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053 最果ての墓場
しおりを挟む砂漠行をはじめて九日目。
理由はわからないけど、ここ一両日、ウノミタマが物憂げに黙り込むことが増えていた。
たまにウノミタマの声が脳裏に響いたとおもったら『たまたまなのか』とか『どうして、こんなことありえない』などというつぶやきばかり。
わたしは最後の干し肉の欠片をくちゃくちゃ口の中で遊ばせながら、足を引きずり進む。
完全に味がしなくなり、もうこれ以上は無理というところまで咀嚼したところで、ゴクリ。すぐに水を飲んで腹を膨らませる。
ウノミタマの反応は気になるものの、こちらもすでに余裕がない。
食料が尽きたこともそうだが、よりわたしをあせらせていたのがカラダの調子。
こまめに水分補給はしているけど、体調が少しずつよくない方へと傾いでいくのがわかっていた。おそらく健康を維持するのに必要なモノが、汗といっしょに体の外へと流れ出ているせいだ。塩が手元にないのも痛い。うっかりしていた。次からは岩塩のひとつでも背負い袋に必ず忍ばせておくとしよう。
そんなことをぼんやり考えながらも歩きつづけていると、ざわりと砂漠の空気がゆらぐのを感じてわたしはおもわず足を止める。
『っ!』
脳裏に伝わってきたのは擬神ウノミタマの感情の乱れ。
これにわたしはにへら。ウノミタマは何も言わないけどわかった、感じた。
どうやらうちの子たちがこっちに向かっているみたい。それもかなり近いところにまで来てくれている。あと少しのしんぼう。これでようやくひと息つける。
と安堵したのもつかのま、ズズズと足下の砂が動いた。
風紋とかさざ波の類ではない。地面に川のような大きな流れが生じている。
「なに、えっ、もしかして流砂?」
ここまでの道程で何もなかったから完全に油断していた。
あわてて流れから逃れようとするも、どっちに逃げたらいいのかがわからない。迷っているうちに身動きがとれない状態に陥る。ぐらりと体勢が崩れてついに立っていられなくなり四つん這いになる。
その姿勢のままで砂に運ばれていく。
「くっ、ほんの足首ほどしか砂に埋まってないのに、ろくに動けない」
両手足を抑えられているかのようで、ろくに身をよじることもできない。土の才芽を使ってもダメだった。使ったはしからチカラが分散されて踏ん張れない。とてつもない量の砂が蠢いている。見た目以上にずっと大きな流れなんだ。
砂の流れがゆっくりと、だか着実に速くなっていく。
それは巨大な砂の渦であった。
流れが向かう先は渦の中心。
突如としてグンと引くチカラが強くなる。流れがいっきに加速。景色が横へ横へ。
大量の砂が暴れて波が生じる。小さなわたしのカラダは翻弄され、もてあそばれ、もみくちゃにされながらゴロゴロゴロ。
そしてそのまま渦の中心へと……。
◇
サラサラサラサラ……。
森林にて穏やかな風がさざめき、緑萌ゆる枝葉がこすれるような、やさしい音。
音の正体は遥か天より静々と降り注ぐ砂。
これが降り積もることで産み出された砂の山が黄金色に輝いている。
麓近くの斜面にて半ば埋もれていたわたし。「う~ん」
あと少し目を覚ますのが遅れていたら、このまま砂に完全に埋もれてしまい、溺れていたかもしれない。
どうにか這い出したところで斜面を転がり落ちる。けれども痛みはない。それほどまでに砂の粒が細かかったのである。
よろよろと立ち上がったわたしは周囲をキョロキョロ。少し離れたところに愛用の背負い袋の姿があった。流砂の渦に巻き込まれたひょうしに手放してしまっていたようだ。
砂漠の下にある空間。
天井が高い。地の底深い場所にもかかわらずあまり暗くないのは、かすかに届く光を砂たちがキラキラと乱反射しているせいか。
ここもまた砂地である。でもここにはたくさんのモノが埋もれている。
「鎖で封がされた箱に四角や三角の石の塊、へんてこな形の入れ物。それからこれは……壊れた道具かな? なんだろう、ごみ捨て場に雰囲気が似ているけど」
わたしが戸惑っていると脳裏にウノミタマの声が響く。
『そうだよ。もともと死の砂漠はブラフマールの連中がいらなくなったオモチャを捨てていた廃棄場所。で、こいつらは砂の海を彷徨ってここに流れついたんだ。ここはいわば最果ての墓場みたいなところさ』
大古に超高度な魔道科学文明を築き、異界の門を開くことで膨大なチカラを得て未曾有の繁栄を遂げた古代国家ブラフマール。
ついには人造で神をも産み出すに至ったが、その過度な繁栄ゆえに滅ぶ。
飽くなき探求心、文明開花、華やかな成功の裏でいったいどれほどの失敗が重ねられたことか。
それら負の遺産とも呼べるシロモノが集っている。
つまりこれらはすべてウノミタマの同類たちということ。
物言わぬ者たちが怒っている。
勝手に産み出しておいて、無責任に打ち捨てられ、放置されたことに憤っている。
わたしは気圧された。
するとそんな小娘を『ククク』と笑う擬神ウノミタマ。
『心配しなくてもそれらはただの抜け殻さ。彼らの内に残っていた無念も、怒りも、嘆きも、チカラも、すべてボクが食べたから。だから何も怖がることはないよ。正真正銘のガラクタなんだから。そんなことよりもチヨコにちょっと訊きたいことがあるんだけど……。
ねえ、教えてよ。どうしてチヨコはあの広大な砂漠の中を、一切迷うことなく真っ直ぐに、中心であるここへと辿り着けたの?』
「どうしてって、それは女の子の幻影に導かれたから」
年の頃や背格好など、わかる範囲でわたしが説明をするなりウノミタマが黙り込んでしまう。
じきに口を開いたとおもったらぶつぶつ。
『どうしてどうしてどうしてアリサが。なんでなんでなんでナンデなんでなんでなんでなんでなんで、なんで? なんで? なんで? どうしてボクのところじゃなくてコイツのところなんかにっ!』
小さなつぶやきが、次第に大きくなって、じきに怒りとなり、ついには憎しみへと転じる。
そんな強い感情を脳内に直接ぶつけられ、わたしは頭が割れんばかりに痛み、たまらず膝をつく。
ビキッ! バキッ!
地下空間の奥の方から何かが割れるような音が聞こえてきた。
痛む頭をこらえながらどうにか顔を向けると、そこにあったのは大小無数の四角い石が集合したモノ。何と言いあらわしていいのかわからない、見上げるほどに大きく歪な存在。それがいにしえの人造神を閉じ込める石牢の櫃であるとわかったのは表面に入った深い亀裂のおかげ。
内部から、わたしをはっしとにらんでいる青い瞳があった。
瞳に込められている感情は憎悪。
わたしは直感でこれがウノミタマの本体、核の部分だと悟るも、直後にのびてきた砂の腕によってむんずと掴まれてしまった。
四方よりギチギチと締めあげるチカラがじょじょに強まっていく。
激情に駆られたウノミタマ。わたしはどうにか逃れようともがくも寄り集まった砂は固くビクともしない。ミシリとアバラが軋む音を聞きながら、次第に意識が遠のいてゆく。
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