剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?七本目っ!少女の夢見た世界、遠き旅路の果てに。

月芝

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045 黒の戴冠式

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 都内にて最大規模を誇る建造物、帝の居城ドルヘイムダル。
 いくつもの尖塔だの、丸屋根の建物だの、四角い建物だの、厚い壁や深い堀、水路などがごちゃごちゃと入り交じっており、継ぎ接ぎだらけ。
 だというのにある種異様な迫力と様式美を保っている不思議な場所。
 そんな城の敷地内に半地下の形にて存在しているのが「帝位継承の儀の間」である。
 名前のとおり帝位を次世代に渡し戴冠式を執り行うだけの部屋。いや、部屋と呼ぶにはいささか語弊があるかもしれない。なにせ数千単位の人間が余裕で入れるほども広さがあるのだから。
 見上げるほどの両開きの大扉に守られた出入口がひとつきり。
 扉の表面を埋め尽くしているのは銅像。大勢の人たちが武器を手に殺し合っている戦の様が生々しく浮き彫りにされてある。
 扉を抜けた先は総石造りの空間。
 窓の類はない。あるのは天井近くの壁際に等間隔で設けられた三角形の明りとりだけ。
 ここでは陽がろくに届かず、燭台にゆらめくロウソクの火だけが頼り。
 薄暗い中を、左右の壁際から床へと斜めにのびた光の筋が交差する。同じモノが入り口付近から奥へといくつも連なっており、来場者たちはおずおずとその下をくぐることになる。

 レイナン帝国の戴冠式。
 そこに華やかな要素は一切ない。
 天上の調べが奏でられることもなければ、色とりどりの花が飾られることもない。
 招かれた者たちはみな沈黙にて、その衣装はすべて黒で統一されている。
 式典を司る者たちの衣装もまたすべて黒。
 そして警護についている兵士たちも、黒の甲冑をまとい黒い外套を羽織り、手にしている大剣すらもが黒かった。
 最深部の祭壇にてじっとたたずんでいる現帝。彼の姿も黒で固められている。
 そんな中にあって、唯一、白い装いをしていたのが本日の主役であるラクシュ殿下。
 この日のためだけにあつらえられた白の軍服。別に女性用の長衣でも問題なかったらしいのだが、その格好では帯刀できないゆえにラクシュ殿下はこちらを選ぶ。けれども女性らしい装いがまったくなかったわけではない。ふだんは身につけない襟留めをしていた。
 精緻な白銀細工の襟留め。中央に埋め込まれてあったのは、濃紺の地に星をちりばめたような模様の宝石。
 はじめてそれを目にしたとき、わたしはハッとなる。
 あれは星香石……、パオプ国の秘宝にてすりつぶして飲めば先天性の病すらをもたちどころに癒す万病のクスリとなるもの。

 かつてパオプ国に埋毒の計を仕込み国崩しをたくらんだ帝国の工作員フーグ。大逆事件のおりに彼の手によって盗み出されたモノ。
 フーグは味方の裏切りによって生国を失い、自身も苦役をしいられ、ついには残してきた妻子をも第四王子の呪槍造りの犠牲にされてしまった悲運の人。
 怒りと悲しみ、慟哭、絶望の果てに幼き日の第十三王女ラクシュと出会い、共に狂った帝国の打倒を誓い同志となった。
 同情すべき点は多々ある。けれどもだからといって何をしても許されるわけじゃない。フーグが産み出した悲劇はとても看過できるものではない。
 そんな彼も陰謀が潰えたのちには消息を絶った。おそらくは悪さがすぎてクンロン山脈のヌシであるユキヒョウの銀禍獣ライユウの怒りを買ったのだろうとのこと。
 ラクシュ殿下はわたしとパオプ国、それからフーグを巡る出来事はすべて承知している。
 自分が主導したわけではないが、部下が暴走するに任せていた己の罪深さもちゃんと理解している。それがけっして許されざることであるということも。
 だというのにあえて、この一世一代の舞台にアレを身に着けて壇上に立つ。
 無念のうちに死んだフーグへの哀悼の意もあるのだろうが、それよりもむしろわたしの目には強い決意表明のように映った。
 歴代の帝を操り帝国を蝕むナゾの影を討ち、負の連鎖を断ち切る。
 なんとしてもやりとげるという不退転の決意。

  ◇

 内に激しい想いを抱えつつ、平然と儀式をこなしていくラクシュ殿下をわたしは最前列に設けられた席から眺めている。
 すぐ右隣の席にはアスラがいる。ちらりと盗み見れば精悍な横顔。こうやって口を閉じてじっとしている分にはいい男。立場や責任が男を育てるというのは、どうやら本当のようだ。
 ここにシャムドの姿はいない。「必ず何かが起こるから遠慮して」と言えば女商人はあっさり引き下がった。そのかわり「きっちりケリをつけてくるのよ」との檄を飛ばされる。
 戴冠式を欠席したシャムドは念のために港に船を用意しておくとのこと。
 いざというときの脱出用。そしてシャムドはわたしにこっそり耳打ち。

「もしもどうしようもない事態に陥ったら、とっとと逃げなさい。チヨコがラクシュ殿下たちに殉ずる必要もなければ、帝国の未来に責任を持つ義理もないの。そもそも子どもが大人たちの尻ぬぐいをさせられるのだなんて、ゾッとするわ」

 そう言ってパチリと片目をつむって見せたシャムドはたいそうかわいらしかった。
 女商人なりのやさしさと打算にはコクンとうなづいておき、わたしは今日という日を迎えている。
 戴冠式、ここまでは滞りなく進行しており、いよいよ帝の頭より冠がはずされた。
 アレがラクシュ殿下の頭上へと置かれたとき、帝位継承が完了する。


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