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その十 二枚つづりの手紙
しおりを挟む伊邪王の使者を名乗る若き武官の来訪。
恵まれた体躯をしている。しかしそれに甘んじることなく、鍛えあげた肉体なのは首回りをみれば一目瞭然。なかなかの男ぶりを誇る偉丈夫である。
まだ幾分若さが残っているものの堂々としている。だが、よく見れば唇が青くなっており、かすかに震えていた。
春の兆しが近づいているとはいえ、まだまだ寒い山の中。留守宅にあがり込むでなし、吹きっさらしの寒空の下を、律儀にずっと外で待っていたようだ。
この若者が信用に足る人物であると判断した忠吾は、かまえていた火筒をおろす。主人の動きあわせて山狗の子も唸り声をやめた。
「わかった。話を聞こう。とりあえず中へ入れ」
うながしながら忠吾は表戸を開けて小屋の中へと。コハクもそれに続く。
しかし若き武官は動かず。敷居の向こうにて固まったまま。
遠慮でもしているのか、あるいは山の民の家に立ち入ることに躊躇しているのか。
里の者の中には山に暮らす者を野蛮と断じたり、ところによっては獣を狩り皮をはぐ生業を厭う風潮がある。
だからとてこのままではろくに話もできやしない。
そこで忠吾はいまいちど声をかけようとしたのだが、そのときのこと。ふいに若き武官は膝を折り両手をもついては、額を地にこすりつけんばかりに深々と頭をさげた。
何ごとかと忠吾があっけにとられていると、若き武官が顔をあげることなく言った。
「それがし、名を緒野正孝(おのまさたか)ともうす」
名乗られて忠吾はこの若者の正体を知る。
そして彼がどうしていきなり土下座をしたのかということも。
◇
五年前に行われた禍躬ヤマナギ討伐戦。
そのおりに肝心なところで功を焦り突出した結果、戦線を混乱させ多くの死傷者を出したばかりか、討伐隊を率いていた先代の那岐王の命をも危険にさらした武官がいた。
どうにか討伐には成功したものの被害甚大。その時の傷がいまも尾をひいては国を蝕んでいる。
禍躬狩りの同胞もたくさん死んだ。もしくは怪我を負い、あるいは相棒が犠牲となり、失意のうちに山を去った者もひとりやふたりではない。
忠吾とてかけがえのない相棒であった山狗のソウとアサヒを失ったばかりか、自身の左腕をも失ったのである。もしも山狗夫婦の遺児であるコハクがいなければ、どうなっていたことか。
惨事の発端となった武官を緒野景親(おのかげちか)といった。
この若き武官は景親のひとり息子であったのだ。
◇
「亡き父になりかわりお詫びします。本来なればもっとはやくに謝罪にうかがうべきところを、家督の引継ぎなどの私事や、伊邪王さまのご即位および体制の準備におもいのほかに手間をとられてしまい」
あらかじめ文言を決めていたのだろう。神妙な面持ちにて詫び口上を述べる正孝。
その姿をじっと黙って見つめていた忠吾ではあったが、若き武官が続けて口にした言葉にぴくりと片眉をあげる。
「……つきましてはそれがし、いまだ若輩者の拙い武辺者にて、伝説の禍躬狩りと謳われた貴方さまとはとてもつり合いませぬが、この左腕を献上いたしたく」
親の不始末を子がぬぐう。そのために正孝は己の腕を捧げるという。
けっして形だけではない。本気だということは額に浮かぶ汗と真剣な目をみればわかった。
しかしこの申し出に対する忠吾の返事は素っ気ないもの。
「いらん。それよりもとっとと中に入って戸を締めろ」
◇
火を焚いた囲炉裏を挟んで対峙する老人と青年。
コハクは忠吾の右隣りにて丸まり「クカァ」と大あくび。
使者より差しだされた書状を受け取った忠吾。さっそく蝋封を解き中身に目を通す。書状は二枚つづりになっていた。
一枚目に書かれてあったのは、禍躬狩りの要請である。
ただし場所は紀伊国の領内ではない。二つほど国を挟んだ遠方の湖国である。
湖国は大きな湖にある浮島を中心にして栄えている国。
東西の要所に位置しており、ヒトやモノの流通が盛んにて中継地点として水運が発達している。
そこが近年、禍躬の被害に悩まされている。湖国と紀伊国とは先々代の頃に、こちらから王族の姫君が先方に嫁いでいる間柄にて、どうかこれを退治するのに手を貸してやって欲しいとの要請。ただし年齢的なこともあるから、肉体的に厳しければ知恵を貸すだけでも。
末尾には伊邪王の署名捺印もある。
正孝によれば、現在、湖国からの使節団が都に滞在しており、助力を請われた伊邪王が御みずから筆をとり、文をしたため仲介の労をとったとのこと。
説明を受けて「なるほど」とうなづいた忠吾は、続いて二枚目を読み始める。
だが、読み進めるほどに、みるみる眉間のシワが深く、表情が険しくなっていくのを抑えられなかった。
◇
正孝は忠吾が王からの書状に目を通している間、静かに待つ。
若き武官はしゃんと背筋をのばし居ずまいを正し座っている。しかし内心では穏やかではいられなかった。なぜなら自分は忠吾にとってはいくら憎んでも足りぬ男の息子。罵倒され、殴られたとてしようがない立場。
だというのに忠吾はとくに邪険に扱うこともなければ、声を荒げるでもなし。
あまりにも自然体にて受け入れ応対するもので、かえって正孝のほうが困惑していたのである。
都の街中や城内でも、いまだに寄ると触るとなしに話題となっては陰口を囁かれている。ときには面と向かって罵倒され、嫌味を言われることさえもある。犠牲となった遺族からいきなり石を投げられたり、恨み節をぶつけられたことも一度や二度ではない。
だが正孝にはぐっとこらえるしかない。
なぜなら父の愚行により緒野家の名誉は完全に地へと墜ちたからだ。
なのに正孝が職を辞することなく、周囲からの嘲りに耐え、いまなお武官の地位に留まりつづけていたのは、ひとえに伊邪王への忠義のため。
いかに学友とはいえ、こんなやっかいな立場にある自分を拾いあげてくれたばかりか、側に置いてくれている伊邪王の厚恩に報いるためである。いずれ去るにしても、せめて彼の御代が安定するのを見届けるまではとの想いが強い。
ある意味、他人からの悪意に晒されることにすっかり慣れてしまっていた正孝。
だからこそ、忠吾の態度が新鮮でもあり、意外でもあり。
それが彼を戸惑わせている。
◇
書状を読み終えた忠吾は「ふぅ」とひとつ深い息を吐く。
待ちきれずに「して、返答やいかに?」とたずねた正孝。
だがそれへは答えず、かわりに忠吾はぼそりと言った。
「ずっとヘンだとは思っていたのだが、よもやこういう事情があったとはな。ようやく合点がいった」と。
忠吾は書状の二枚目の方を若き武官にぐいと差し出す。
真意をはかりかねて困惑を隠せない正孝ではあったが、おずおずとこれを受け取り目を通したのだが、すぐに書状を持つ手がわなわなと震えはじめた。
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