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042 異界談義
しおりを挟む請われるままにわたしは北の異界での冒険を語る。
万年雪と蒼雷に閉ざされ長らく前人未踏であった不帰の嶮。地平の彼方にまで続く星のない荒野。大河のごとき大地の裂け目。生命力が旺盛な蠢く異形の森。地上とは隔絶された高みにそびえる禁忌の台地。ツバサを拒む禍色の空。その地に暮らすたくましい者たち。
個にして集、集にして個である陽気な炎人(ホノオビト)。
地面に埋まり同化して、ただ静かに暮らしている津地人(ツチビト)。
アリの禍獣クロヅカをかっこよく擬人化したような容姿の涅人(クリビト)。
異界に住む者たちから敬われている希少種、白角人(シロツノビト)。
生き方も考え方もあり方も、何もかもが異なっている彼らとの交流などなど……、ただし伏せるべき情報はちゃんと伏せておく。世界に崩壊と消滅の危機が迫っているとか、封魔の短剣を託されたことなどは秘密。
しかしあらためて順序立てて人前で話してみると、我ながら「荒唐無稽の夢物語だなぁ」としか思えない。それは聞いている側も同じらしく、熱心に耳を傾けている一方で表情はどこか胡乱げだ。
だからわたしはずっと膝の上にのせていた麦わら帽子に手を突っ込むと、ムギの収納空間より、あっちで採取してきた宝石をいくつか取りだしてみせた。
涅人たちの採石所にて「役に立たないゴミ」として放置されてあったもの。ところ変われば価値観もガラリと変わるということを示すのに、これほどわかりやすい品もあるまい。
案の定、帝以外の同席している連中の目の色がとたんに変わった。
ひとつひとつが子どもの頭ほどもある。緋色や鮮緑、乳白色、紺碧の塊を前にして、「なんと!」「おぉ!」「これは!」というどよめきが起こる。
ぶっちゃけどれをとっても国宝級。小娘が適当なホラ話をするために小道具として用意できるシロモノではない。
「証拠ってほどでもないけど。これがそのときに拾ってきたもの。よろしければお納めください」
ずずいと帝の方に押し出し献上。
色とりどりの石塊の中で帝が手をのばしたのは、表面がツルンとした乳白色のタマゴっぽいの。やさしく撫でながら、目を細めているところからしてアレが特に気に入ったらしい。
その姿をチラチラ見ていたら、またしても懐の封魔の短剣が熱を持ったものの、ほんのまばたき数度ぐらいのうちにしゅんと消えてしまった。
もう、さっきからいったい何だっていうのよ。いっそのこと天剣たちみたいにしゃべれたらいいのに。
なんぞと内心でイラ立っていたら、帝が「その異界とやらに行くのは天剣を持つそなたであってもムズカシイのか」と訊いてきたもので、わたしはあわてて手をふり「ムリだとおもう」と答えた。
あちらとこちら。
二つの世界、双方の境界線は絶えず激しく波打っている。
不規則に動く二つの波がもっとも接近する、あるいは交わる一瞬でないと、安全に渡れない。アンの転移能力もうまいこと発動しないし、強引に突破しようとしても次元の狭間に落ちてそれっきりとなるばかり。
わたしの場合はあちら側を守護している擬神サノミタマが熱心に招いてくれたからスルリと行けたけど、それとても神さまが相当のチカラを消耗してようやくであったのだ。
よって人知のみで渡るのは実質不可能と言えるだろう。
この説明に「ざんねんだ」ともらしたのは、宝石に目の色を変えていたおえらいさんたち。
おおかた可能ならばいずれ侵略を。
とか考えていたのだろうけど、たとえ行けるようになったとてそれはあまりオススメしない。なにせあっちの住人はみな銀禍獣級の強さなのだから。
◇
だらだら請われるままに長話を続けているうちに、いつしか宴もたけなわ。
帝が席を立ったのを合図に奏でられていた音楽が止んだ。それまで賑やかだった会場が水を打ったようになる。
「じつに興味深い話であった。やはりそなたは面白い。それに貴重な品々まで。どれ、もらいっぱなしというのもいささか体裁が悪いか。
よかろう。もし何か望みなり、欲しい品があればいつでも遠慮なく申し出るがよい。すぐに用意させよう」
最高権力者の言葉に周囲の空気が震える。
だって実質、制限なしの褒賞を確約されたようなものだもの。
金でも地位でも領地でも、何でも思うまま。
会場中の注目がいっきに自分に集まる中、わたしは「ははーっ」と恐縮しっぱなし。
ポンと背後からシャムドに肩を叩かれた。
ハッと気がついたときには、とっくに帝は会場からいなくなっていた。
これにて上流階級の夜会は終了。
けれども麓の方の宴は朝まで続くんだとか。
以降は、丘の方に集っていた面々もそっちに混じって騒ぐことになる。
ラクシュ殿下は部下たちに付き合うために、シャムドはもちろん売り込みのために向かうという。
「チヨコはどうする? いっしょに行く?」
せっかくのお誘いだけど、わたしは首をふるふる。今夜はいろいろと気を張り過ぎてへろへろ。
「遠慮しとくよ。疲れたから、お子ちゃまはとっとと帰って寝る」
こうしてわたしの夜会は終わった。
いろいろと考えたいこともあったが、いまはとにかくゆっくり休みたい。
運命の日、ラクシュ殿下の戴冠式は七日後に迫っている。
どう転ぼうが混乱は必至。
はたして最後まで無事に立っていられるのは誰なのだろうか。
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