剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?七本目っ!少女の夢見た世界、遠き旅路の果てに。

月芝

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058 石牢の櫃

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 砂の巨人たちの動きが止まった。
 その身がボロボロと瓦解していく。
 やがてすべてが元の砂山に戻った。
 しんしんと戦場に静けさが降りてくる。
 さっきまでの激しい戦いがウソのよう。
 こちらの攻撃が見事に決まり石牢の櫃は破壊された。敵戦力も完全に沈黙。
 なのに「勝利」の高揚感がちっとも湧いてこない。むしろ胸の内にしこりのような「不安」ばかりがつのり凝り固まっていく。
 わたしだけではない。
 その証拠に天剣五姉妹の誰もが黙り込んでいる。
 予感というよりも確信に近い。きっと何かが起こる。それも悪いことが……。
 わたしは自然と警戒を強め身構えていた。
 すると脳裏にくぐもった笑い声が届く。

『くくくくく……。すごい、すごいよ、剣の母チヨコ。あの箱を壊してしまうだなんて! ボクはね、あんまりにも長いことあそこに閉じ込められていたせいで、内部で溶けて混ざり合ってすっかりくっついてしまっていたんだ。そのせいで癒着が起きて箱そのものが自分のカラダの一部みたいになってしまっていた。
 この意味がキミにわかるかい?
 どれだけの魂を、大地の気を、血や肉や命を、愛や希望、羨望に欲望に野心、死と絶望を喰らっても、強くなった分だけ箱の効力までもが増してしまうんだ。ボクを封じ込め縛りつけようとする忌々しいチカラが。
 そのせいでボクはいつもわずかに開いた隙間から外を眺めているばかり。出来ることなんて微々たるものさ。
 でもね、これからはちがう!
 ボクは箱の呪縛から解き放たれた。ありがとう剣の母チヨコ。ありがとう天剣たち。
 キミたちのおかげでボクは自由を得た。これで存分にチカラをふるえるよ。
 もう器なんて必要ない。まどろっこしいのはおしまいだ。これからはボク自身がじきじきにアリサの夢見た世界を実現させるよ。あははははははは……』

 擬神ウノミタマがけたたましく笑う。
 それは歓喜というよりも狂気をはらんでいた。
 どうやら自分たちが重大な失態を犯したらしいと気がつき、わたしはぐぬぬと奥歯を強く噛みしめずにはいられない。

  ◇

 足下の砂が淡い光を帯びる。
 それがじょじょに範囲を拡大していく。
 まるで擬神ウノミタマのチカラが染み渡っていくかのように。
 じきに見渡す限り、死の砂漠全体が淡く輝くようになった。
 とたんに空気もかわる。たちまち熱が失われ夜の砂漠とはちがう寒々しさが空間を支配する。
 その一方で世界がゆっくりと闇に呑まれてゆく。
 見上げた先、燦然と輝いていた太陽が欠けていた。
 絶対の存在である太陽が黒に浸蝕されていき、やがて輝きは失せ、ただの大きな黒い輪と成り下がる。
 空から太陽と蒼天が消えた。
 入れ替わるように姿をみせたのは七色の光彩を帯びた薄布。赤、橙、黄、緑、青、藍、紫らがめまぐるしく色を変えながら、闇空をゆらゆらと優雅にたなびいている。一見すると幻想的でとてもキレイ。だがよくよく眺めていると、どうにもココロがざわついてしようがない。
 なんだあれは?
 わたしという人間を構成する要素、そのすべてがあれを拒絶している。
 美しくも禍々しい。
 気持ち悪い。

 太陽を拒絶し、空を拒絶し、光を、熱を拒み……。
 死の砂漠は、真の意味での死の砂漠となる。
 変わりゆく様をわたしと天剣五姉妹は見ていることしかできない。
 そんなわたしに語りかけてくる擬神ウノミタマ。

『さてと、すぐに本格始動といきたいところだけど、なにせ外に出たのはひさしぶりでね。我がことながらいまいち勝手が掴めないや。
 というわけでチヨコたちには、しばらくボクの肩慣らしに付き合ってもらおうかな。
 あぁ、心配しなくてもいいよ。ことがすめばちゃんと食べてあげるから。なぁに怖がることはないよ。すべての苦しみから解放されて、ボクの中でひとつになるだけだから』

 言い終わるなり、周囲に異変が生じる。
 砂地のそこいら中がボコボコと盛り上がり、次々に姿をあらわしたのは砂の兵士たち。
 けれどもそれだけではなかった。砂のオオカミの群れや様々な砂の禍獣たちが出現する。まばたきをする度に倍々でずんずん増えていき、ついには大軍勢となった。遠くには砂の巨人の姿まである。

 幾重にも取り囲まれており、見渡す限りが敵、敵、敵、敵……という状況。
 かつてない窮地であることはたしか。
 けれどもそのことにあまり恐れを抱いていない自分がいる。
 わたしの中にはワガハイから託された世界樹のチカラがある。
 炎と風の神ユラのしごきに耐えて鍛えられた魂がある。
 辺境のきわきわ、ポポの里で育まれた逞しさもある。
 頼りになるミヤビ、アン、ツツミ、ムギ、ベニオたち天剣五姉妹もいる。
 守りたい人たちがいて、帰るべき場所がある。
 戦う理由があり、引けない理由がある。
 何より怒りがあった。
 ウノミタマがその気になれば、死の砂漠全体が仮初の命にあふれるということに対する嫌悪感がすごい。
 あれはこの世に存在するすべての生物に対する冒涜だ。
 相手が神だとか、チカラの差があるとか、そんなのは関係ない。知ったこっちゃねえ! 人さまが大事にしているモノを、大切に育てているモノを踏みにじるような行為は断じて認められない!
 わたしはふつふつと己が内に闘志をたぎらせる。
 高まる気焔。

『まずはこんなところかな。ちゃんと動いてくれるといいんだけど』

 ウノミタマのこの言葉が合図となって、大軍勢が一斉に動き出す。


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