剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?七本目っ!少女の夢見た世界、遠き旅路の果てに。

月芝

文字の大きさ
上 下
54 / 67

054 世界樹

しおりを挟む
 
 ウノミタマが造り出した砂の腕に掴まれ、なすすべのないわたし。
 ピキっパキっ。自分のカラダの内から発せられる異音を聴きながら、かすむ視界。

「カハッ」

 肺に残っていたわずかな空気がノドの奥よりしぼり出されたひょうしに、口の中に鉄さびの味が広がる。内臓が傷つけられたせいでの吐血。
 死がひたひたと迫ってくる。
 ちくしょう。みんながすぐそこまで来てくれているっていうのに……。
 悔しくて涙がにじみそうになる。
 でもその時、「しっかりしろ! チヨコ、負けるな、負けるな」という声援が届く。
 ワガハイだった。
 ろくに動けない鉢植えのくせして、放りだされた背負い袋の中からもぞもぞ這い出しては、わたしを励ましてくれている。
 わたしはそんなワガハイへと懸命に手をのばす。気力を振り絞り、指先から水の才芽にてチョロチョロ。でも顕現した水はちょっと赤く濁っていた。わたしの血が混じってしまったらしい。それをどうにかワガハイに与えるが「ごめん……ね、もう」
 そこでわたしの視界が暗転する。

  ◇

 暗闇の中、奥底にてまばゆい光が生じている。
 光の中には愛妹カノンがいた。父タケヒコや母アヤメ、サンタや神父さま、呪い師のハウエイさんに鍛冶師のボトムさんや衛士のロウさんたちに里長のモゾさん、ポポの里のみんな……、他にも影矛のホランに影盾のカルタさん、ケイテン、紅風旅団のアズキ、キナコ、マロン、ドルア、星読みのイシャルさま、八武仙筆頭のクムガンのおっちゃん、皇(スメラギ)さまたち。鉄と職人たちの国パオプ、戦士と草原の国クンルン、南海、商連合オーメイ、分かたれたもうひとつの世界……。
 旅を通じて出会った大勢の人たちの温かい笑顔がそこにはあった。
 たくさんの思い出が、経験が、記憶が、繋がりが、生きてきた証が、一点へと向かい収束してゆく。
 わたしの世界が光へと集約されてゆく。
 ずんずんと輝きを増す光点。でもどんどん小さくなっていく。
 おそらくこれがはじけたとき、わたしという命が終わり、存在がこの世から完全に消えるのだろう。
 意識の輪郭がにじむ。思考がぼやけ、感覚が麻痺し、周囲の闇に溶け込むようにして同化していく。
 これが死ぬということ。
 悲しくて、切なくて、イヤでイヤでたまらなくて、でもどうしようもなくて。

「いやだなぁ。もったいないなぁ。失くしたくないなぁ。みんなのこと忘れたくないなぁ」

 ぼんやりとそんなことを考えながらわたしは手を彷徨わせ、どうにか光を掴もうとする。

  ◇

 のばしていた腕がチカラを失いだらり。
 チヨコの首がガクリとなる。
 口元からツーッと垂れたひと筋の血。それを目にした瞬間、絶叫したのはワガハイであった。
 そこへ無情にも振り下ろされたのはチヨコの身を捕まえていた砂の腕。

『うるさいよ。なにかヘンな気配がしていたから様子を見ていたけど、もういいや。おまえも潰れちゃえ』

 砂の腕にてぐしゃりとされた鉢植え。たちまち粉々になった。
 騒音を片づけたところで、ゆっくりと剣の母の魂と血肉を楽しもうとする擬神ウノミタマ。
 自身が封じられている石の塊の方へとごちそうを運ぼうとする。
 しかしその腕の動きが途中で止まった。

