剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?七本目っ!少女の夢見た世界、遠き旅路の果てに。

月芝

文字の大きさ
上 下
65 / 67

065 辺境の掟

しおりを挟む
 
 異界の黒穴よりわらわらと生えてはのびてくる黒い腕。
 そちらの相手は新しく産まれた九百九十四の天剣たちにまかせて、わたしは五姉妹のみを連れてはるか上空へ。
 砂漠を飛び立つ前にツツミの空間把握能力にて黒穴の中心点は探り出してある。
 空に浮かびながらそこへと至る最短経路を特定。
 あとはいっきに下降して中心点を貫くのみ。

「行くよ、みんなっ!」
「おうっ」

 剣の母の掛け声に天剣五姉妹がそろって答えたところで、突撃開始!

  ◇

 白銀の大剣、その切っ先が向かうは黒穴の中心。
 すると進路上に黒い腕が多数出現する。
 どうやらこちらの狙いに気がついたらしい。
 かまわずわたしたちは突き進む。

「アン、露払いを」
「……がってん」

 剣の母の言葉に漆黒の大鎌がぶるんと曲刃をふるう。
 第二の天剣・魔王のつるぎアンが先行し、向かってくる黒い腕たちを片っぱしから斬り伏せ、次々と刈りとる。
 下からのびてくる邪魔者はアンが、横合いからちゃちゃを入れてくる相手は他の天剣たちが連携して排除してくれる。
 かくして開かれた活路をミヤビが疾走。
 黒穴の表面がずんずん近づいてきたところで、わたしはツツミに声をかける。

「それじゃあ打ち合わせどおりに、合図を送ったらお願いね」
「しかと承った。こちらはおまかせあれ」

 蛇腹の破砕槌が力強く身をゆらし、ここで歩みを停めた。
 第三の天剣・大地のつるぎツツミはこの場に踏みとどまり、制空権の確保と後方支援につとめる。
 わたしはかぶっていた麦わら帽子を脱ぎ、空へと放つ。

「ムギもツツミの手伝いを頼んだ」
「是是、かあさま、かしこま」

 蛇腹の破砕槌の周囲をひらりと舞い踊る麦わら帽子。
 第四の天剣・太陽のつるぎムギとも別れ、足下のミヤビと作業着姿のベニオだけとなったところで、ついに白銀の大剣の突端が黒穴へと到達。
 戦いながらの高速移動にも限らず、寸分の狂いもなくミヤビは中心へと切っ先を突き入れた。

  ◇

 抵抗は皆無。
 突入と同時に周囲が闇となった。
 喧騒もプツリと途切れる。音が消えた。
 空気が妙に澄んでいるのが逆に気持ち悪い。
 一切のニオイがしない。
 ここには何もない。
 でも何かが満ち充ちている。
 見えないけれども感じられる。感じられるけども触れられない。触れることはかなわないけど、たしかにそれは存在している。なのにそれが何かがわたしにはわからない。
 矛盾する感覚に包まれわたしはおおいに戸惑う。

 どこを向いても闇、闇、闇……。

 無明、無音、無機質な空間。
 ともすれば怯みそうになる己の弱いココロ。
 でもそのたびに身にまとっているベニオの、足下にいるミヤビの温もりがわたしを支えてくれる。
 ひとりだったらわずかな時間とて、とても耐えられなかったであろう。

  ◇

 生の躍動もなく、死のやすらぎもない。
 おそらくは時間の流れすらもないのかもしれない。
 何もかもがわたしたちの暮らす世界とは異なっている。
 そんな異界の黒穴の中心を目指しひたすら真っ直ぐに進む。
 無音の闇ゆえに、上下左右の平衡感覚が失われてもおかしくない状況ではあったが、作業着の袖口からしゅるしゅるのびた紅紐がそれを防いでくれている。これがあるから天地の感覚が損なわれない。わたしたちの命綱。

「まだイケそう? ダメなら早めに言ってね」
「可可、かあさま、心配無用、まだまだ余裕」

 ベニオはそう言ってくれているが、じょじょにその身が細くなっていることにわたしは気がついていた。いかに伸縮自在とはいえ限界はある。無理をすればプツンと切れてしまう。
 不安になる気持ちを抑えつつわたしは足下にも声をかける。

