剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?七本目っ!少女の夢見た世界、遠き旅路の果てに。

月芝

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064 異界の黒穴

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 黒にもいろいろある。
 書画に用いる墨のような、トリの濡れ羽のような、宵闇のような、洞窟の奥深く、物陰の濃いところ、艶のある髪の黒もあれば、円らな瞳に宿る黒もあるし、染物の黒もある。祝いの席の黒もあれば哀悼の意を示す喪の黒がある。無明のもたらす黒もあれば、奈落や水底によどむモノもある。月のない夜の海のようにゾッとするような黒もあれば、うっとりするような黒、高貴さをたたえる黒もある。
 でも黒き獣が倒れたあとに出現した水たまりは、わたしが知るいかなる黒ともちがった。
 似て非なる黒。
 おそらくこれが……、これこそがこの世ならざる異界の黒なんだ。
 黒い水たまりはまん丸の形をしている。
 わずかな波紋やさざ波ひとつない。
 熟練した職人の手によって丹念に塗り重ねられたような、ムラのない黒。
 鏡面のようにつるつるでありながら、それでいて何も映り込まない。
 まるで映り込んだ景色すらをも呑み込んでいるかのよう。
 眺めているだけで意識が吸い込まれそうな錯覚に襲われ、ふっと気が遠くなる。

 黒い水たまりはただ静かに、そこにあるばかり。
 上空から様子をうかがっているが、まるで動きがない。
 だからこれで戦いもようやく終わりなのかと安堵しかけたとき、わたしはあることに気がついてしまった。

「えっ、あれ? なんだかさっきよりも大きくなっているような」

 水たまりと呼んでいたが、実際には池よりも大きくちょっとした湖ほどもあった黒。
 そいつがじりじりと広がっている!
 不意に脳裏に届いたのはウノミタマの弱々しい声。

『姉さんとボクは……二人でひとつの漏斗(じょうご)なんだよ』

 大きな器から小さな器へと液体を移すときに使用される道具に、双子の人造神を例えたウノミタマ。
 受け口が姉であり、吐き出すところが弟。
 だが弟は剣の母と天剣たちに破れた。
 これによりウノミタマの制御下から離れた吐き出し口。
 異界へと通じる穴はじりじりと周囲への浸蝕を開始する。

『崩壊が始まった。穴の拡大はどんどんと加速していくだろう。やがてこの世界そのものにとって致命的な傷となるのも時間の問題だ。
 山も森も街も陸も海も、何もかもが異界へと呑み込まれる。誰も助からない。
 結局のところ、きたるべき滅びが早いか遅いかのちがいでしかない。
 どのみちすべては失われる運命だったんだ。ボクという忌まわしい擬神を産み出した時点で、もはやこの世界の命運は決まっていたんだよ』

 自嘲まじりの笑い声が響き、それきりウノミタマは沈黙する。
 とんでもない独白を聞かされたわたしはあんぐり。

  ◇

 なんてこったい!
 それじゃあ、勝とうが負けようが、どの道いっしょだったってこと? だったらわたしの、わたしたちのこれまでの苦労や旅路はすべてムダだったというの?
 思考がぐるぐるしてしまい、呆然自失となりかけたわたし。
 その時である。
 自分へとにょろにょろ向かってくる何かが出現。
 びっくりするよりも先に、カラダが勝手に反応していた。
 手にした白銀の大剣にて一閃。
 払ったのは、黒い腕のような形状をしたもの。
 斬り落とされた黒い腕はしばらく地面でのたくっていたが、じきにしゅわしゅわと泡となり消えてしまった。

「何だコレ?」

 その姿を目にしてわたしが首をかしげていると、手の中のミヤビが「チヨコ母さま、あれを」と注意を促す。
 拡大の一途を続ける異界の黒穴。視線を向ければ、そこには長い腕がたくさん生えてうねうねと身をよじっている。
 どうやら斬った腕は、あのうちの一本だったらしい。でもって異界の黒穴は我が身を大きくして吸い込むだけではあきたらずに、腕を生やして周囲にあるものを手当たり次第に引きずり込んでしまおうと……。

「まったく、食いしん坊にもほどがある!」

 ただでさえ混乱している状況に拍車を駆ける心無い仕打ち。
 わたしは憤慨し地団駄。イラ立つあまり足下の砂をガシガシ蹴っているうちに、「あれ?」と何かが引っかかった。
 どうにも気になる。乙女の勘がしきりに「考えろ」と告げている。
 だからその正体を探るために腕を組み熟考に入ることにした。
 次々にのびてくるうっとうしい黒い腕の対処は天剣たちにまかせる。

「うーん、ううん、うぅん、うんうん」

 眉間にシワを寄せて考えることしばし。
 で、ポンっと手を打ち鳴らす。

「あっ、わかった! なんだ、答えはすぐ目の前にあったんだ」

 異界の黒穴からのびてきた黒い腕を、わたしは斬り落とした。
 そして現在は天剣たちが、のびてきたはしからせっせと刈り取っている。
 この二つのことが示しているのは「天剣ならば異界の黒穴もどうにかできるかもしれない」という可能性。

「試してみる価値はあるか。でもどこを斬ればいいんだろう。闇雲に突っ込んでも異界に呑み込まれちゃうだけだろうし。適当に全体を切り刻めばいいのかな? それともはしからカリカリ削る?」

 攻略の糸口は思いついたものの、どこから着手したらいいのかがわからない。まごまごしているうちにも黒穴は大きくなっていく。
 あせるわたし。頭を悩まさせていると作業着の懐でもぞもぞと動くモノがあった。
 成長逆行能力にてタネに戻っているワガハイである。
 取り出して手の平にのせるも、いつもみたいに芽や花が出ることはない。いきなり世界樹になったり、そのチカラをごっそり譲渡したりと無茶をやらかしたせいで、まだ回復していないのだろう。そんな状態にも関わらずワガハイが伝えてきたのは「円を円たらしめているのは中心。一点集中すべし」という言葉であった。


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