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060 数の問題
しおりを挟む次々と轟音が鳴り響く。
風を切り向かってくるのは砲弾たち。
砂の巨人による超長距離からの砲撃。
味方を巻き込んでの無差別攻撃が嵐となって襲いくる。
空へは逃げられないので、わたしは砂地を右へ左へと駆け抜けて回避し続ける。
そのとき脳裏に声が響く。
『いいよ、その調子でがんばって。チヨコがちょこまか逃げるのを追うほどに、こちらの攻撃精度が磨かれていくんだ。やっぱり狩りの獲物は活きがよくないと面白くないよね』
必死なこちらとちがって余裕しゃくしゃく擬神ウノミタマに、おもわずわたしはイラっ。
でも、意識が怒りに流された次の瞬間、すぐ近くにて着弾。「しまった!」と思ったときには、すでに爆風によってわたしの身は吹き飛ばされていた。
テンテンと玉のように砂漠に転がるも、その勢いを利用してすぐに跳ね起きる。そしてまた駆け出す。
直後についさっきまで自分が寝ていた場所に砲弾が炸裂した。
狙いはより正確に。しかも闇雲に連発するのではなく緩急まで加え始めている。当てることはもとより、こちらが自ら当たりに行くように仕向けてさえいる。
天剣五姉妹もがんばってくれてはいるが、多勢に無勢なのは否めない。
なにか打開策がいる! なのにそれをじっくり考えている暇がない、余裕がない。
いっそアンの転移空間に引っ込んでしばし休憩をしながら……。
などと考えていたら、またしてもウノミタマの声が聞こえてきた。
『あぁ、逃げようとしてもムダだから。死の砂漠一帯はすでにボクの世界。いわば切り離された北の異界と同じようなもの。だからここでは第二の天剣のチカラは使えないよ』
ちくしょう、逃走経路を断たれた!
これに動揺したわたしの足下がズルリと滑る。うっかり砂に足をとられてしまう。転倒こそはしなかったものの体勢が大きく崩れる。
そこへ間髪入れずに飛来した砲弾の数は四。
東西から向かってきた二つの砲弾が空中でぶつかり爆ぜた。
南北から向かってきた二つの砲弾が地面に着弾して爆ぜる。
天と地の双方の爆発が重なり混じり合い、より大きな爆発となる。
わたしに出来たことはとっさに白銀の大剣を盾として少しでも身を隠すことぐらい。アンやツツミも庇おうとしてくれたけれども、チヨコ組は丸ごと爆発に呑まれた。
盛大にあがった砂柱。
打ち上げられたわたしのカラダが宙を舞う。
そこにさらなる追撃の砲弾が迫る。
わたしはこれを身をひねってかわすばかりか、向かってきた砲弾を踏み台にして大きく飛翔。
ゆるやかな放物線を描きながら爆心地より離れたところに着地する。
作業着に変じてくれている第五の天剣・ベニオに守られていたことにより、あれほどの激しい攻撃にさらされてもかすり傷程度で済んでいる。でも喰らった衝撃のすべてがなかったことになるわけじゃない。無敵ではないのだ。いずれ限界はくる。
つーっと頬を流れる汗を拭うと、ウノミタマの楽しげなはしゃぎ声。
『すごいすごい。アレをかわしちゃうんだ。いまのはけっこう当てる自信があったのに。でももう時間の問題かな? まぁ、よくがんばった方だと思うよ。いくら天剣が五本あるからって、ここまで戦えるものじゃない。チヨコはえらいよ。だからキミの名前は覚えておいてあげる。アリサとともにボクの中の特別にしてあげる』
好き勝手なことをほざくウノミタマ。
だけどわたしは悔しさをこらえていることしかできない。
世に邪悪があふれるときに、これを滅するために神さまが地上へとつかわすという超常の神器・天剣(アマノツルギ)。それを五本も所持しておいて、何もできないのだから。
忸怩たる想いにうめくうちに、わたしの中で何かが引っかかった。
うん? いや、ちょっと待って。五本、ごほん、ゴホン……。
その瞬間、パッと思い出したのは星読みのイシャルさまとの会話。
あれははじめて皇(スメラギ)さまとの謁見を終えたあとのこと。星拾いの塔に招かれたときに彼は天剣についていろいろ教えてくれたんだけど。そのときにイシャルさまはキレイな青い双眸にてわたしを静かに見つめながら、たしかこうおっしゃっていた。
「剣の母から産み出される天剣はひとつとは限らない。過去には十一もの天剣を顕現した者もいる」と。
その結果ココロは砕け、生ける屍となったとも言っていたような気がするけど、そっちはまぁどうでもいいや。
問題は天剣の数である。
「五本でダメならもっと増やせばよくない?」
幸いなるかな。わたしの魂は炎と風の神ユラの特訓のおかげで、バッキバキのムッキムキみたいだし、肉体の方もワガハイから託された世界樹のチカラのおかげで立派になった。さすがに母アヤメの双丘にはおよばないものの、けっこうバインバインだ。
いまならそこそこイケそうな気がする。
◇
足を止め、わたしは白銀の大剣を両手でしっかり掴むと、切っ先を天へとかざす。
急に動きを止めたもので心配する漆黒の大鎌と蛇腹の破砕槌にはニコッと微笑んでおく。
で、ウノミタマは『あれ、もしかしてもうあきらめちゃうの』とつまらなそうな声を発するも、それはムシ。
わたしは剣身越しに黒い太陽をにらむ。
まぶたを閉じて深呼吸。ヘソの下あたりにググッとチカラを込める。心臓の鼓動に耳を傾けながら己の内に流れる血に、息吹いている命へ真摯に向き合う。
「お願い。わたしには夢があるの。実家の農業を盛り立てつつ、趣味の園芸でぶいぶい言わせるの。愛妹カノンの行く末だって大事。お姉ちゃんとしてきちんと見届ける所存だ。もちろんみんなも大切。この世界だって守りたい。絶対に失くしたくない。
だからお願い、チカラを貸してちょうだい」
まだ見ぬ天剣たちへと語りかける。
その声に答えるかのようにして、ドクンと胸の奥が大きく高鳴った。
手にした白銀の大剣、表面に刻まれてある精緻な模様に光が浮かび、より鮮明に、より神々しく輝く。
とたんに全身がカッと熱くなる。自分の中からどんどんといろんなモノが抜き取られているのを感じ、わたしは自分の願いが聞き届けられたことを確信する。
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