『なんだ? この気持ちの悪い波動は? 不快だ。とても不快なモノがどんどん膨れ上がって大きくなっていく。いったいどこから……』

 手の中にある剣の母はピクリともしない。まだ体温はわずかに残っているものの、小娘の肉体はすでに活動は停止している。ギャアギャアうるさい邪魔者もひねり潰した。
 よって、ここにいるのは己ばかり。
 なのにどこぞより沸きあがる何かが自分をおびやかそうとしている。
 ひさしく忘れていた感覚に襲われ、擬神ウノミタマは戸惑う。
 黒き龍という分身体を通じてではあるが、姉であるサノミタマが差し向けてきた封魔の短剣と対峙したときでさえも、たいして脅威を感じなかったというのに。
 そんな分身体を倒した天剣(アマノツルギ)たちは一路こちらに向かっている。じきに到着するだろうが、まともに戦えば負けることは万が一にもありえない。
 いかに天剣とはいえ五本程度では、見渡す限りの砂漠と同化している自分の敵ではないからだ。
 不安になる要素は何もない。
 何もないはずなのだが……。

 パラリパラリと砂が落ちてくる。
 地下空間に砂の雨が降る。
 唐突にズゥシンと地面が強く揺れた。
 地の底より突き上げるかのような強烈な震動。
 小雨程度であったものが砂の土砂降りとなった。
 その砂雨の中よりムクリと起き上がる何者かの影。
 姿を見せたのは巨大な木の根や太いツルたち。地中より大量に飛び出したそれらがたちまち四方へと広がり、絡み合いながら周囲を席捲し、上へとのびていく。
 やがて地下空間をも突き破り、死の砂漠へと躍り出たもののまだまだ成長は止まらない。
 それがようやく止まった時。
 死の砂漠に一本の大樹が出現していた。
 天に牙をむき太陽をも掴み取らんばかりの威容。幹だけでも大きな山をいくつも集めたほどもあり、広げられた枝葉が砂と死ばかりの不毛な地にはじめて木陰というやすらぎを与える。
 砂漠に生じた緑。
 ありえない光景を前にして擬神ウノミタマは愕然とする。

『そんなまさか! これは……、これがあの世界樹なのか』

 世界がまだ産まれてまもない創成の御世。
 神々がすべての命とともに地上で暮らしていた頃のこと。
 大地の津々浦々に根を張り、世界を支えていたと云われる伝説の樹、それが世界樹。


しおりを挟む
感想 51

あなたにおすすめの小説

お姫様の願い事

月詠世理
児童書・童話
赤子が生まれた時に母親は亡くなってしまった。赤子は実の父親から嫌われてしまう。そのため、赤子は血の繋がらない女に育てられた。 決められた期限は十年。十歳になった女の子は母親代わりに連れられて城に行くことになった。女の子の実の父親のもとへ——。女の子はさいごに何を願うのだろうか。

剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?二本目っ!まだまだお相手募集中です!

月芝
児童書・童話
世に邪悪があふれ災いがはびこるとき、地上へと神がつかわす天剣(アマノツルギ)。 ひょんなことから、それを創り出す「剣の母」なる存在に選ばれてしまったチヨコ。 天剣を産み、これを育て導き、ふさわしい担い手に託す、代理婚活までが課せられたお仕事。 いきなり大役を任された辺境育ちの十一歳の小娘、困惑! 誕生した天剣勇者のつるぎにミヤビと名づけ、共に里でわちゃわちゃ過ごしているうちに、 ついには神聖ユモ国の頂点に君臨する皇さまから召喚されてしまう。 で、おっちら長旅の末に待っていたのは、国をも揺るがす大騒動。 愛と憎しみ、様々な思惑と裏切り、陰謀が錯綜し、ふるえる聖都。 騒動の渦中に巻き込まれたチヨコ。 辺境で培ったモロモロとミヤビのチカラを借りて、どうにか難を退けるも、 ついにはチカラ尽きて深い眠りに落ちるのであった。 天剣と少女の冒険譚。 剣の母シリーズ第二部、ここに開幕! 故国を飛び出し、舞台は北の国へと。 新たな出会い、いろんなふしぎ、待ち受ける数々の試練。 国の至宝をめぐる過去の因縁と暗躍する者たち。 ますます広がりをみせる世界。 その中にあって、何を知り、何を学び、何を選ぶのか? 迷走するチヨコの明日はどっちだ! ※本作品は単体でも楽しめるようになっておりますが、できればシリーズの第一部 「剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?ただいまお相手募集中です!」から お付き合いいただけましたら、よりいっそうの満腹感を得られることまちがいなし。 あわせてどうぞ、ご賞味あれ。

マサオの三輪車

よん
児童書・童話
Angel meets Boy. ゾゾとマサオと……もう一人の物語。

王女様は美しくわらいました

トネリコ
児童書・童話
   無様であろうと出来る全てはやったと満足を抱き、王女様は美しくわらいました。  それはそれは美しい笑みでした。  「お前程の悪女はおるまいよ」  王子様は最後まで嘲笑う悪女を一刀で断罪しました。  きたいの悪女は処刑されました 解説版

四尾がつむぐえにし、そこかしこ

月芝
児童書・童話
その日、小学校に激震が走った。 憧れのキラキラ王子さまが転校する。 女子たちの嘆きはひとしお。 彼に淡い想いを抱いていたユイもまた動揺を隠せない。 だからとてどうこうする勇気もない。 うつむき複雑な気持ちを抱えたままの帰り道。 家の近所に見覚えのない小路を見つけたユイは、少し寄り道してみることにする。 まさかそんな小さな冒険が、あんなに大ごとになるなんて……。 ひょんなことから石の祠に祀られた三尾の稲荷にコンコン見込まれて、 三つのお仕事を手伝うことになったユイ。 達成すれば、なんと一つだけ何でも願い事を叶えてくれるという。 もしかしたら、もしかしちゃうかも? そこかしこにて泡沫のごとくあらわれては消えてゆく、えにしたち。 結んで、切って、ほどいて、繋いで、笑って、泣いて。 いろんな不思議を知り、数多のえにしを目にし、触れた先にて、 はたしてユイは何を求め願うのか。 少女のちょっと不思議な冒険譚。 ここに開幕。

おなら、おもっきり出したいよね

魚口ホワホワ
児童書・童話
 ぼくの名前は、出男(でるお)、おじいちゃんが、世界に出て行く男になるようにと、つけられたみたい。  でも、ぼくの場合は、違うもの出ちゃうのさ、それは『おなら』すぐしたくなっちゃんだ。  そんなある日、『おならの妖精ププ』に出会い、おならの意味や大切さを教えてもらったのさ。  やっぱり、おならは、おもっきり出したいよね。

【総集編】童話パロディ短編集

Grisly
児童書・童話
❤️⭐️お願いします。童話パロディ短編集

夢の中で人狼ゲーム~負けたら存在消滅するし勝ってもなんかヤバそうなんですが~

世津路 章
児童書・童話
《蒲帆フウキ》は通信簿にも“オオカミ少年”と書かれるほどウソつきな小学生男子。 友達の《東間ホマレ》・《印路ミア》と一緒に、時々担任のこわーい本間先生に怒られつつも、おもしろおかしく暮らしていた。 ある日、駅前で配られていた不思議なカードをもらったフウキたち。それは、夢の中で行われる《バグストマック・ゲーム》への招待状だった。ルールは人狼ゲームだが、勝者はなんでも願いが叶うと聞き、フウキ・ホマレ・ミアは他の参加者と対決することに。 だが、彼らはまだ知らなかった。 ゲームの敗者は、現実から存在が跡形もなく消滅すること――そして勝者ですら、ゲームに潜む呪いから逃れられないことを。 敗退し、この世から消滅した友達を取り戻すため、フウキはゲームマスターに立ち向かう。 果たしてウソつきオオカミ少年は、勝っても負けても詰んでいる人狼ゲームに勝利することができるのだろうか? 8月中、ほぼ毎日更新予定です。 (※他小説サイトに別タイトルで投稿してます)

処理中です...