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066 極光の産声
しおりを挟む異界の黒穴の内と外。
外にはベニオの変じた紅紐と繋がっている第三の天剣・大地のつるぎツツミが待機している。
わたしの合図にてツツミが自身を滑車に見立てて、紅紐の巻き取りを開始。同時にベニオも収縮。加えて引きあげられる格好になるミヤビ自身も飛翔するので、三倍速にて浮上していくわたしたち。
一方で周囲の闇にも変化が生じていた。
より黒みが増している。いいや、これはより濃く、密度が増しているんだ。澄んだ空気までもが重い。からみついてくる。圧迫感がすごい。
原因はわたしが回収した手中の珠にある。
円を円たらしめている中心の点を失ったことによって、黒穴が形状を維持できなくなったんだ。急速に収束し始めている。
その影響で周囲から闇の壁が迫ってきている。
でもわたしたちの方が速い。このまま逃げきれる。
そう安心したのもつかのま。
足下からぬぅんとせり上がってくる何者かの気配を感じた。
あわてて底をのぞき確認する。
しかしわたしの視界に映るのは暗闇ばかり。黒がどこまでも続いている。わたしの目では、人間の視覚では、これ以上の黒を識別することができない。
けれどもわかる。本能が告げている。何かがこちらに向かってきていると。
黒穴、その内部に充ちていたもの。
人の身では計り知れない認知外の存在。
ひょっとしたらこれこそが、古代文明に未曾有の繁栄と滅びをもたらしたモノなのかもしれない。穴が収束していくのにともなって底よりあらわれたのは、そんなシロモノの淀み、あるいは上澄みなのか?
わからない。わからないけど、唯一わかっていることは、アレには絶対に追いつかれたらダメだということ。
捕まったが最後、ウノミタマと同じく中心に囚われ、異界との中継地点を維持する仕組みに組み込まれてしまう。そしてふたたび形を取り戻した黒穴の拡大によって、世界を破滅させる片棒を担がされることになる。
地面がせり上がってくるような感覚に、わたしはあせりを禁じ得ない。
「くっ、急がないと。外はまだなの」
見上げたはるか先に光はある。
じょじょに近づいてはいる。
けれども、まだ遠い。
◇
異界の黒穴の収束が進むほどに、わたしたちを取り巻く空気がズンと重くなった。
まるで水の中を泳いでいるような感覚に囚われる。
ちらりと下を見れば、こちらに向かっている何かは逆に勢いを増していた。濃縮された闇の黒が激しく蠢く。
ダメだ。予想していたよりも相手の動きが加速している。
これだと出口手前で追いつかれる。
どうする? ひと当たりして迫る何かが怯んだ隙に反転していっきに駆けるべきか。
でもこの異空間内は勝手がちがう。そんな場所での戦闘行為は無謀すぎる。殴りかかったところをペロリと呑み込まれる可能性もある。
逡巡しているうちにも逃亡者と追跡者との距離がずんずん縮まっていく。
と、急にこちらの浮上する速度が上がる。両者の距離がひらいた。
これはいったい……、ひょっとしてベニオが巻き取られる回転数が上がっている?
おそらくはツツミとムギがこちらの窮地を察して、がんばってくれているんだ。
イケる、イケるよ!
これならどうにか逃げ切れるっ!
◇
暗闇から飛び出したとたんに世界が光と色に満ちる。
音が、風が、ニオイが戻ってきた。
ついに黒穴から脱出を果たしたのだ。
けれども安堵している暇はない。
すぐそこまで追尾の手が迫っていた。
それは文字通り「手」であった。とてもとても大きな腕。
指は丸太をいくつも束にしたほどの太さがあり、肉厚な手の平、黒光りする手の甲、そこに浮き上がる骨や血管もまた太い。手首から肘へとかけて続く傾斜がキツイ。それすなわち内包されている筋肉量の多さをあらわす。肘から肩へと上腕部分もまた筋肉の鎧で覆われており、陰影が深い渓谷のよう。
ゴツゴツとした戦う男のたくましい腕。
巨人の腕、あるいは魔王や魔神の腕と呼ぶべきか。
そんな腕が白銀の大剣に乗ったわたしを捕らえようと追ってくる。
でも、つい先ほどまで感じていた恐怖はない。
なぜならここは……。
「あいにくとここはわたしたちの世界。わたしたちが精一杯に生きて、泣いて笑ってはっちゃけて、安らかに死んでいく。わたしたちの暮らす大切な場所。
そんな他人さまの庭先に無遠慮に入り込んだ。その時点であんたはこっちの世界の理に取り込まれる。囚われたのはあんたの方だ。だからっ!」
のびてきた魔神の右腕。
その人差し指を刈り跳ばしたのは死神の鎌のような容姿をした第二の天剣アン。
「……失せろ、痴れ者」
その中指をへし折ったのは蛇腹の破砕槌の姿をした第三の天剣ツツミ。
「無頼はそれがしが許さんでござるよ」
その小指の根元を真一文字に切り裂いたのは、激しく回転し丸のこの刃と化している麦わら帽子の姿をした第四の天剣ムギ。
「非非、お帰りはあちら」
その親指をぐるぐる巻きにしてギチギチ締めあげたのは紅紐となった第五の天剣ベニオ。
「不可不可、予約なしの面会拒絶」
その肉厚な手の平を深々と袈裟懸けに斬ったのは白銀の大剣である第一の天剣ミヤビ。
「欲しくば白刃をたっぷりと喰らいやがれ、ですわ」
そして大トリを飾るのはわたしこと剣の母チヨコ。
魔神の右腕へと向かって一直線に落下していく金炎乙女。
その身がいっそうの強い輝きを放つ。
やがて宿ったすべての輝きが左の拳へと集約されてゆく。
「幻の左・極」
チヨコが突き出した拳と魔神の腕がぶつかる。
瞬間、世界に新たな色が産声をあげた。
それは白や光に類するもの。
でも空に燦然と輝く太陽とも、暖炉にてゆらめく炎とも、水面のきらめきとも、星々のまたたきともちがう。
誰も知らない。誰も見たことがない。なのにどこか懐かしい。胸の奥がポカポカしてくる、まばゆい色。
最果ての砂漠に出現した超大な極光の柱。
その姿は遠く離れた帝都アルシャンのみならず、南の大陸に住まう者たち、海に暮らす者たち、北の大陸に生きる者たち、世界中の大勢の人たち、人以外の生きとし生ける者すべてが目撃する。
極光の柱は三日三晩、世界を照らし続ける。
そして四日目の朝日が昇る前に消えた。
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