67 / 67
067 遠き旅路の果てに
しおりを挟むザクザクザク……。
しゃがみ込んで自分の花壇の土を白銀のスコップでいじっていたら、手の中のミヤビが「チヨコ母さま、またみたいですわ」とタメ息。
顔をあげたわたしも「えーまたなの? まったくあの二人は本当にしょうがないねえ」とぼやきつつ、目立ってきたお腹をかばいゆっくりと立ち上がる。「よっこらせ」
ひょこひょこ自宅へ向かうと、ちょうど玄関先の空間がスーッと縦に裂けて、第二の天剣アンが姿をみせた。
続いて漆黒のたてがみを持つ太い首がにょきっと姿をあらわす。
たくましい四肢、全身ムッキムキのバッキバキの筋肉の鎧に包まれた、黒馬の銀禍獣マオウ。艶のある御髪や尻尾などのところどころに金糸がまじりだしている。そう遠くない将来、きっと金禍獣へと至るであろう。
かつてはポポの里の南方域に君臨。四天王の一角であった彼も、いまでは愛妹カノンの専属守護者としてそばに侍っている。
美幼女にメロメロになったウマの王は、美少女、美乙女とスクスク成長するカノンにますますメロメロとなった。
しかしそんなカノンにメロメロになったヤツが他にもいる。
レイナン帝国の第二十三王子アスラにして現帝である。
姉であるわたしに自分の母の形見の指輪を贈り「へい、帝妃にならないかい?」と誘ったくせに、どうしてその妹に手を出したのか。
少々長い話になるけれども経緯はこうだ。
◇
天剣たちを率いるわたしこと剣の母チヨコと擬神ウノミタマとの最終決戦のあと。
異界の黒穴は消滅し、世界は滅亡の危機を脱する。
懐に入れて持ち帰った珠は、いつの間にかタネに変わっていた。
ポポの里へと帰郷したわたしは、ワガハイの鉢と並べていっしょに世話をすることにする。
ふんふん鼻歌まじりにて、土と水の才芽に、天剣のチカラ、それから愛情をたっぷり注ぐ。
「ウノミタマの変じたタネなんぞを育てて、いったい何が生えることやら」
心配するワガハイにわたしは「大丈夫だよ」と自分の胸をトンと叩く。
「もしもまた悪さをしそうになったら、今度はわたしがビシっと叱るから」
ほどなくしてひょっこり芽がでた。じきに白い花弁も咲いてゆらゆら。
でもワガハイのようにおしゃべりじゃなくて、声をかけたらはにかんでモジモジする。その仕草がなんとも愛らしい。
わたしはこの子を「アチカ」と名づける。これは母アヤメ、わたしことチヨコ、妹カノンら三人の頭文字をとったもの。
えっ、父タケヒコ? まぁ、女だらけの家での男親の扱いなんてものはこんなものだよ。お父さんは大好きだし尊敬もしているけど、ソレはソレ、コレはコレなのである。
とにもかくにもスクスク育って、いずれはワガハイと同じく世界を支える偉大な存在に……なってくれたらうれしいな。
なお、いまポポの里にいるワガハイは枝分けした分身体みたいなもの。本体は南の大陸にて世界樹として根を張り、砂漠の緑化活動に勤しんでいる。
そうそう、名づけといえば戦いのあとがたいへんだった。
なにせ新たに誕生した天剣(アマノツルギ)の数が九百九十四にもおよび、そのすべてが「剣の母から名前をつけてもらいたい」と切望したもので。
世に産まれ、自我を持つ身ならば、名を欲するのは至極当然。天剣五姉妹たちもそうだった。だが数が数なだけに、わたし一人の手にはとても負えない。
だから星読みのイシャルさまに泣きついた。
神聖ユモ国で一番の賢者の助力を得てヒイヒイ、どうにかすべての名づけと特徴や絵姿を記した書物を仕上げる。
いや、ほら、だって千近いんだもの。
いくら我が子とて、そんなのいっぺんに覚えられやしないから。
よって名づけ地獄のあとには、暗記地獄が待っていた。
◇
わたしがポポの里でわちゃわちゃしている一方で……。
隻腕となったラクシュの治世は八年ほど続く。
