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062 黒き獣の咆哮
しおりを挟む太陽が輝きを取り戻す。
空が鮮明な青さを取り戻す。
優しい風が吹く。
どこぞに消えていた熱もじわりと戻ってきた。
暗闇は失せ、夜空に漂う妖しい七色の帯も散りぢりとなる。
淡く白光し胎動していた死の砂漠は、もとの黄金色の砂の海へと変わった。
あれほどいた砂の大軍勢はもはやどこにもいない。
降り注ぐ強い陽射しの下で、黒髪の少年と金炎乙女が対峙している。
「もう止めなよ、ウノミタマ。アリサさんはきっとこんなことは望んじゃいない。だってわたしの前にあらわれる彼女は、とてもつらそうな顔をしていたんだもの」
『うるさい! うるさい! うるさい! おまえにアリサの何がわかる? あの子の純然たる魂に触れたのはボクだ! ボクだけなんだっ! アリサの希望も笑顔も喜びも悲しみも、ぜんぶぜんぶボクのモノなんだ!』
その姿は手にした宝物をけっして離すまいとする子どものよう。
ウノミタマが激昂し、それにあわせるかのようにして足下の砂の海がズズズと動く。
しかしこれまでとは比べものにならないくらいに、その動きは鈍い。
『なんだ? カラダがおかしい。ぐっ、重い。どうしてこんな……』
現在の状況に戸惑っているウノミタマにわたしはペロっと舌を出す。
「ごめんね。それ、たぶんワガハイとわたしのせいだよ」
世界樹となったときのこと。
死の砂漠の広範囲に渡って根を張ったワガハイは、ちゅうちゅうとウノミタマのチカラを存分に吸ってちょろまかした。
わたしは大量に産み出した天剣たちでウノミタマを、彼が同化した世界ごと切り刻んだ。
石牢の櫃から解放されて浮かれていたウノミタマにとっては、失われた分のチカラなんぞはたいした問題ではなかったのだろう。実際にそれだけ比類なき強大さであった。なにせその気になれば砂漠が大地を浸蝕するように、夜闇が昼を駆逐するように、またたく間に世界を喰らえるのだから。
けれどもそれがダメになったとき。
あとに残ったのは本来の砂漠のみ。それもけっこうな出涸らし。
それとてもとてつもないシロモノなのだが、よりとてつもない規模を誇る世界なんぞという大きな存在になってしまったがゆえに、いろいろと彼の中で不具合が生じてしまっているのがいまの状態。大人がいきなり赤子に戻ったようなもの。
比べてわたしの陣営の充実っぷりときたら、もう。
いろんな姿の天剣たちがずらりと勢ぞろい。
剣やら槍、弓、棒、斧、盾などのお馴染みの武器防具に交じって、鋤(すき)や鍬(くわ)、熊手、じょうろ、のこぎり、金づち、刈り込みハサミなどの土農具の姿がかなり。他にもお玉やらしゃもじ、へら、いろんな形状の包丁、菜箸、鍋、ザル、まな板、皿、湯飲みなどなど。
どうやら農具や園芸用品だけではネタが追いつかずに、台所用品やら食器類など家の中にあるモノを手当たり次第に模したっぽい。
まぁ、容姿はあれだが天剣は天剣。ひとつひとつが超常のチカラを持つ神器なのは間違いない。
ここにきて形勢は完全に逆転した。
なのにウノミタマはまだあきらめない。
◇
周囲の砂が黒髪の少年のもとへと寄り集まっていく。
ウノミタマの足下がゆっくりとだが着実に盛りあがっていく。砂の密度がぐんと増す。
じきに丘が山となった。黒髪の少年の姿がその中へと沈んでゆく。
山はずんずん高く、大きくなって裾を広げていく。
表面がボコボコ泡立ち、大きく波打つ。風紋が浮かんでは消えるをくり返す。
内部にて何かが蠢いている。
わたしはその様子を少し離れたところからじっと見つめるばかりで、手は出さない。
それでは意味がないと思ったからだ。
死力を尽くした全力のウノミタマを正面から打ち破り叩きのめす。
そうしないとたぶん彼の想いはけっして消えることがない。歪んだ狂愛が燻り続けることになる。
ただの女の怨念すらもがおそろしいのに、それが神さまの妄執ともなればどんな障りが出ることやら。がんばったというのに後々の世にまで祟られるとか、そんな貧乏くじは絶対にイヤっ!
だからここで禍根の一切を断つ。
わたしが密かに決意を固めている一方で、砂山の成長がピタリと止まった。
ピキリパキリと表面に細かい亀裂が入る。
さながらタマゴの殻が割れるように、ポロポロとポロポロと崩れてゆく。
あとに残ったのは一頭の超大な黒き獣だった。
全身が黒炎をまとったような荒々しい姿をしている。形状は獅子よりもオオカミに近い。
その双眸だけが痛々しいほどに青かった。
『待たせたね、剣の母チヨコ。さぁ、決着をつけよう』
黒き獣の咆哮が砂漠に響く。
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