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054 世界樹
しおりを挟むウノミタマが造り出した砂の腕に掴まれ、なすすべのないわたし。
ピキっパキっ。自分のカラダの内から発せられる異音を聴きながら、かすむ視界。
「カハッ」
肺に残っていたわずかな空気がノドの奥よりしぼり出されたひょうしに、口の中に鉄さびの味が広がる。内臓が傷つけられたせいでの吐血。
死がひたひたと迫ってくる。
ちくしょう。みんながすぐそこまで来てくれているっていうのに……。
悔しくて涙がにじみそうになる。
でもその時、「しっかりしろ! チヨコ、負けるな、負けるな」という声援が届く。
ワガハイだった。
ろくに動けない鉢植えのくせして、放りだされた背負い袋の中からもぞもぞ這い出しては、わたしを励ましてくれている。
わたしはそんなワガハイへと懸命に手をのばす。気力を振り絞り、指先から水の才芽にてチョロチョロ。でも顕現した水はちょっと赤く濁っていた。わたしの血が混じってしまったらしい。それをどうにかワガハイに与えるが「ごめん……ね、もう」
そこでわたしの視界が暗転する。
◇
暗闇の中、奥底にてまばゆい光が生じている。
光の中には愛妹カノンがいた。父タケヒコや母アヤメ、サンタや神父さま、呪い師のハウエイさんに鍛冶師のボトムさんや衛士のロウさんたちに里長のモゾさん、ポポの里のみんな……、他にも影矛のホランに影盾のカルタさん、ケイテン、紅風旅団のアズキ、キナコ、マロン、ドルア、星読みのイシャルさま、八武仙筆頭のクムガンのおっちゃん、皇(スメラギ)さまたち。鉄と職人たちの国パオプ、戦士と草原の国クンルン、南海、商連合オーメイ、分かたれたもうひとつの世界……。
旅を通じて出会った大勢の人たちの温かい笑顔がそこにはあった。
たくさんの思い出が、経験が、記憶が、繋がりが、生きてきた証が、一点へと向かい収束してゆく。
わたしの世界が光へと集約されてゆく。
ずんずんと輝きを増す光点。でもどんどん小さくなっていく。
おそらくこれがはじけたとき、わたしという命が終わり、存在がこの世から完全に消えるのだろう。
意識の輪郭がにじむ。思考がぼやけ、感覚が麻痺し、周囲の闇に溶け込むようにして同化していく。
これが死ぬということ。
悲しくて、切なくて、イヤでイヤでたまらなくて、でもどうしようもなくて。
「いやだなぁ。もったいないなぁ。失くしたくないなぁ。みんなのこと忘れたくないなぁ」
ぼんやりとそんなことを考えながらわたしは手を彷徨わせ、どうにか光を掴もうとする。
◇
のばしていた腕がチカラを失いだらり。
チヨコの首がガクリとなる。
口元からツーッと垂れたひと筋の血。それを目にした瞬間、絶叫したのはワガハイであった。
そこへ無情にも振り下ろされたのはチヨコの身を捕まえていた砂の腕。
『うるさいよ。なにかヘンな気配がしていたから様子を見ていたけど、もういいや。おまえも潰れちゃえ』
砂の腕にてぐしゃりとされた鉢植え。たちまち粉々になった。
騒音を片づけたところで、ゆっくりと剣の母の魂と血肉を楽しもうとする擬神ウノミタマ。
自身が封じられている石の塊の方へとごちそうを運ぼうとする。
しかしその腕の動きが途中で止まった。
『なんだ? この気持ちの悪い波動は? 不快だ。とても不快なモノがどんどん膨れ上がって大きくなっていく。いったいどこから……』
手の中にある剣の母はピクリともしない。まだ体温はわずかに残っているものの、小娘の肉体はすでに活動は停止している。ギャアギャアうるさい邪魔者もひねり潰した。
よって、ここにいるのは己ばかり。
なのにどこぞより沸きあがる何かが自分をおびやかそうとしている。
ひさしく忘れていた感覚に襲われ、擬神ウノミタマは戸惑う。
黒き龍という分身体を通じてではあるが、姉であるサノミタマが差し向けてきた封魔の短剣と対峙したときでさえも、たいして脅威を感じなかったというのに。
そんな分身体を倒した天剣(アマノツルギ)たちは一路こちらに向かっている。じきに到着するだろうが、まともに戦えば負けることは万が一にもありえない。
いかに天剣とはいえ五本程度では、見渡す限りの砂漠と同化している自分の敵ではないからだ。
不安になる要素は何もない。
何もないはずなのだが……。
パラリパラリと砂が落ちてくる。
地下空間に砂の雨が降る。
唐突にズゥシンと地面が強く揺れた。
地の底より突き上げるかのような強烈な震動。
小雨程度であったものが砂の土砂降りとなった。
その砂雨の中よりムクリと起き上がる何者かの影。
姿を見せたのは巨大な木の根や太いツルたち。地中より大量に飛び出したそれらがたちまち四方へと広がり、絡み合いながら周囲を席捲し、上へとのびていく。
やがて地下空間をも突き破り、死の砂漠へと躍り出たもののまだまだ成長は止まらない。
それがようやく止まった時。
死の砂漠に一本の大樹が出現していた。
天に牙をむき太陽をも掴み取らんばかりの威容。幹だけでも大きな山をいくつも集めたほどもあり、広げられた枝葉が砂と死ばかりの不毛な地にはじめて木陰というやすらぎを与える。
砂漠に生じた緑。
ありえない光景を前にして擬神ウノミタマは愕然とする。
『そんなまさか! これは……、これがあの世界樹なのか』
世界がまだ産まれてまもない創成の御世。
神々がすべての命とともに地上で暮らしていた頃のこと。
大地の津々浦々に根を張り、世界を支えていたと云われる伝説の樹、それが世界樹。
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