剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?七本目っ!少女の夢見た世界、遠き旅路の果てに。

月芝

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051 杭

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 時を少しばかりさかのぼる。
 死の砂漠へと独りチヨコがさらわれた直後のこと。
 敬愛する剣の母の身柄が忽然と消え失せたことに、呆然となる天剣五姉妹たち。いままでの勇ましさがどこへやら。迷子のごとく激しくうろたえる。
 その狼狽ぶりに擬神ウノミタマの分身である黒き中龍がほくそ笑む。
 これまでずっとチヨコたちを観察してきてウノミタマは早々に気がついていた。
 それは剣の母と天剣五姉妹が揃っている状況のやっかいさ。
 単純な戦闘力だけをみれば、生身のチヨコを背負うことで大幅に低下しているといえる。けれどもチヨコという枷があることで無茶ができない分だけ動きがより精彩に富み、なおかつ天剣たちのやる気や連携がだんちがいに向上する。
 性能も形状もバラバラな天剣五姉妹。一致団結することで生じる勢いのすさまじさ。けっして侮れるものではない。
 そんな団結の中心にいつもいるのがチヨコ。
 ならばどうする?
 という問いに、その要となっている小娘を排除すればいいとの結論に達した。

  ◇

 砂の罠にハメてまんまと剣の母と天剣たちを引き剥がすことに成功する。
 けれども喜びのあまり、ウノミタマはヘタを打つ。

『剣の母はもらったよ。ボクの言うことをきかないと彼女がどうなるか、わかってるよね?』

 誘拐犯がいかにも口にしそうな陳腐な台詞。
 しかし発した頃合いがよくなかった。いささか早すぎたのである。相手が状況をちゃんと理解し呑み込む程度には冷静になれる猶予を与えるべきであったのに。
 チヨコを失った不安とイラ立ち、悲しみなどが混在して頭の中がごちゃごちゃになっている天剣五姉妹たち。この言葉にカチンときた。
 冷静さを欠けている状況では、理性よりも感情が、怒りが勝る。

「そうですか、あなたがチヨコ母さまを。そうですか、そうなのですか」

 第一の天剣、勇者のつるぎミヤビが病み声でぶつぶつ。
 白銀の大剣が瞬時に白焔に包まれ、まばゆくなってはドンドンと輝きを強めていく。

「……母をもらった、だと? 殺!」

 第二の天剣、魔王のつるぎアンの身がゆらり。
 漆黒の大鎌がブゥンと刃を振ったひょうしに、空間がバックリ裂けた。

「あぁ、おいたわしや、母じゃ。にしてもなんと不甲斐なきこと。ぐぬぬぬ、それがし、己がマヌケさ加減にて、はらわたが煮えくり返りそうでござる」

 第三の天剣、大地のつるぎツツミが敵にも己にも腹を立てている。
 蛇腹の破砕槌が憤りぷるぷる震えている。

「かあさまに害をなすモノ。その存在は非非非非……」
「かあさまに仇をなすモノ。その存在は不可不可不可不可……」

 第四の天剣、太陽のつるぎムギ。第五の天剣、月のつるぎベニオ。
 麦わら帽子と紅紐飾りという組み合わせの双子の末っ子たちが、かつてないほどに感情をあらわにし、あたりかまわずに怒気をまき散らす。

 ほどなくして敵意や殺気なんぞと称するにはあまりあるほどの感情が暴発する。
 それすなわち天剣たちの剣の母に対する想いの強さにほかならない。
 猛り狂った天剣五姉妹。癇癪を起こした幼子にいかに言葉を尽くそうとも、それが耳に届くことがないのと同じく、交渉は決裂。
 制御を失いもっとも危険な状態となった彼女たちと戦うハメになった黒き中龍は、遅まきながら理解する。

『ぐっ、ちがう! チヨコは連中の要なんかじゃない! アレは、あの娘は杭だったんだ。人の世の範疇に天剣たちをつなぎ止めておくための封印。なのにボクはそれを抜いてしまった。あぁ』

 白き焔が空にあふれ、爆風が天地を席捲。
 ミヤビが放った無数のイカヅチが黒き中龍に降り注ぎ、その身を貫く。
 アンが発生させた漆黒の竜巻が黒き中龍を巻き込む。虜囚を滅多やたらに斬り裂く。
 たまらず逃げ出そうと黒き中龍は渦の中央から上へ上へと。その頭がどうにか外へと出たところで脳天に容赦なく振り落されたのは破砕槌の一撃。
 ありとあらゆる物体が塵と化し粉砕するかのような、ツツミの強力かつ重たい一撃に、黒き中龍が声にならない悲鳴をあげた。
 怒涛の攻撃にて逃げ惑う黒き中龍。
 それを執拗に追うのは激しく回転する麦わら帽子姿のムギ。帽子のツバが円刃となり龍の身を切り刻み、血肉が飛び散るたびに帽子の中へとグビグビ呑み込まれていく。
 ズタボロにされながらも黒き中龍はどうにか距離を取ることに成功し、ホッとしたのもつかのま。
 自身の尾の先にがっちり喰い込んでいる紅い紐。
 ズルリ、ズルリとベニオに引っ張られてふたたび天剣五姉妹たちのもとへと戻される。
 そして延々と暴力と破壊行為が続く。

  ◇

 黒き中龍だとて仮にも擬神ウノミタマの分身体。
 なにも一方的になぶられていたわけではない。相応に抵抗もし、戦いもした。ともすれば天剣を喰らおうとさえも試みる。
 けれどもことごとく失敗し、ついには討伐されることになる。
 天剣と黒き中龍の戦い。
 戴冠式の日のみでは終わらず、夜をまたいで翌早朝まで続く。
 人外同士の戦いは熾烈を極める。その間中、帝都アルシャンは破壊の嵐にさらされることになり、人々は戦々恐々と縮こまっていることしかできない。

 やがて恐怖の一夜が明けた。
 すっかり静かになった空。
 人々がおずおずと見上げたとき、彼らが目にしたのは南の彼方へと向かい飛んでいく白銀の流星の姿であった。


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