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049 死の砂漠
しおりを挟む家から外へ、里から森へ、森から川や草原、あるいは陸から海へとか……。
ちがう場所を行き来したとき、見えない壁というか薄い幕のようなモノを肌に感じることがある。
北の大地の裂け目を飛び越えて異世界へと渡ったときや、アンの転移空間へと足を踏み入れた瞬間にも似たような感覚を受ける。
それと同じような感覚に全身が包まれた瞬間、わたしは自分が空間を跳躍しどこかちがう場所に飛ばされたことを悟った。
◇
肌がジリリジリリと焼けるよう。流れ落ちたはしから汗がどこぞに消える。
鼻から入ってくる空気に熱がこもっている。深く吸い込んだらノドから胸、腹の底までもがカッと熱に侵される。その熱はすぐに下がるけど、置き土産に軽い倦怠感を残してゆくのが不快だ。
耳に届くのはサラサラというかすかな音のみ。
おそるおそるまぶたを開けたとき。
わたしは砂漠の中にポツンと一人立っていた。
周囲にうちの子たちの姿はない。そればかりかかぶっていたはずの麦わら帽子もなく、作業着すらも失せている。
「やられた……、たぶんあの砂嵐だ。強制的に武装を解除されて、天剣たちから引き離されたんだ」
身ひとつにて砂漠に放り出される。
死刑宣告にも等しい状況。
かと思えば、なぜだか愛用の背負い袋はそのまま。
「どうせなら身ぐるみの一切合切を奪えばいいのにどうして……。いや、ちがうか。やらなかったんじゃない。たぶんやれなかったんだ」
天剣たちと剣の母との結びつきは強い。それを断ち切る。言うほど容易いことではない。おそらくは天剣らからわたしを奪うだけで精一杯だったのだろう。
「ミヤビーっ、アーンっ、ツツミーっ、ムギっ、ベニオーっ」
大きな声にて娘たちに呼びかけてみるも返事はない。
まぁ、呼んですぐに駆けつけられるところでは、わざわざ罠にはめて隔離した意味もないから、当然といえば当然か。
「問題はここの場所だけど、次元の狭間とか夢の中ではないっぽいね」
以前にアンの転移空間内にて迷子になったときに落ちた次元の狭間。
あそこは完全に無の世界。自分の存在すらもあやふやになる孤独の闇だけが充ちていた。
夢神バクメが造り出した幻想の世界は、見た目こそは現実と遜色なかったけれども、実際に滞在していると違和感を感じることがちょいちょいあった。
けれどもいまわたしがいる砂漠にはそういった点がない。
額を滴り落ちる汗を拭いつつ空を見上げる。
雲一つない空にあるのは金色の太陽ばかり。
「あれ、太陽と地面の位置がちょっとズレてる? ひょっとしてずいぶん南の方へと飛ばされたのかしらん」
南の大陸の奥地、砂漠ときてわたしはハッとなる。
「そうか! ここが擬神ウノミタマが捨てられたという最果ての地、死の砂漠。そして帝国発祥にしてすべてが始まった場所」
わたしがつぶやくと唐突に脳裏に声が響く。
『そうだよ、剣の母チヨコ。すべてはここから始まった。アリサとボクの夢はここから始まったんだ。そしてようこそボクの中へ』
声の主は擬神ウノミタマ。
その言葉の意味にわたしは戦慄する。
だって彼の言葉の通りだとすれば、この見渡す限りの広大な砂の海こそが擬神ウノミタマの正体なんだもの!
なんてことだ。帝にとり憑いていた影は、ウノミタマの小指の先にも満たない程度の分身に過ぎなかったんだ……。
そんなヤツの内部にとり込まれたとわかり、驚愕しているわたしにウノミタマが告げた。
『あぁ、天剣たちなら今も帝都でボクの欠片と遊んでいるから安心して。だからキミはキミで存分に目の前の絶望を堪能してくれたらいいよ』
言葉の選択がいろいろおかしい。ツッコミどころが満載にて、言ってることが支離滅裂だ。
それでもわたしは理解した。ウノミタマ自身が言っていたではないか。これまでに多くの死と絶望を喰らってきたと。
こいつはわたしを食べるにあたって、じっくり追い詰めて身もココロもズタボロにしてから美味しくいただくつもりなんだ。
「どうしてこんな回りくどいマネを」
との問いかけにはクスクスと愉快そうな無邪気な笑い声。
『どうしてって、そりゃあそのほうがずっと味が良くなるからさ。
ねえ知ってる? 人間にかぎらず生物ってね、死ぬときにカラダに閉じ込められていたモノ、蓄えられていたモノを世界に解き放つんだよ。まるで実がはじけてタネが飛び出すみたいにね。
なぜだかわからないけど、そのタネや実の味をより濃厚にするのが絶望なんだよ。
未練が宿るせいか、この世への執着、あるいは憎しみゆえか。薫りがグンと強まって味わいに深みがでて、とにかく格別なんだ』
そうやって集めたチカラにて、かつてアリサという少女が夢見た、誰もが笑える世界を造るんだと語るウノミタマの声がはずんでいる。
わたしは彼の吐く言葉の数々に、開いた口がふさがらない。
こいつ……、自分が発している言葉がどれだけ矛盾しているのかまるで理解していない。いやとっくに壊れてしまっていて、わからないんだ。
たしかにウノミタマが、がんばればがんばるほどに帝国は大きくなるだろう。でもそれと同時に彼自身である死の砂漠も大きくなり、築いたはしからそれを蝕む。
まるで自分の影と追いかけっこをしているようなもの。
そして大きくなったケモノはより多くのエサを必要とする。
果てのない堂々巡り。
いいや、いちおう果てはある。
動き出したが最後、世界そのものが滅んだときにようやく止まる狂った歯車。
それが擬神ウノミタマという存在なんだ。
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