その間、彼女が行ったのは前半が苛烈な粛清の嵐。後半が制度改革の断行。
急激な変化は各方面にて軋轢を引き起こし、反発を招き、ぶっちゃけ多くの血が流れた。
それゆえに「吸血女帝」やら「破壊帝」に「餓狼帝」との物騒な異名をつけられるも、ラクシュはやり遂げる。
そして最期は弟であるアスラの手にかかって誅された。
ということになっている。
あくまで世間的にはということだから。真実はちがう。
アスラに後事を託すに際してラクシュが、そういう筋書きを考えたのである。
目に余る暴君を屠った英雄が、新生帝国を率いるようにひと芝居うつ。
もっともラクシュは当初、本当に死ぬつもりだった。「私はあまりにも多くの者を殺めてきた。その罪は償わなければならない」とか言っちゃって。すべての憎しみや業を一身に背負って果てる覚悟だった。
これにはアスラをはじめとして周囲の者たちがおおいにあわてる。
特に女帝の盟友とも片腕ともなっていた女商人のシャムドは「冗談じゃないわ。散々にひとを巻き込んでおいて自分だけとんずらとか、ふざけんじゃないわよ!」と大激怒。
おかげで帝位交代劇の裏では丁々発止の押し問答が延々と続く。
見かねたわたしが「そんなに死にたければコレでも喰らえ」と里の呪い師ハウエイさん特製の薬包を口の中に突っ込み、ラクシュをキノコまみれにして黙らせた。
ぐったり昏睡している彼女の身柄をそのまま帝国からポポの里へと強制連行。
目を覚ましたラクシュは当然ながら激怒して暴れた。
元武闘派の金狼将軍は片腕になってもとっても強い。
しかしそれをポカリと杖の一撃にて黙らせたのは衛士のロウさん。ポポの里の隻眼隻腕隻足老人は、さらに強かった。
次に目を覚ましたとき、まるで憑きものでも落ちたかのようにおとなしくなっていたラクシュ。
以降、彼女は衛士のロウさんに弟子入りして隠棲生活へと入る。
これにて一件落着。
と安堵するわたしたちではあった、夫のサンタのみ「兄弟子より強くてカッコいい妹弟子なんて立つ瀬がねえ!」と頭を抱えていたけど、それは気にしない。
◇
ラクシュがポポの里で暮らすようになってから二年ほどの歳月が過ぎた頃。
辺境をお忍びで訪れたのはアスラ一行。
目的は姉ラクシュの様子見と、わたしへの求婚である。
この段になってわたしは「あっ!」
アスラにサンタといっしょになったことを報せていなかったことに気がつく。
ずっと預かっていた指輪を返却しつつ「ごめん、すっかり忘れてた」とテヘペロ。
遠路はるばる神妙な面持ちにて、一世一代の舞台だと覚悟を決めてやってきてみれば、相手はとっくに他の男に寝取られていた。
がっくり膝をつくアスラ。「そんな、こんなのってあんまりだ」
新生帝国の若き帝、うえうえ慟哭す。
あまりの惨状に配下の者たちも、なんと声をかけて慰めていいものやらわからずオロオロ。
そこに臆することなく「大丈夫ですか?」と優しい声をかけ、手ぬぐいを差し出したのが愛妹カノンである。
花も恥じらうどころか、太陽や月さえも恥じて隠れてしまいそうなほどに、見目麗しく成長しつつあった最強美乙女を前にして、アスラの野郎はあっさり鞍替え。
返却されたばかりの指輪をカノンに恭しく差し出し「オレの妻になって、ともに帝国を支えて欲しい」と懇願。
カノンは当然ながら困惑する。わたしはちょっとイラっ。母アヤメは「あらあら、まぁまぁ」とはしゃぐも、父タケヒコは激怒。
「上等だ、おまえ。ちょっとこっち来いや」
二人して家の裏手へと向かった男たち。
じきにボコボコのひどい顔をして帰ってくるも、その時には肩を組むまでの仲になっていた。どうやら父タケヒコは「あくまでカノンの気持ち次第」との前提にて認めたらしい。
そこから先はアスラががんばった。
で、どうにか口説き落とすことに成功し、晴れて二人はいっしょになることに。
