51 / 67
051 杭
しおりを挟む時を少しばかりさかのぼる。
死の砂漠へと独りチヨコがさらわれた直後のこと。
敬愛する剣の母の身柄が忽然と消え失せたことに、呆然となる天剣五姉妹たち。いままでの勇ましさがどこへやら。迷子のごとく激しくうろたえる。
その狼狽ぶりに擬神ウノミタマの分身である黒き中龍がほくそ笑む。
これまでずっとチヨコたちを観察してきてウノミタマは早々に気がついていた。
それは剣の母と天剣五姉妹が揃っている状況のやっかいさ。
単純な戦闘力だけをみれば、生身のチヨコを背負うことで大幅に低下しているといえる。けれどもチヨコという枷があることで無茶ができない分だけ動きがより精彩に富み、なおかつ天剣たちのやる気や連携がだんちがいに向上する。
性能も形状もバラバラな天剣五姉妹。一致団結することで生じる勢いのすさまじさ。けっして侮れるものではない。
そんな団結の中心にいつもいるのがチヨコ。
ならばどうする?
という問いに、その要となっている小娘を排除すればいいとの結論に達した。
◇
砂の罠にハメてまんまと剣の母と天剣たちを引き剥がすことに成功する。
けれども喜びのあまり、ウノミタマはヘタを打つ。
『剣の母はもらったよ。ボクの言うことをきかないと彼女がどうなるか、わかってるよね?』
誘拐犯がいかにも口にしそうな陳腐な台詞。
しかし発した頃合いがよくなかった。いささか早すぎたのである。相手が状況をちゃんと理解し呑み込む程度には冷静になれる猶予を与えるべきであったのに。
チヨコを失った不安とイラ立ち、悲しみなどが混在して頭の中がごちゃごちゃになっている天剣五姉妹たち。この言葉にカチンときた。
冷静さを欠けている状況では、理性よりも感情が、怒りが勝る。
「そうですか、あなたがチヨコ母さまを。そうですか、そうなのですか」
第一の天剣、勇者のつるぎミヤビが病み声でぶつぶつ。
白銀の大剣が瞬時に白焔に包まれ、まばゆくなってはドンドンと輝きを強めていく。
「……母をもらった、だと? 殺!」
第二の天剣、魔王のつるぎアンの身がゆらり。
漆黒の大鎌がブゥンと刃を振ったひょうしに、空間がバックリ裂けた。
「あぁ、おいたわしや、母じゃ。にしてもなんと不甲斐なきこと。ぐぬぬぬ、それがし、己がマヌケさ加減にて、はらわたが煮えくり返りそうでござる」
第三の天剣、大地のつるぎツツミが敵にも己にも腹を立てている。
蛇腹の破砕槌が憤りぷるぷる震えている。
「かあさまに害をなすモノ。その存在は非非非非……」
「かあさまに仇をなすモノ。その存在は不可不可不可不可……」
第四の天剣、太陽のつるぎムギ。第五の天剣、月のつるぎベニオ。
麦わら帽子と紅紐飾りという組み合わせの双子の末っ子たちが、かつてないほどに感情をあらわにし、あたりかまわずに怒気をまき散らす。
ほどなくして敵意や殺気なんぞと称するにはあまりあるほどの感情が暴発する。
それすなわち天剣たちの剣の母に対する想いの強さにほかならない。
猛り狂った天剣五姉妹。癇癪を起こした幼子にいかに言葉を尽くそうとも、それが耳に届くことがないのと同じく、交渉は決裂。
制御を失いもっとも危険な状態となった彼女たちと戦うハメになった黒き中龍は、遅まきながら理解する。
『ぐっ、ちがう! チヨコは連中の要なんかじゃない! アレは、あの娘は杭だったんだ。人の世の範疇に天剣たちをつなぎ止めておくための封印。なのにボクはそれを抜いてしまった。あぁ』
白き焔が空にあふれ、爆風が天地を席捲。
ミヤビが放った無数のイカヅチが黒き中龍に降り注ぎ、その身を貫く。
アンが発生させた漆黒の竜巻が黒き中龍を巻き込む。虜囚を滅多やたらに斬り裂く。
たまらず逃げ出そうと黒き中龍は渦の中央から上へ上へと。その頭がどうにか外へと出たところで脳天に容赦なく振り落されたのは破砕槌の一撃。
ありとあらゆる物体が塵と化し粉砕するかのような、ツツミの強力かつ重たい一撃に、黒き中龍が声にならない悲鳴をあげた。
怒涛の攻撃にて逃げ惑う黒き中龍。
それを執拗に追うのは激しく回転する麦わら帽子姿のムギ。帽子のツバが円刃となり龍の身を切り刻み、血肉が飛び散るたびに帽子の中へとグビグビ呑み込まれていく。
ズタボロにされながらも黒き中龍はどうにか距離を取ることに成功し、ホッとしたのもつかのま。
自身の尾の先にがっちり喰い込んでいる紅い紐。
ズルリ、ズルリとベニオに引っ張られてふたたび天剣五姉妹たちのもとへと戻される。
そして延々と暴力と破壊行為が続く。
◇
黒き中龍だとて仮にも擬神ウノミタマの分身体。
なにも一方的になぶられていたわけではない。相応に抵抗もし、戦いもした。ともすれば天剣を喰らおうとさえも試みる。
けれどもことごとく失敗し、ついには討伐されることになる。
天剣と黒き中龍の戦い。
戴冠式の日のみでは終わらず、夜をまたいで翌早朝まで続く。
人外同士の戦いは熾烈を極める。その間中、帝都アルシャンは破壊の嵐にさらされることになり、人々は戦々恐々と縮こまっていることしかできない。
やがて恐怖の一夜が明けた。
すっかり静かになった空。
人々がおずおずと見上げたとき、彼らが目にしたのは南の彼方へと向かい飛んでいく白銀の流星の姿であった。
0
お気に入りに追加
67
あなたにおすすめの小説