「ミヤビにはいつも無茶ばかりさせてごめんね。でもこれで最後だから」
「まぁ、チヨコ母さまったらなにを水臭いことを。我らは一心同体、異界だろうが地獄の底だろうが、喜んでどこまでもお供しますわ」

 白銀の大剣が淡く明滅し、凛と鍔鳴り。
 するとこれに共鳴するかのようにして、向かう先にて小さな光が浮かんだ。でもあまりにも弱々しい。すぐに輝きが薄れてしぼんで消えゆく。
 このままだと見失ってしまう。そう判断したわたしはすぐさま遠目の術を発動。
 そしてついに見つけた!
 異界の黒穴の中心となっている点の存在を。

  ◇

 手の平に収まるぐらいの大きさしかない珠。
 水晶のように透明で、中には小さな小さな赤ん坊の姿がある。
 ウノミタマだ。なぜだかわからないけどひと目でわかった。
 わかったとたんにわたしはボロボロと泣いていた。
 だってあんまりにもヒドイ仕打ちなんだもの。
 こんな場所にずっと独りきりだったなんて、そりゃあおかしくもなるよ。誰だって壊れちゃうよ。
 産まれた時から闇の中に囚われて、誰からも愛されることもなく、ひたすら忌み嫌われ、拒絶され、向けられるのは悪意ばかり。
 絶望という言葉すらも知らずにうち捨てられたウノミタマにとって、アリサという少女の魂の輝きはまさしくひと筋の光明だったんだ。執着して当たり前だ。他にすがるものが何もないんだから。
 でも、二人は出会うのがあまりにも遅すぎた。
 よりにもよってウノミタマの狂気とアリサの死が重なるだなんて……。

 ミヤビが珠を両断しようとするも、それをわたしは止めた。
 かわりにそっと珠を抱き寄せる。

「この子のしたことはけっして許されることじゃない。あまりにも大勢の命を、想いを、世界を踏みにじってきた。それでもわたしは、わたしは……」

 後顧の憂いを断つべきという自分と、本当にそれでいいのかという自分。
 わたしは二つの気持ちの間で揺れ動く。
 そうしたらミヤビが優しい声音で言った。

「なにも迷う必要なんてありませんわ。しょせんこの世は弱肉強食。勝者がすべてを得て、敗者はただ奪われるのみ。それが辺境の掟ですもの。
 だったらチヨコ母さまの望むままに、ココロのおもむくままになさったらいいのです。
 もしもごちゃごちゃ文句を言う輩がおりましたら、わたくしやアンやツツミにムギにベニオ、その他の天剣たちがとっちめてやりますから」

 いかなる選択をとろうとも、たとえ世界中を敵に回そうとも、最後までついていく。
 後押ししてくれた男前なミヤビに「ありがとう」とわたしは礼を述べ、珠を懐に抱えたまま、のびた紅紐をグイっと引く。穴の外に待機しているツツミに合図を送った。


しおりを挟む
感想 51

あなたにおすすめの小説

お姫様の願い事

月詠世理
児童書・童話
赤子が生まれた時に母親は亡くなってしまった。赤子は実の父親から嫌われてしまう。そのため、赤子は血の繋がらない女に育てられた。 決められた期限は十年。十歳になった女の子は母親代わりに連れられて城に行くことになった。女の子の実の父親のもとへ——。女の子はさいごに何を願うのだろうか。

剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?二本目っ!まだまだお相手募集中です!

月芝
児童書・童話
世に邪悪があふれ災いがはびこるとき、地上へと神がつかわす天剣(アマノツルギ)。 ひょんなことから、それを創り出す「剣の母」なる存在に選ばれてしまったチヨコ。 天剣を産み、これを育て導き、ふさわしい担い手に託す、代理婚活までが課せられたお仕事。 いきなり大役を任された辺境育ちの十一歳の小娘、困惑! 誕生した天剣勇者のつるぎにミヤビと名づけ、共に里でわちゃわちゃ過ごしているうちに、 ついには神聖ユモ国の頂点に君臨する皇さまから召喚されてしまう。 で、おっちら長旅の末に待っていたのは、国をも揺るがす大騒動。 愛と憎しみ、様々な思惑と裏切り、陰謀が錯綜し、ふるえる聖都。 騒動の渦中に巻き込まれたチヨコ。 辺境で培ったモロモロとミヤビのチカラを借りて、どうにか難を退けるも、 ついにはチカラ尽きて深い眠りに落ちるのであった。 天剣と少女の冒険譚。 剣の母シリーズ第二部、ここに開幕! 故国を飛び出し、舞台は北の国へと。 新たな出会い、いろんなふしぎ、待ち受ける数々の試練。 国の至宝をめぐる過去の因縁と暗躍する者たち。 ますます広がりをみせる世界。 その中にあって、何を知り、何を学び、何を選ぶのか? 迷走するチヨコの明日はどっちだ! ※本作品は単体でも楽しめるようになっておりますが、できればシリーズの第一部 「剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?ただいまお相手募集中です!」から お付き合いいただけましたら、よりいっそうの満腹感を得られることまちがいなし。 あわせてどうぞ、ご賞味あれ。