世界最強のお姉ちゃんを持つ、世界最高の妹は、世界最高の美乙女となり、ついには世界最高の玉の輿を遂げる。
辺境の農家の娘が最強国家の帝妃になる。
とんでもない立身出世ぶり。これに世の女性たちがどれほど熱狂し、羨望の眼差しを向け、夢と希望と勇気を与えられたことか。
お姉ちゃんは鼻高々です。
しかし海を渡った遠い異国の地に妹を一人嫁がせるのは不安だったので、第二の天剣・魔王のつるぎアンが率いる天剣軍団五百ばかりを後見役につけた。
銀禍獣のマオウは当然のごとくいっしょについて行く。
それらを率いての堂々の輿入れ。
帝都アルシャンの民たちが度肝を抜かれたのは言うまでもない。
ちなみに残りの天剣たちは里の生活に混じったり、マオウがいなくなった南方域をぶらついたりしつつ、みな機嫌よく過ごしている。
◇
かくして帝妃となった愛妹カノン。アンとの絆を深め第二の天剣のチカラである空間転移もらくらく使いこなし、輿入れ後もちょいちょい里帰りをしている。
当初は寂しくなったからとか、しきたりや礼儀作法がめんどうくさい、お母さんの味が恋しいなどなどの理由であったが、近頃では夫への不満が主な原因となっている。
なにせ帝となったアスラは忙しい身。
いかに愛しい恋女房がいたとて、そればかりにはかまけていられないし、かまけられても困る。
転移空間を抜け終えたマオウ。
ぶるんと尻尾を振って鼻を鳴らした。
大きな背からストンと降りたカノンが「お姉ちゃーん」と駆け寄ってくる。
その姿が幼き日の妹の姿と重なった。
世はのべつまくなし。
わたしはもうすぐ母となる。
―― 剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?七本目っ!少女の夢見た世界、遠き旅路の果てに。 (第七部完) ――
0
お気に入りに追加
67
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(51件)
あなたにおすすめの小説

お姫様の願い事
月詠世理
児童書・童話
赤子が生まれた時に母親は亡くなってしまった。赤子は実の父親から嫌われてしまう。そのため、赤子は血の繋がらない女に育てられた。 決められた期限は十年。十歳になった女の子は母親代わりに連れられて城に行くことになった。女の子の実の父親のもとへ——。女の子はさいごに何を願うのだろうか。

剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?二本目っ!まだまだお相手募集中です!
月芝
児童書・童話
世に邪悪があふれ災いがはびこるとき、地上へと神がつかわす天剣(アマノツルギ)。
ひょんなことから、それを創り出す「剣の母」なる存在に選ばれてしまったチヨコ。
天剣を産み、これを育て導き、ふさわしい担い手に託す、代理婚活までが課せられたお仕事。
いきなり大役を任された辺境育ちの十一歳の小娘、困惑!
誕生した天剣勇者のつるぎにミヤビと名づけ、共に里でわちゃわちゃ過ごしているうちに、
ついには神聖ユモ国の頂点に君臨する皇さまから召喚されてしまう。
で、おっちら長旅の末に待っていたのは、国をも揺るがす大騒動。
愛と憎しみ、様々な思惑と裏切り、陰謀が錯綜し、ふるえる聖都。
騒動の渦中に巻き込まれたチヨコ。
辺境で培ったモロモロとミヤビのチカラを借りて、どうにか難を退けるも、
ついにはチカラ尽きて深い眠りに落ちるのであった。
天剣と少女の冒険譚。
剣の母シリーズ第二部、ここに開幕!
故国を飛び出し、舞台は北の国へと。
新たな出会い、いろんなふしぎ、待ち受ける数々の試練。
国の至宝をめぐる過去の因縁と暗躍する者たち。
ますます広がりをみせる世界。
その中にあって、何を知り、何を学び、何を選ぶのか?
迷走するチヨコの明日はどっちだ!
