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061 ココロの光彩
しおりを挟む大剣をかかげたままで微動だにしない金炎乙女。
その姿に『つまんないの。もうあきらめちゃったんだ』とつぶやいた擬神ウノミタマ。
ならばそろそろ終わりにしようと動きだした矢先のこと。
唐突に意識を地上から闇色となった空へ向ける。
じっと見つめるのは輝きを失い黒い輪と化した太陽。
『……なんだ? ざわざわしている。無遠慮に、乱雑に、ゴシゴシと撫でまわされるような不快感がある。これは……ボクの世界の外が騒がしいのか? 向こうでいったい何が起きている? どれ』
隔絶された夜と死の砂漠の世界。
外の様子がどうにも気になったウノミタマが、黒い輪をほんの少しだけズラしてのぞこうとしたとき、それらは殺到した。
ひと筋の光が突っ込んできたのを皮切りに、次々と光が飛び込んでくる。
赤、青、緑、白、黒、金、銀、藍、紫、桃、茜、紅、水、茶、銀朱、群青、苔、琥珀、錆、漆黒、東雲、空、橙、乳白、灰、緋、深緑、緑青、若草、若葉、若竹……。
豊かな光彩が流星雨となって降り注ぐ。
ぶつかるようにして大量に飛来する光たち。
満天を流れる星の川のごとき光の奔流。隙間をこじ開けたばかりか、ついには黒い輪をも砕いてしまう。
そればかりか黒い空のそこかしこが穴だらけとなる。闇がズタズタに斬り裂かれていく。
ほとんどの色を失っていたウノミタマの世界がふたたび色であふれる。
空や大地、山や森や海、生きとし生ける者たち、世界を世界たらしめている色が充ちてゆく。
それすなわち死の砂漠のみならず世界とも同化しているウノミタマ自身が切り刻まれることを意味しており、たまらず彼は絶叫をあげた。
『ぎゃああぁぁぁあぁぁっ』
光の正体は天剣(アマノツルギ)たち。
そのことはウノミタマにもすぐにわかった。
これらを産み出したのが剣の母であるチヨコだということも。
だがしかし、これは……。
『バカなっ! あまりにも数が多すぎる。百や二百じゃきかないぞ。いったい何本あるんだ! しかもまだまだ増え続けているだとっ!』
天剣は剣の母チヨコの魂や精神、肉体やココロに想いなんかをもとにして精製される。
それは女性が新たな命を身に宿し、己が血肉や命を分け与えながら大切に育て、出産するの同じ。実際の出産とはちがって産みの苦しみこそはともなわないが、母体への負担は相当なもの。相応の犠牲を強いられる。
それゆえに過度の精製をくり返せば、ときにココロがすっかり擦り切れてしまい、魂が限界を迎えて砕け散り、肉体からは生命力が失われて、虚ろな廃人となってしまうのだ。
だというのに、一度に、それも大量に天剣を産み出す。
ありえない現象を前にしてウノミタマは激しく狼狽する。
けれどもそれはチヨコのそばに控えているミヤビ、アン、ツツミ、ムギ、ベニオたちも同じであった。いや、むしろよりオロオロしていたと言っても過言ではない。
なぜならこんな無茶をしたらチヨコの身が危ういからである。
大好きな母の身を案ずる娘たち。
そんな娘たちにチヨコはニコッと微笑みかける。
「みんな大丈夫、心配いらないよ。魂と肉体の方はユラ神とワガハイのおかげで問題ないから。ただちょっと不安だったのがココロの方だったんだ。
けど、よくよく考えたらこれが一番問題なかった。
だって畑といっしょで、足りないのならばじゃんじゃん耕せばいいだけのことだもの」
精神やココロという存在。
みんなの中にあるのはたしかだけど、「じゃあ、それってどんな形をしていて、どれくらいの大きさなの? 固いの? やわらかいの?」と面と向かって問われれば、即座に自信を持って答えられる者なんてほとんどいないだろう。ましてや誰もが納得する正解なんて与えられるはずもなく。
どうしたって抽象的であやふやなモノにて、それはそういうモノとして理解し呑み込むしかない。
そもそも論として「こうだ」と明確に証明することが出来ないのだから。
こむずかしい理屈はとりあえず「ていっ」と脇へうっちゃり、チヨコはココロについてこう結論づけた。
「なんだかんだで気の持ちよう。なせば成る」と。
思い込みで限界を設けるのならば、その逆もまたしかり。
単純にして明快な答え。
今世の剣の母であるチヨコはあるがままに。
ポポの里での生活で学んだことや、受けた基礎教育以外には、あえて余計な知識を詰め込まないほうがいい。厳しい辺境の地にて育まれた少女は、それ自体が大地の奇跡の結実。ヘタな先入観や思想を植えつけるようなマネは控えるべき。
そう判断した星読みのイシャルの方針がここで最大限の効果を発揮する。
人の持つ魂の限界を超えて、人の持つ肉体の限界を超えて、ついには人の持つココロの限界をも超えたチヨコ。
限界突破した剣の母が産み出した天剣たち。
ミヤビ、アン、ツツミ、ムギ、ベニオらを加えて、その総数は九百九十九にもおよぶ。
滅びをもたらす人造神との戦いは、いよいよ最終局面を迎えようとしていた。
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