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065 辺境の掟
しおりを挟む異界の黒穴よりわらわらと生えてはのびてくる黒い腕。
そちらの相手は新しく産まれた九百九十四の天剣たちにまかせて、わたしは五姉妹のみを連れてはるか上空へ。
砂漠を飛び立つ前にツツミの空間把握能力にて黒穴の中心点は探り出してある。
空に浮かびながらそこへと至る最短経路を特定。
あとはいっきに下降して中心点を貫くのみ。
「行くよ、みんなっ!」
「おうっ」
剣の母の掛け声に天剣五姉妹がそろって答えたところで、突撃開始!
◇
白銀の大剣、その切っ先が向かうは黒穴の中心。
すると進路上に黒い腕が多数出現する。
どうやらこちらの狙いに気がついたらしい。
かまわずわたしたちは突き進む。
「アン、露払いを」
「……がってん」
剣の母の言葉に漆黒の大鎌がぶるんと曲刃をふるう。
第二の天剣・魔王のつるぎアンが先行し、向かってくる黒い腕たちを片っぱしから斬り伏せ、次々と刈りとる。
下からのびてくる邪魔者はアンが、横合いからちゃちゃを入れてくる相手は他の天剣たちが連携して排除してくれる。
かくして開かれた活路をミヤビが疾走。
黒穴の表面がずんずん近づいてきたところで、わたしはツツミに声をかける。
「それじゃあ打ち合わせどおりに、合図を送ったらお願いね」
「しかと承った。こちらはおまかせあれ」
蛇腹の破砕槌が力強く身をゆらし、ここで歩みを停めた。
第三の天剣・大地のつるぎツツミはこの場に踏みとどまり、制空権の確保と後方支援につとめる。
わたしはかぶっていた麦わら帽子を脱ぎ、空へと放つ。
「ムギもツツミの手伝いを頼んだ」
「是是、かあさま、かしこま」
蛇腹の破砕槌の周囲をひらりと舞い踊る麦わら帽子。
第四の天剣・太陽のつるぎムギとも別れ、足下のミヤビと作業着姿のベニオだけとなったところで、ついに白銀の大剣の突端が黒穴へと到達。
戦いながらの高速移動にも限らず、寸分の狂いもなくミヤビは中心へと切っ先を突き入れた。
◇
抵抗は皆無。
突入と同時に周囲が闇となった。
喧騒もプツリと途切れる。音が消えた。
空気が妙に澄んでいるのが逆に気持ち悪い。
一切のニオイがしない。
ここには何もない。
でも何かが満ち充ちている。
見えないけれども感じられる。感じられるけども触れられない。触れることはかなわないけど、たしかにそれは存在している。なのにそれが何かがわたしにはわからない。
矛盾する感覚に包まれわたしはおおいに戸惑う。
どこを向いても闇、闇、闇……。
無明、無音、無機質な空間。
ともすれば怯みそうになる己の弱いココロ。
でもそのたびに身にまとっているベニオの、足下にいるミヤビの温もりがわたしを支えてくれる。
ひとりだったらわずかな時間とて、とても耐えられなかったであろう。
◇
生の躍動もなく、死のやすらぎもない。
おそらくは時間の流れすらもないのかもしれない。
何もかもがわたしたちの暮らす世界とは異なっている。
そんな異界の黒穴の中心を目指しひたすら真っ直ぐに進む。
無音の闇ゆえに、上下左右の平衡感覚が失われてもおかしくない状況ではあったが、作業着の袖口からしゅるしゅるのびた紅紐がそれを防いでくれている。これがあるから天地の感覚が損なわれない。わたしたちの命綱。
「まだイケそう? ダメなら早めに言ってね」
「可可、かあさま、心配無用、まだまだ余裕」
ベニオはそう言ってくれているが、じょじょにその身が細くなっていることにわたしは気がついていた。いかに伸縮自在とはいえ限界はある。無理をすればプツンと切れてしまう。
不安になる気持ちを抑えつつわたしは足下にも声をかける。
「ミヤビにはいつも無茶ばかりさせてごめんね。でもこれで最後だから」
「まぁ、チヨコ母さまったらなにを水臭いことを。我らは一心同体、異界だろうが地獄の底だろうが、喜んでどこまでもお供しますわ」
白銀の大剣が淡く明滅し、凛と鍔鳴り。
するとこれに共鳴するかのようにして、向かう先にて小さな光が浮かんだ。でもあまりにも弱々しい。すぐに輝きが薄れてしぼんで消えゆく。
このままだと見失ってしまう。そう判断したわたしはすぐさま遠目の術を発動。
そしてついに見つけた!
異界の黒穴の中心となっている点の存在を。
◇
手の平に収まるぐらいの大きさしかない珠。
水晶のように透明で、中には小さな小さな赤ん坊の姿がある。
ウノミタマだ。なぜだかわからないけどひと目でわかった。
わかったとたんにわたしはボロボロと泣いていた。
だってあんまりにもヒドイ仕打ちなんだもの。
こんな場所にずっと独りきりだったなんて、そりゃあおかしくもなるよ。誰だって壊れちゃうよ。
産まれた時から闇の中に囚われて、誰からも愛されることもなく、ひたすら忌み嫌われ、拒絶され、向けられるのは悪意ばかり。
絶望という言葉すらも知らずにうち捨てられたウノミタマにとって、アリサという少女の魂の輝きはまさしくひと筋の光明だったんだ。執着して当たり前だ。他にすがるものが何もないんだから。
でも、二人は出会うのがあまりにも遅すぎた。
よりにもよってウノミタマの狂気とアリサの死が重なるだなんて……。
ミヤビが珠を両断しようとするも、それをわたしは止めた。
かわりにそっと珠を抱き寄せる。
「この子のしたことはけっして許されることじゃない。あまりにも大勢の命を、想いを、世界を踏みにじってきた。それでもわたしは、わたしは……」
後顧の憂いを断つべきという自分と、本当にそれでいいのかという自分。
わたしは二つの気持ちの間で揺れ動く。
そうしたらミヤビが優しい声音で言った。
「なにも迷う必要なんてありませんわ。しょせんこの世は弱肉強食。勝者がすべてを得て、敗者はただ奪われるのみ。それが辺境の掟ですもの。
だったらチヨコ母さまの望むままに、ココロのおもむくままになさったらいいのです。
もしもごちゃごちゃ文句を言う輩がおりましたら、わたくしやアンやツツミにムギにベニオ、その他の天剣たちがとっちめてやりますから」
いかなる選択をとろうとも、たとえ世界中を敵に回そうとも、最後までついていく。
後押ししてくれた男前なミヤビに「ありがとう」とわたしは礼を述べ、珠を懐に抱えたまま、のびた紅紐をグイっと引く。穴の外に待機しているツツミに合図を送った。
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