※本作品は単体でも楽しめるようになっておりますが、できればシリーズの第一部
「剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?ただいまお相手募集中です!」から
お付き合いいただけましたら、よりいっそうの満腹感を得られることまちがいなし。
あわせてどうぞ、ご賞味あれ。
王女様は美しくわらいました
トネリコ
児童書・童話
無様であろうと出来る全てはやったと満足を抱き、王女様は美しくわらいました。
それはそれは美しい笑みでした。
「お前程の悪女はおるまいよ」
王子様は最後まで嘲笑う悪女を一刀で断罪しました。
きたいの悪女は処刑されました 解説版

四尾がつむぐえにし、そこかしこ
月芝
児童書・童話
その日、小学校に激震が走った。
憧れのキラキラ王子さまが転校する。
女子たちの嘆きはひとしお。
彼に淡い想いを抱いていたユイもまた動揺を隠せない。
だからとてどうこうする勇気もない。
うつむき複雑な気持ちを抱えたままの帰り道。
家の近所に見覚えのない小路を見つけたユイは、少し寄り道してみることにする。
まさかそんな小さな冒険が、あんなに大ごとになるなんて……。
ひょんなことから石の祠に祀られた三尾の稲荷にコンコン見込まれて、
三つのお仕事を手伝うことになったユイ。
達成すれば、なんと一つだけ何でも願い事を叶えてくれるという。
もしかしたら、もしかしちゃうかも?
そこかしこにて泡沫のごとくあらわれては消えてゆく、えにしたち。
結んで、切って、ほどいて、繋いで、笑って、泣いて。
いろんな不思議を知り、数多のえにしを目にし、触れた先にて、
はたしてユイは何を求め願うのか。
少女のちょっと不思議な冒険譚。
ここに開幕。
おなら、おもっきり出したいよね
魚口ホワホワ
児童書・童話
ぼくの名前は、出男(でるお)、おじいちゃんが、世界に出て行く男になるようにと、つけられたみたい。
でも、ぼくの場合は、違うもの出ちゃうのさ、それは『おなら』すぐしたくなっちゃんだ。
そんなある日、『おならの妖精ププ』に出会い、おならの意味や大切さを教えてもらったのさ。
やっぱり、おならは、おもっきり出したいよね。
夢の中で人狼ゲーム~負けたら存在消滅するし勝ってもなんかヤバそうなんですが~
世津路 章
児童書・童話
《蒲帆フウキ》は通信簿にも“オオカミ少年”と書かれるほどウソつきな小学生男子。
友達の《東間ホマレ》・《印路ミア》と一緒に、時々担任のこわーい本間先生に怒られつつも、おもしろおかしく暮らしていた。
ある日、駅前で配られていた不思議なカードをもらったフウキたち。それは、夢の中で行われる《バグストマック・ゲーム》への招待状だった。ルールは人狼ゲームだが、勝者はなんでも願いが叶うと聞き、フウキ・ホマレ・ミアは他の参加者と対決することに。
だが、彼らはまだ知らなかった。
ゲームの敗者は、現実から存在が跡形もなく消滅すること――そして勝者ですら、ゲームに潜む呪いから逃れられないことを。
敗退し、この世から消滅した友達を取り戻すため、フウキはゲームマスターに立ち向かう。
果たしてウソつきオオカミ少年は、勝っても負けても詰んでいる人狼ゲームに勝利することができるのだろうか?
8月中、ほぼ毎日更新予定です。
(※他小説サイトに別タイトルで投稿してます)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる
本作については削除予定があるため、新規のレンタルはできません。
このユーザをミュートしますか?
※ミュートすると該当ユーザの「小説・投稿漫画・感想・コメント」が非表示になります。ミュートしたことは相手にはわかりません。またいつでもミュート解除できます。
※一部ミュート対象外の箇所がございます。ミュートの対象範囲についての詳細はヘルプにてご確認ください。
※ミュートしてもお気に入りやしおりは解除されません。既にお気に入りやしおりを使用している場合はすべて解除してからミュートを行うようにしてください。
ここぞというところで大仕事の成し遂げてくれたワガハイ。憐れなウノミタマに情けをかけてくれたチヨコ。最後の最後まで手汗握るハラハラドキドキの連続でした。健気なチヨコにようやく春がとずれてホッとしました。
楽しいお話をありがとうございました。月芝さんのますますの活躍を楽しみにしています。
サンタ頑張った!
善き善き♪
かくて、世は事も無し。
めでたや♪
最後まで読ませて頂きました。連載、有難うございました。
しかし、サンタとチヨコがくっついたのか・・・いったいナニがあったのやらw