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その二 禍躬狩り
しおりを挟む伝説の禍躬狩り忠吾。
彼の左側にてつき従うのは、黒毛にて蒼玉のような瞳を持つがゆえに、主人からソウと名づけられたオスの山狗。
右側にてつき従うのは、灰毛にて日輪のような瞳を持つがゆえに、主人からアサヒと名づけられたメスの山狗。
ソウとアサヒの二頭は夫婦にて、ついふた月ほど前に一粒種の息子が産まれたばかりであった。
歩きながら火筒の準備を整える忠吾が命じる。
「ソウ、アサヒ、一瞬でいい。やつの動きを止めてくれ」
それを受けて同時に駆け出した二頭の山狗。
黒と灰の獣が並んで疾駆。たちまちヤマナギへと迫る。
肩を寄せ合うようにして走っていたソウとアサヒ。ふいに幅を開けたかと思ったら、一転して近寄り、交差してはまた離れるという動作を繰り返す。
二頭が描く軌跡が二重らせんとなる。
まるで示し合わせたかのような一糸乱れぬ動き。
目で追ううちにヤマナギの視線が泳ぎ、鼻先が左右に揺れる。
そうこうしている間にも両者の距離がずんずん縮まっていく。
ヤマナギの鼻息が荒い。かなりイラ立っている。その怒りのままに向かってくる山狗らをひと息に踏みにじり、砕かんとする。
が、振り下ろした前足のひづめが当たろうかという寸前、ぱっと左右にわかれた二頭の山狗たち。巨躯の腹の下や脇を駆け抜けざまに爪や牙にて攻撃を放つ。
一瞬の交差だというのに、血濡れた剛毛の合間、皮膚と肉があらわとなっているわずかな箇所を的確に狙ったもので、ヤマナギは痛みよりも驚きにて「グルガァ」と声をあげる。
その時にはすでにソウとアサヒの姿はヤマナギの後方にあり、ふたたび合流していた。
二頭がシュタ、シュタ、シュタと軽快に跳ねる。わずか三歩により急旋回を完了。左斜め後方より、ヤマナギへと迫ってはさらに攻撃を加えんとする。
これを嫌ったヤマナギが後ろ足を大きく跳ねた。
なかば地面を抉るようにして蹴りだされた足。豪快に土砂をまき散らす。
だがソウとアサヒは臆することなく突進。さらに加速し、土砂の幕が広がりきる前に、潜り抜けることに成功する。
勢いのままに接敵。
ここで二頭は並走から前後へと配置を替える。
先行するのはアサヒ。踏ん張るために棒立ちとなっているヤマナギの左前足へと狙いを定め、そのカカト付近の筋へと牙を突き立てた。
ヤマナギが驚きこれを振り払おうと暴れるも、意識が完全に足下のアサヒへと向いた瞬間に、今度は右目を激痛が襲う。
大地を蹴り、高く跳ねたソウが前足の爪による一閃。鋭い爪先が柔らかな眼球を抉る。
先に受けた火筒の玉により、まぶたの上を切られていたヤマナギは傷口より溢れた血にて、右の視界が薄ぼんやりとしていたせいで対応できず。
二頭の山狗に翻弄され、連携攻撃を受けたヤマナギ、よろけながらうっかりアサヒに噛み千切られた足に体重をかけたもので、こらえきれずにどうっと倒れた。
巻き込まれる前に、すぐさま離脱するアサヒとソウ。
少し距離をとり、山狗たちがちらりと見たのはヤマナギの正面方向。
そこには火筒を構えている忠吾の姿があった。
忠吾が引き金を絞るのと同時に空気が爆ぜる音が響き、長筒が火を吹く。
狙いあやまたず。発射された玉が倒れ伏しているヤマナギの残る左目へと吸い込まれていく。
左目へと命中した鉄の玉。
火薬がはじけたひょうしに起こった熱をその身に宿したまま突き進む。
眼球を内側から焼き、眼底部位の骨を砕き、さらに奥へ奥へと。
いろんな物を蹂躙しながら直進した玉は、後頭部の骨へと到達したところで貫通はせずに跳弾。これは禍躬ヤマナギの頭部が体に比例して大きかったがゆえに、この時点で玉の勢いがかなり削がれていたからである。
固い頭蓋骨の内部にて暴れる鉄の玉が、頭の中をズタズタに裂く。
にもかかわらず、なおも立ち上がろうともがいていたヤマナギではあったが、ついには両の前足を折り、首を垂れる姿勢のままで、血泡を吐き動かなくなった。
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