剣の母は十一歳。求む英傑。うちの子(剣)いりませんか?七本目っ!少女の夢見た世界、遠き旅路の果てに。

月芝

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043 壊れかけの器

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 居室の窓辺に置かれた椅子に深く腰かけ、ぐったりうな垂れている帝。差し込む月光が照らす老体からは、先ほどまで身にまとっていた覇気がすっかり抜けており、いっきに十も歳をとったかのよう。
 卓上には夜会にてチヨコより献上された異界の宝石類が無造作に置かれてある。
 月明かりが届かない向かい側の席、暗闇に埋もれるようにして座る黒髪の少年が微笑む。

「ダメだね。姉さんの名前があの子の口から出るたびに、ついつい反応しちゃったよ」

 陰と陽、同じときに同じようにして世に産み落とされたというのに、双子が共に過ごせた時間はほんのわずか。
 異界のチカラを引き入れ、ただひたすらに与えるだけの姉。
 ただひたすらに奪い続け、異界へと排出するだけの弟。
 姉は女神と称えられ、もてはやされ、大切にされた。
 けれども弟は半身から引き離され、邪悪な存在との烙印を押される。
 罵られ、蔑ろにされ、憎まれ、疎まれ、あげくには「いらない」と最果ての死の砂漠に捨てられた。

「ふふふ、だというのに皮肉な話だね。ボクを捨てた連中が滅んで、姉さんの方が世界から切り離されてしまうんだもの」

 神をも自らの手で造り出した古代人たち。
 彼らの魔道科学文明は留まることを知らず、ひたすら加速し、未知へと手を延ばし続けた。
 ついには擬神を中心に据えることで、世界に永劫の光と繁栄をもたらす新星炉なるモノまで造りあげた。
 けれども強すぎる光は一片の影の存在をも許さない。
 ありとあらゆるすべてを白く染め、破滅する。
 新星炉の暴走による被害を拡大させないために分かたれた世界。

「姉さんのことはずっと感じていた。でも、まさか切り離された世界と一体化しているだなんてね。ボクは理解に苦しむよ。あんな連中にそこまでして守る価値なんてあったのかな」

 自分勝手で傲慢で恥知らず。
 たしかに優秀ではあったのかもしれない。
 しかし大切な何かを忘れてしまった愚か者ども。

「どいつもこいつもおぞましく汚らしい魂ばかり。その点、アリサのはキレイだった。とてもあたたかかった。純然な想いがあふれていた」

 黒髪の少年はつぶやくなり、目の前の宝石類の中から乳白色のタマゴの形をした品に手をのばす。これをむんずと掴むなり己の口元へと。
 するととくに大口を開けたわけでもないのに、白いタマゴはしゅるりと口の中へ吸い込まれて消えてしまった。
 直後にゴクンとノドを鳴らす。

「ごちゃごちゃ雑味がするけど、ほのかに姉さんのニオイがするや。懐かしい……」

 同様に次々と口元へ運ぶ黒髪の少年。
 たちまちすべてをたいらげてしまった。

「ニオイにつられて全部食べてしまったけど、あんまり美味しくないや。それに比べてあの子たちはなんて美味しそうなんだろう」

 黒髪の少年がうっとり思い出していたのは、先ほどの夜会で帝と同席していた剣の母の役目を負うた少女と彼女が身につけていた天剣たちのこと。

「さっきはガマンするのがたいへんだった。ごちそうを目の前にしておあずけをされるのはツライね。器がもう少しマシな状態ならよかったんだけど、ツイてないや。
 でもそれもあと数日のしんぼう。新しい器が手に入ったらすぐにでも……。
 しかし天剣(アマノツルギ)たちにもそそられたけど、彼女もよかった。アリサほど甘く柔らかくも、かぐわしくもないけれど、あれほどまで旺盛に力強い輝きを放つ魂ははじめてだよ。アレが絶望して肉体から解き放たれるとき、いったいどんな味がするのか想像もできないや。
 あの子ならばきっとアリサが夢見た世界を実現させるのに、おおいに役立ってくれるはずだ」

 席を立った黒髪の少年が音もなく窓辺に近寄る。
 歪みひとつない透明なガラスの向こうには夜の帝都が広がっており、無数の街灯りが藍色の世界に浮かぶ。その数の分だけ人々の営みがあり、帝国の繁栄を示すもの。

「ずいぶんと増えたけど、まだまだ足りない。せめてこの月明かりに負けないぐらいにはなってもらわないと。
 もうじき新しい器も手に入ることだし、そうしたらボク、もっとがんばるから。見ていてね、アリサ」

 自身の胸に手をあて黒髪の少年が目を閉じ、祈るように誓う。
 なのにその目が薄っすらと開けられたときには、敬虔さは失せており代わりに妖しい光が双眸に宿っていた。

「あの子、何かを隠し持っているみたいだった。異界の話をしているときにも、さりげなくサノミタマ関連の話題には触れないようにしていたし。
 おおかた世話焼きな姉さんから何かを託されたのだろうけど……。ちょっと気になるけど、まぁ、いいさ。それごと食べてしまえばいいだけのことだから」

 にんまり微笑んだ黒髪の少年。その姿がぼやけて夜陰に溶けて消えた。
 とたんにうな垂れていた顔をあげた帝。虚ろな瞳、定まらない焦点にてのろのろと立ち上がるなり、ふらつく足どりにて隣の寝室へと向かった。


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