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052 砂漠行
しおりを挟む旅をはじめてすでに四日が過ぎようとしている。
熱砂の海という過酷な環境。くじけそうにならなかったといえばウソになる。でもその都度、あの幻影の少女があらわれては、南を指し示す。
表情はわからない。けれども幻影の少女がまとう健気さというか、必死さはじんじん伝わってくる。それを前にすると弱音なんて吐いていられないという気持ちになるから不思議だ。
◇
死の砂漠をわたしはひとり南へと進み続けている。
いや、正しくはひとりではない。背負い袋の中には鉢植禍獣のワガハイがいる。それにときおり脳裏に響く擬神ウノミタマの声もある。皮肉なことにそのせいで孤独感に囚われることはほとんどない。
こっちのココロを折るつもりなのか、あるいはたんに人との会話に飢えているだけか。
ちょいちょい話しかけてくるウノミタマ。
やたらと「ムダだよ」「もうあきらめたら?」という否定的な意見を並べるかとおもえば、わたしのことを知りたがったりもする。
どんな土地で産まれ育ったのか。両親や妹にポポの里のこと。剣の母になってからのこと。これまでどんな旅をしてきたのか。どんな人に出会ったのか、などなど。
ひょっとしたらこちらの情報を引き出し悪用するつもりなのかしらん。
と、当初は強く警戒していたわたしであったが、じきに相手が望むままに答えるようになっていた。
だってあんまりにもしつこいんだもの。
頭の中にくり返し響く『ねえ、どうして』攻撃は、里の幼子たちといっしょ。
寝ているときにまで『ねえねえ』とやられては、さすがにたまらない。しまいには夢にまで見るようになって、ついにわたしの方が先に根をあげ腹をくくった。「いいよ、そんなに知りたいんだったら教えてあげる」と。
おかげで寂しさを感じている暇なんてない。
それにしてもよくわからないのは擬神ウノミタマだ。
彼がその気になれば自分の腹の中にいる小娘なんて軽くひと捻りのはず。なのに直接的な手段をとろうとはしない。
「どうして?」とたずねれば『なぁにほんの暇つぶしさ』との余裕の声。
擬神ウノミタマとしては、水槽に入れた小魚を眺めているような感覚。じきに飽きたらプチっと潰すからとのこと。
でもそれはウソだ。
わたしが違和感を感じたのは日が暮れて野営をしているとき。
いつものごとくわたしは背負い袋から鉢をとりだし、水を与え世話を焼く。
「いつもすまないねえチヨコ。ワガハイが不甲斐ないばっかりに、おまえにばかり苦労をかけて」
「もう、それは言わない約束でしょ、おとっつあん」
なんぞとワガハイと苦労人父娘ゴッコで戯れていたのだが、ウノミタマは不気味なほどに沈黙。異様なまでに静かなのである。
あれほどわたしについてアレやコレやと熱心にたずねてきたくせに、踊る黄色い花弁である鉢植え禍獣ワガハイにはまったく触れようとしない。
はじめは道端の石ころのように、ザコ過ぎて相手にしていないのかと思った。
でもちがったんだ。よくよく様子をうかがってみると、どうやら興味がないという感じではなくて、なにやら胡乱そうに遠巻きにしているみたい。警戒というよりも困惑している?
理由はわからないけど、もしかしたらわたしの側にワガハイがいるから直接的な武力行使をしてこないのかも。
そんな考えを持ってからは、わたしはことあるごとに鉢植えを取りだし、意図的にワガハイを側に置くようになった。
◇
砂漠行もついに七日目に突入。
どうにか切り詰めてきたけど、いよいよ食料の方が乏しくなってきた。
疲労も確実に蓄積されている。気力体力ともに明らかに目減りしている。足どりも少しばかり重くなってきた。
背負い袋に残るは干しイモと干し肉が一切れずつ。ロクエさん印のアメ玉はまだ半分ぐらい残っている。栄養的にはこれでしのげるけど、空腹感には抗えない。水で誤魔化すにしても限度がある。
「うーん、いっそのことハウエイさんの薬包にて自分のカラダにキノコを生やして、それを喰らうというのはどうだろう?」
自分を苗床にして育てたキノコを食べることによって腹を満たし栄養補給。
生やして、食べて、生やしてのくり返し。すべて自分由来なので安心安全。
おや? なにやら半永久的に自給自足ができそうな気がする。
いまこそ英断のときか。
なんぞと真剣に悩んでいたらワガハイから「ど阿呆!」と叱られた。「たしかに一時的に飢えはしのげるかもしれんが、抜けていく分の方が多くてじきに立ちゆかなくなるわ」
同じ土で同じ作物を育て続けていたら、早々に連作障害を起こす。
わかりやすい例えを出されてわたしも納得。
「フム。それもそうか。なら、こういうのはどうかな? ワガハイの鉢にキノコを寄生させるの」
鉢植えをキノコの苗床にするという次案。
だがしかし、これもまた住人の猛反対に合って却下された。
まいたねこりゃあ。この分だと食料はもってあと三日といったところ。
それまでにミヤビたちが駆けつけてくれるといいんだけど……。
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