マサオの三輪車

よん
児童書・童話
Angel meets Boy. ゾゾとマサオと……もう一人の物語。

王女様は美しくわらいました

トネリコ
児童書・童話
   無様であろうと出来る全てはやったと満足を抱き、王女様は美しくわらいました。  それはそれは美しい笑みでした。  「お前程の悪女はおるまいよ」  王子様は最後まで嘲笑う悪女を一刀で断罪しました。  きたいの悪女は処刑されました 解説版

四尾がつむぐえにし、そこかしこ

月芝
児童書・童話
その日、小学校に激震が走った。 憧れのキラキラ王子さまが転校する。 女子たちの嘆きはひとしお。 彼に淡い想いを抱いていたユイもまた動揺を隠せない。 だからとてどうこうする勇気もない。 うつむき複雑な気持ちを抱えたままの帰り道。 家の近所に見覚えのない小路を見つけたユイは、少し寄り道してみることにする。 まさかそんな小さな冒険が、あんなに大ごとになるなんて……。 ひょんなことから石の祠に祀られた三尾の稲荷にコンコン見込まれて、 三つのお仕事を手伝うことになったユイ。 達成すれば、なんと一つだけ何でも願い事を叶えてくれるという。 もしかしたら、もしかしちゃうかも? そこかしこにて泡沫のごとくあらわれては消えてゆく、えにしたち。 結んで、切って、ほどいて、繋いで、笑って、泣いて。 いろんな不思議を知り、数多のえにしを目にし、触れた先にて、 はたしてユイは何を求め願うのか。 少女のちょっと不思議な冒険譚。 ここに開幕。

おなら、おもっきり出したいよね

魚口ホワホワ
児童書・童話
 ぼくの名前は、出男(でるお)、おじいちゃんが、世界に出て行く男になるようにと、つけられたみたい。  でも、ぼくの場合は、違うもの出ちゃうのさ、それは『おなら』すぐしたくなっちゃんだ。  そんなある日、『おならの妖精ププ』に出会い、おならの意味や大切さを教えてもらったのさ。  やっぱり、おならは、おもっきり出したいよね。

【総集編】童話パロディ短編集

Grisly
児童書・童話
❤️⭐️お願いします。童話パロディ短編集

にゃんとワンダフルDAYS

月芝
児童書・童話
仲のいい友達と遊んだ帰り道。 小学五年生の音苗和香は気になるクラスの男子と急接近したもので、ドキドキ。 頬を赤らめながら家へと向かっていたら、不意に胸が苦しくなって…… ついにはめまいがして、クラクラへたり込んでしまう。 で、気づいたときには、なぜだかネコの姿になっていた! 「にゃんにゃこれーっ!」 パニックを起こす和香、なのに母や祖母は「あらまぁ」「おやおや」 この異常事態を平然と受け入れていた。 ヒロインの身に起きた奇天烈な現象。 明かさられる一族の秘密。 御所さまなる存在。 猫になったり、動物たちと交流したり、妖しいアレに絡まれたり。 ときにはピンチにも見舞われ、あわやな場面も! でもそんな和香の前に颯爽とあらわれるヒーロー。 白いシェパード――ホワイトナイトさまも登場したりして。 ひょんなことから人とネコ、二つの世界を行ったり来たり。 和香の周囲では様々な騒動が巻き起こる。 メルヘンチックだけれども現実はそう甘くない!? 少女のちょっと不思議な冒険譚、ここに開幕です。

処理中です...