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050 幻影の少女
しおりを挟むわたしはウノミタマの声を無視し、背負い袋をはずすと地面に置いて中身を確認。
干しイモ、干し肉、それからロクエさん印のアメ玉、サンタにもらった滋養強壮に効く丸薬、ハウエイさんの薬包が詰まった巾着袋、携帯用の水筒と敷き布、それからワガハイの鉢などなど。
よし、失くなっているものはない。
わたしは水筒に口をつけるとグビグビ。しっかり水分補給をしてから、中身を水の才芽を使ってチョロチョロ補充。
敷き布を頭からすっぽり羽織り、強い陽射しを遮る。
さてと、いちおうの準備は整った。あとはどちらに進むかを決めるだけ。
ミヤビたちと一刻も早く合流をはかるのならば、北にこそ向かうべきなのだろうけど……。
どうしたものかとアゴを突き出し悩んでいたら、少し離れたところにゆらめく蜃気楼らしきものを発見する。
「うん? 何だあれ、えっ!」
よくよく目を凝らしてみれば、それは少女のような姿をしていた。
しかしここは何人も立ち入らぬ死の砂漠。擬神ウノミタマの腹の中にて、わたし以外の人間がいるはずがない。
だから幻影の類だとすぐに判断するも、そんな幻影の少女が腕をあげて指差したのは南の方。
フム。どうやらあっちへ向かえと告げているようだ。
罠の可能性も捨てきれない。けど、幻影の少女からは不穏な気配は感じられない。
わたしはコクリとうなづいて、南へと歩き出す。
少し進んでから一度ふり返ってみたが、そのときにはもう幻影の少女はいなくなっていた。
◇
進路を南へ。
わたしは黙々と歩き続ける。ともすれば砂地に足をとられそうになるが、それは土の才芽を応用することで解決された。砂漠の上をスタスタふつうに歩けるのは地味に助かる。我が身に宿る水と土の才芽は攻撃特性こそないが、汎用性に非常に優れている。これまでどれほど助けられてきたことか……。
すると脳裏に擬神ウノミタマの声が響く。
『あれ? どこに行くつもりなの。キミの足じゃあどれだけがんばってもこの砂漠を横断なんて不可能だよ。なのにどうして諦めないの? 絶望してわんわん泣き出さないの?』
おや、とわたしは内心で首をかしげる。ウノミタマはさっきの幻影の少女とわたしとのやり取りのことを知らないみたいだ。
理由はわからないけど、ひょっとして彼にはあの子が見えなかったのかも。
だとしたらわざわざ教えてやる義理もないので、わたしは無視してずんずん歩く。
なのに『ねえねえ、どうして、どうして』としつこい。
「あー、もう、うるさいなぁ。どうしても何も、まだ生きてるからだよ」
『生きてるから歩くの?』
「そうよ。食料と水はある。そしてわたしは元気だ。だったら歩くしかないでしょう」
『???』
「あんたら神さまたちとはちがって、こちとら生きていられる時間は限られているの。短い一生、さらに短い花の盛り、超貴重な乙女時代、なのにグズグズしているのなんてもったいないじゃない」
『………………』
たぶんわたしの言ってることが理解できないのだろう。ついにウノミタマが黙り込む。
わたしは口の中で「絶望なんてぜったいにしてやらない。あんたの思い通りにはならないんだから」とつぶやき密かに決意を固める。たとえこの旅路の果てに倒れることになろうとも、そのときは笑って逝ってやる。
◇
と、ここまでの一連のやりとりを見れば、今回の砂漠行がさぞや悲壮感漂う無謀かつ過酷な挑戦のように思われたかもしれないが、さにあらず。
砂漠に吹く風。
これを受けるはわたしが広げた布地。
かつて神聖ユモ国の南海を冒険したおりに、海の民ダゴンのヨスさんが乗せてくれた帆船、それに影矛のホランが披露してくれた波乗り遊びのことを思い出したわたし。
「風は充分に吹いている。そして足下はサラサラの砂の海。あれ? これってなんだかイケそうな気がする」
で、試してみたら本当にイケた。
慣れるまでなんどか転んで砂まみれになったけれども……。
自分の両手足にしっかりと布の端をくくりつけて、風に背を向け大の字になれば、帆船よろしく小柄なわたしのカラダなんて楽々スイーッと進む進む。
砂漠の海を滑るように小娘が征く。
「こいつは楽ちんだぜ。ヒャッホー」
調子に乗って油断していたら斜面を超えた先がざっくり深く抉れていた。
勢いのままに宙へと飛び出し、実際にちょっと空を飛ぶ。
さいわい着地には成功したものの、さすがにビビった。
◇
風の向きがかわれば帆を畳み徒歩へと切り替え、南方向へと吹き出せばふたたび帆を広げる。
それを何度かくり返しているうちに、早や夕暮れ時となる。
彼方に沈む夕日のなんと紅いことか。
そして茜色に染まった砂漠のなんと美しいことか。
刻一刻と姿を変える風紋が美しい世界に華を添える。
それらに見惚れているうちに、あっという間に夕闇が迫り、最後の残光が砂山の向こうに消えて夜となる。
銀の砂をバラ撒いたかのような星空は、すべてを圧倒する。
満天を独り占め。
しかし寒い。日中の暑さが一転して凍えそうになるのにはまいった。
夜の涼しいうちに少しでも距離を稼ごうかと考えていたが、それどころじゃない。
帆として活用していた布を幾重にも身にまとい暖をとり、じっと体力の回復に努める。
するとまたしても脳裏に声が響く。
『……そうだ、チヨコにいいことを教えてあげる。キミの娘たちだけど、とっくに食べちゃったから。だから、もう諦めなよ』
わたしはその声を無視して、ゴロンと寝返りをうつ。
だってこちらの動揺を誘うためのウソなんだもの。
ミヤビ、アン、ツツミ、ムギ、ベニオ、天剣五姉妹があんな龍モドキに負けるわけがない。むしろ帝都ごと吹き飛ばしてないか心配なぐらいだ。
だからウノミタマの戯言には付き合ってやらない。
そのあともなんのかんのと言ってくるウノミタマを無視し続けて、わたしは眠る。おやすみなさい。すぴー。
◇
夜明け前にぶるると目を覚ます。この時間帯が一番冷えるようだ。
次第に世界が色を取り戻してゆく。
のぼる朝陽を眺めながらわたしは白い息を吐き、干しイモをかじり、水をグビグビ飲む。
合間に手を握ったり開いたりしてみる。
大丈夫だ。しっかりチカラが入っている。娘たちと引き離されたことによる孤独感は強いけど、まだ大丈夫。まだまだやれる。
わたしは念のために滋養強壮に効く丸薬を一粒飲んでおく。
環境と状況からして、少し前行動ぐらいでちょうどいいだろう。実際に疲労を感じてからでは、いざというときに動けなくなる可能性があるから。
支度を整えたところでいい具合に風が吹いてきた。
「よし、行くとしますか」
自分を励ますようにつぶやくと元気よく立ち上がって、お尻についた砂をパンパン払う。
わたしは砂漠行を再開する。
『ムダなのにどうして』
そんなつぶやきが脳裏に聞こえたけれども、わたしは気にせず帆を広げた。
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