お姫様の願い事
月詠世理
児童書・童話
赤子が生まれた時に母親は亡くなってしまった。赤子は実の父親から嫌われてしまう。そのため、赤子は血の繋がらない女に育てられた。 決められた期限は十年。十歳になった女の子は母親代わりに連れられて城に行くことになった。女の子の実の父親のもとへ——。女の子はさいごに何を願うのだろうか。

剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?二本目っ!まだまだお相手募集中です!
月芝
児童書・童話
世に邪悪があふれ災いがはびこるとき、地上へと神がつかわす天剣(アマノツルギ)。
ひょんなことから、それを創り出す「剣の母」なる存在に選ばれてしまったチヨコ。
天剣を産み、これを育て導き、ふさわしい担い手に託す、代理婚活までが課せられたお仕事。
いきなり大役を任された辺境育ちの十一歳の小娘、困惑!
誕生した天剣勇者のつるぎにミヤビと名づけ、共に里でわちゃわちゃ過ごしているうちに、
ついには神聖ユモ国の頂点に君臨する皇さまから召喚されてしまう。
で、おっちら長旅の末に待っていたのは、国をも揺るがす大騒動。
愛と憎しみ、様々な思惑と裏切り、陰謀が錯綜し、ふるえる聖都。
騒動の渦中に巻き込まれたチヨコ。
辺境で培ったモロモロとミヤビのチカラを借りて、どうにか難を退けるも、
ついにはチカラ尽きて深い眠りに落ちるのであった。
天剣と少女の冒険譚。
剣の母シリーズ第二部、ここに開幕!
故国を飛び出し、舞台は北の国へと。
新たな出会い、いろんなふしぎ、待ち受ける数々の試練。
国の至宝をめぐる過去の因縁と暗躍する者たち。
ますます広がりをみせる世界。
その中にあって、何を知り、何を学び、何を選ぶのか?
迷走するチヨコの明日はどっちだ!
※本作品は単体でも楽しめるようになっておりますが、できればシリーズの第一部
「剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?ただいまお相手募集中です!」から
お付き合いいただけましたら、よりいっそうの満腹感を得られることまちがいなし。
あわせてどうぞ、ご賞味あれ。
王女様は美しくわらいました
トネリコ
児童書・童話
無様であろうと出来る全てはやったと満足を抱き、王女様は美しくわらいました。
それはそれは美しい笑みでした。
「お前程の悪女はおるまいよ」
王子様は最後まで嘲笑う悪女を一刀で断罪しました。
きたいの悪女は処刑されました 解説版

四尾がつむぐえにし、そこかしこ
月芝
児童書・童話
その日、小学校に激震が走った。
憧れのキラキラ王子さまが転校する。
女子たちの嘆きはひとしお。
彼に淡い想いを抱いていたユイもまた動揺を隠せない。
だからとてどうこうする勇気もない。
うつむき複雑な気持ちを抱えたままの帰り道。
家の近所に見覚えのない小路を見つけたユイは、少し寄り道してみることにする。
まさかそんな小さな冒険が、あんなに大ごとになるなんて……。
ひょんなことから石の祠に祀られた三尾の稲荷にコンコン見込まれて、
三つのお仕事を手伝うことになったユイ。
達成すれば、なんと一つだけ何でも願い事を叶えてくれるという。
もしかしたら、もしかしちゃうかも?
そこかしこにて泡沫のごとくあらわれては消えてゆく、えにしたち。
結んで、切って、ほどいて、繋いで、笑って、泣いて。
いろんな不思議を知り、数多のえにしを目にし、触れた先にて、
はたしてユイは何を求め願うのか。
少女のちょっと不思議な冒険譚。
ここに開幕。
おなら、おもっきり出したいよね
魚口ホワホワ
児童書・童話
ぼくの名前は、出男(でるお)、おじいちゃんが、世界に出て行く男になるようにと、つけられたみたい。
でも、ぼくの場合は、違うもの出ちゃうのさ、それは『おなら』すぐしたくなっちゃんだ。
そんなある日、『おならの妖精ププ』に出会い、おならの意味や大切さを教えてもらったのさ。
やっぱり、おならは、おもっきり出したいよね。
夢の中で人狼ゲーム~負けたら存在消滅するし勝ってもなんかヤバそうなんですが~
世津路 章
児童書・童話
《蒲帆フウキ》は通信簿にも“オオカミ少年”と書かれるほどウソつきな小学生男子。
友達の《東間ホマレ》・《印路ミア》と一緒に、時々担任のこわーい本間先生に怒られつつも、おもしろおかしく暮らしていた。
ある日、駅前で配られていた不思議なカードをもらったフウキたち。それは、夢の中で行われる《バグストマック・ゲーム》への招待状だった。ルールは人狼ゲームだが、勝者はなんでも願いが叶うと聞き、フウキ・ホマレ・ミアは他の参加者と対決することに。
だが、彼らはまだ知らなかった。
ゲームの敗者は、現実から存在が跡形もなく消滅すること――そして勝者ですら、ゲームに潜む呪いから逃れられないことを。
敗退し、この世から消滅した友達を取り戻すため、フウキはゲームマスターに立ち向かう。
果たしてウソつきオオカミ少年は、勝っても負けても詰んでいる人狼ゲームに勝利することができるのだろうか?
8月中、ほぼ毎日更新予定です。
(※他小説サイトに別タイトルで投稿してます)
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる