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056 金炎乙女、ふたたび
しおりを挟むいきなり出現した世界樹には驚かされたものの、よくよく見ればなんてことはない。ただの超大な樹だ。それとても死の砂漠と同化している自分に比べればずっと小さいもの。
何も問題はないと判断した擬神ウノミタマは、さっそくコレを喰らおうとする。
と、その視界の片隅に映る姿があった。
こちらへと向かってくる天剣五姉妹である。
『まったく。順番にゆっくり味わうつもりだったのに……。まぁ、いいや。ここのところ食事が貧相だったから、ひさしぶりに贅沢をするのも悪くはない』
レイナン帝国がある南の大陸は、あらかたを食べ尽くしてしまった。
いま残っているのはうま味が失せた、スカスカの抜け殻のようなもの。いくらしゃぶったところでちっとも美味しくない。だからこそわざわざ海を超えて北の大陸へと手をのばしていたのだから。
自分の内に飢えとは少しちがう渇望がずっと燻っているのをウノミタマは感じていた。
それがようやく満たされる。喜色を浮かべて世界樹へと向かう。
ウノミタマが変じた砂の巨人が大口を開けて太い幹にかぶりつこうとした、まさにその瞬間のこと。
フッと世界樹の姿がかき消えてしまった。
食べようとしていたごちそうが目の前から失せてしまう。
『えっ、なっ、どうして? どこに消えた? あれはたしかに実体をともなっていた。けっして幻なんかじゃなかった。なのにいったいどこへ……』
困惑するウノミタマがキョロキョロ。
すると自分の足下にいる小さな人影を発見する。
剣の母チヨコだ。壊したはずなのにちゃんと立っている。
だから消えた世界樹のことはいったん脇へと置いて、こっちから先にたいらげようと手をのばす砂の巨人。
チヨコは逃げるでもなく容易く手中に落ちた。
ほくそ笑むウノミタマ。でもすぐに異変に気がつく。
手の中が熱い。日中の砂漠の砂なんかよりもずっともっと。
まるで太陽に直接触れたかのような感覚と痛み。ウノミタマはあわてて手を離そうとした。
けれどもそれはかなわない。
チヨコを掴んでいた腕の肘から先が「パンっ!」と盛大に爆ぜたから。
自分を襲った状況が理解できずに、呆然と立ち尽くす砂の巨人。
ウノミタマが目にしたのは爆心地に立つ金炎をまとった乙女。
一糸まとわぬ裸体がまばゆい。
すらりとのびた四肢、名刀を思わせる凛とした立ち姿。
均整のとれた身体には女性らしさのみならず、戦士としてのチカラが見事に融合している。見る者にひと目でそのことを認識させる輝きが、その姿にはあった。
◇
自分の腕を吹き飛ばした金炎乙女。
視線が交わったとき、ウノミタマは相手の正体に気がつく。
『ぐっ、きみはチヨコなのか。しかしその姿はいったい……』
「これ? この姿になるのは二度目かな。でも前のときは夢神バクメの作った夢の世界だったから、実体化するのははじめてだよ。ワガハイがチカラを貸してくれたの」
『世界樹が手を貸した、だと? はっ、まさかあの樹が消えたのはおまえのせいかっ!』
「消えたって……、べつにちゃんと生きてるよ。いまは成長逆行の能力でタネに戻っているけど」
そっと開かれた乙女の手の平。そこには一粒のタネ。世界樹のチカラをチヨコに譲渡したせいで疲労困憊、一時的に眠りについたワガハイである。
チヨコが愛おしそうにタネを見つめている。そのかたわらで砂の巨人の失せた腕が元通りとなってゆく。
死の砂漠と同化しているウノミタマにとっては、この姿もまた仮初のもの。
これまで何人にも傷つけられたことがなかったがゆえに少しばかり驚かされたが、ただそれだけのこと。たとえチヨコが世界樹のチカラを吸収して強くなったとしても、まだまだ自分との間には大きな開きがある。
『そうなんだ。わかったよ。だったらチヨコごと食べてしまえばいいだけのことじゃないか。そうすれば世界樹のチカラはボクのものになる』
言葉が終わるやいなや、周囲にて砂がずんずん盛りあがっていき、いくつもの山が生じた。
やがてその中から砂の巨人たちが次々に姿をあらわす。その数、十二体。
ウノミタマが変じている分を合わせると十三体にもなった砂の巨人たち。
一体一体が城のごとき大きさ。
対する金炎の乙女はあまりにも小さい。
けれども決して非力ではない。
なぜなら……。
「チヨコ母さまーっ」
彼方にてキラリと閃く銀光。
猛然と突っ込んでくる第一の天剣・勇者のつるぎミヤビ。
妹たちを引き連れて遅ればせながら馳せ参じる。
もの凄い勢いで飛び込んで来た白銀の大剣。その柄を掴んだ金炎乙女、自分よりも大きな剣をたやすく制御してみせる。
まるで剣舞でも踊るかのようにひらりと軽やかに。
その裸体が幾重もの紅い紐にくるまれる。ピカッと光れば第五の天剣・月のつるぎベニオが変じた作業着姿となった。頭には第四の天剣・太陽のつるぎムギの麦わら帽子を装着。
瞬時に武装を完了したチヨコ。その両脇には第二の天剣・魔王のつるぎアンである漆黒の大鎌、第三の天剣・大地のつるぎツツミである蛇腹の破砕槌たちの姿もある。
剣の母と天剣五姉妹はここに合流を果たす。
両者を引き離すというウノミタマの策はついに破れた。
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