう側は、奥へ奥へと縦長にのびた空間。進むほどに少しだけ先細りするように設計されているのは、奥行がより深く見えるようにとの工夫か。
 太い柱が左右等間隔に十五本ずつ並んでいる。
 謁見の間の天井は廊下側よりもさらに高くなっており、隅には闇よりも濃い暗がりが沈殿している。

 入室してすぐ、目だけをわずかに動かし、チラリと天井の闇を見る忠吾とコハク。
 そこに潜む何者かの気配にすぐに気がつくも、忠吾は素知らぬふりをして歩き始め、コハクもそれに従う。
 あの闇に強い警戒心はあれども害意はない。おそらく潜んでいる者の正体は、王の身辺警護を担う隠密の類なのであろう。

 室内の床、中央に敷かれた長大な赤い布。その上を歩いて奥へと進む忠吾とコハク、補佐役の緒野正孝が一歩下がってそれに続く。
 じきに突き当り、玉座があるところに到達。
 壇上の玉座にいる若者こそが伊邪王にして、これを正面に左側にいる狩衣姿の集団が湖国の使節団の方々。右側にて煌びやかな色や柄の着物に身を包んでいるのが紀伊国の王族や、それに付随する高位の面々である。

「あれが伝説の禍躬狩りと呼ばれる男」「連れておる山狗はまだ若いな」「先代のは前回の討伐のおりに死んだとか」「あの男、なんでもこれまでに十二もの禍躬を仕留めたそうな」「信じられん、やはり偽りではないのか」「いや、しかし、あの佇まい。只者ではない」「すでに七十を前にした老齢と聞いていたが、まちがいではないのか」「左腕の肘から先がない。禍躬に喰われたという話は本当であったか」「身を内から焦がす灼熱の呪いを受けたというぞ」「なんと恐ろしい……」「隻腕で本当に火筒があつかえるのか?」

 まるで馬市に引き出された仔馬のように、周囲から向けられるのは品定めするかのような遠慮のない視線。聞こえてくる囁き声は、いろいろだが全体的には若干ながらも疑っているような声が大きいか。
 にもかからず忠吾とコハクは平然と前を向いたまま。
 王の御前にもかからわず、膝をつき首を垂れることもない。
 てっきり緊張して固まっているのかと考えた正孝が、背後からこっそり「忠吾殿、王の御前である。それがしを倣ってどうか膝を」と声をかけるも、その時のことであった。

「かまわぬ。どうかそのまま。よくぞ急な招聘に応じてくださった。感謝する」

 低くもなく高くもなく。さりとて他者が耳を傾けずにはいられない。そんな不思議な声であった。
 伊邪王が口を開いたことにより、雑音は一斉に鳴りをひそめる。
 こうして謁見は始まった。


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