剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?七本目っ!少女の夢見た世界、遠き旅路の果てに。

月芝

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055 桃色の実

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 死の砂漠の上空を飛び続けていた白銀の大剣。
 その剣身には紅紐にてくくりつけられた、漆黒の草刈り鎌、金づち、麦わら帽子の姿があった。天剣姉妹たちはもっとも機動力に優れた長姉であるミヤビに便乗していたのである。
 しかしいつになくミヤビはあせっていた。
 ここにきてチヨコの気配が急激に薄れはじめたからである。
 剣の母の身に何かよくない事が起こったのにちがいない。
 かとおもえば突如として前方に大樹が出現。
 天突く威容は離れたところからでも視認できるほど。
 あの木のところに母さまがいる。
 確信したミヤビは一路急ぐ。

  ◇

 ありえない速度で増殖して成長する世界樹。
 これまで数多のモノたちを喰らってきた擬神ウノミタマは、生まれてはじめて「自分が他者に呑み込まれるかもしれない」ということに恐れを抱く。
 気がついたときには本体が封印されている石牢の櫃ごと砂の巨人となって地下空間から逃れ、大樹より距離をとっていた。
 いつのまにか手の中より小娘の姿が失せている。

『剣の母がいない。どこかに落っことした? いいや、ちがう。どさくさに紛れて奪われたんだ。おそらくはあの木の仕業だろう。
 ……それにしても、まさかあの小さな鉢植えが世界樹だったなんてね。
 あんなモノをいったいどこで拾ってきたのやら。まったくやることなすことデタラメな子だよ。
 ふふふ、本当にチヨコには驚かされてばかりだ。さすがのボクもちょっとあせっちゃった。でもね』

 いかに伝説の大樹とはいえ、木はしょせん木でしかない。
 擬神ウノミタマにとっては、目の前に喰いでがありそうな大皿のごちそうを追加されたようなもの。ペロリと舌なめずり。

『まぁ、いいさ。せっかくだからチヨコともどもありがたくいただくとしようか』

  ◇

 仰向けにてゆっくりゆっくり……。
 闇の底へと沈んでいく。
 光がずいぶんと遠くなった。
 もういくら手をのばしても届かない。
 なのに未練たらたら。わたしは手をのばし続けている。
 穴から水がこぼれるように、次第に失われてゆく自分の中の温もり。
 ココロとカラダがほどよく冷たくなっていき、やたらと眠気を誘う。
 まぶたが重い。疲れたし、もういいのかな。
 だからのばし続けていた腕をおろそうとした。
 するとその手を何者かがガッと掴む。
 わたしの手をとっていたのは上の方からのびてきた緑色のツル。
 ツルを通じて声が伝わってくる。

「ワガハイ、ついに覚醒! 不浄なる大地に希望を与えんがため、ここに顕現せん。刮目せよ! この天下無双っぷりを、比類なきムキムキっぷりを!」

 声と同時に死の砂漠に生えた超大な樹の姿がありありと脳裏に浮かぶ。
 あまりのことにびっくり仰天。たちまち眠気も吹っ飛び、わたしはおもわず「マジかっ!」
 叫びながらガバッと跳ね起きていた。

「マジもマジも大マジよ。これもすべて剣の母の恩恵の賜物。日夜チヨコが丹精込めて世話を焼いてくれたおかげ。だというのに当のチヨコの方があきらめてどうする? 先祖代々大地と供に生き、自然と戦い続けてきた辺境魂はどこへいった?」

 ワガハイの言葉にハッとなるわたし。
 だがしかし……。

「そりゃあ、いいようにやられっぱなしは悔しいよ。でも肝心のカラダのほうがピクリとも動いてくれないの。たぶんもう」

 肉体という器と魂という中身。二つがそろってこその生命。
 どちらかが失われた状態では、どうしようもない。
 そしてわたしの肉体はウノミタマに破壊されてしまった。これではもう指一本動かせない、戦えない。
 すると上の方からするすると新たなツルがのびてくる。
 目の前で止まったツル。その先端がぷくりと膨れたかとおもったら、みるみる大きくなって色づき、桃色の実が生った。

「その実を食べよ、チヨコ。その実にはこれまでチヨコから注いでもらった愛情とチカラ、旅の間に得たモロモロをギュギュッと濃縮したものが詰まっている」

 手間暇を惜しむことなく注ぎ続けられた水と土の才芽のチカラ。
 お世話がてら天剣を通じて分け与えられたチカラ。
 クンルン国を旅する時に星香石を預かっていた時にちょろまかしたチカラ。
 他にも旅先でいい肥料が手に入ったら、せっせと投入していた分。
 ついでにウノミタマが同化している砂漠からもちゅうちゅうした分とかも。
 あぁ、誰あろう。この世でもっとも重点的かつ継続されて剣の母と天剣の恩恵を受けていたのは、鉢植え禍獣のワガハイであったのだ。
 いまこそこれまでの恩義を返すとき。それも利子をたんまり上乗せして。
 だから「さぁ、喰え。やれ、喰え。ちゃっちゃと喰え」と急かすワガハイ。
 その気持ちはうれしい。育てた子どもから恩返しをされるとか、これぞ母親冥利に尽きるというもの。涙があふれてちょちょ切れそうだよ。でも……。

「いや、食べるのはいいんだけど。これ、ちょっと大きくない?」

 桃色の果実は大人の、それもクムガンのおっちゃんぐらいゴツイ武人の頭ほどもあった。ちんまいわたしだとがんばって胸に抱えられるかどうか。これを一人でたいらげるのは少々無理がある。
 けれどもこいつを見事にたいらげれば復活できるらしい。
 となれば挑戦あるのみ! いいだろう、いまこそ胃袋の限界を超えてやる!
 が、意気揚々なわたしの前におもわぬ敵が立ちふさがった。

「微妙に水っぽくて、ゴリゴリして、あんまりおいしくないよぉ」

 よもやの味がイマイチ!
 いかに美味なる果実とて、ちゃんと熟していなければ味は数段落ちる。食べ頃というものがある。

「あー、やっぱりちょっと早かったか。でも栄養の方はばっちりじゃから、がんばれチヨコ」

 ワガハイの声援を尻目に、わたしは涙目で桃色の実をむしゃこら。
 うぅ、ちっとも減らないよぉ。


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