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040 夜会
しおりを挟む新種のモンゲエ成人版は物議をかもした。
宿舎関係者から「なんかやりずらい」「照れる」「目のやり場に困る」「仕事に集中できない」「ヘンな気分になる」などなど、多数のご意見が寄せられた。
出入りしている者たちの間でも「あそこに行くといつもいかがわしい声が聞こえてくる」とのウワサまで……。
いちおう女所帯なのでこれはマズイとなったところで、ラクシュ殿下より「アレはダメだ。早々に処分するように」と厳命を受ける。
「処分っていっても、これを食べる気にはちょっとなれないんだけど」
わたしは困った。
うねうね身をよじっては「あはん、うふん」と艶めかしい吐息をこぼし、組んだ足をほどいてはまた組み直している桃色モンゲエ。なまじ等身大ゆえに、サクっと刈ることに抵抗を感じてしまう。
どうしたものかと頭を悩ませていたらシャムドが「自分にまかせておきなさい」と請け負ってくれた。
で、うちの子は数日後にどこぞのお大尽の屋敷へと引き取られていった。
高値で売れたらしい。
「自分で育てておいてなんだけど、あんなの買ってどうするの? やっぱり食べるの? お金持ちは美食に飽いて、最後はゲテモノ喰いに走るって聞いたことがあるけど」
「ちがうわよ、チヨコ。あの手の品を集めている好事家ってのはどこにでもいるの」
「あの手の品?」
「ふふふ、男って生き物はいくつになっても阿呆だということよ」
男と女の秘めごとを題材にした書画骨董の類は古今東西に存在しているそうで、そういったものは表沙汰には出来ないけれども、だからこそ裏でこっそり楽しむ面々もいる。
定期的に同好の士が集って自慢の逸品を披露する会などもあるそうで、そういった席に出入りしている方があの子を買っていったという。
「これはスゴイって先方は大喜びだったわよ。これはそのうち、そっち方面から育成依頼が届くようになるかもしれないわね。よかったじゃない、チヨコ。あなたの夢がかなうわよ。稀代の園芸家として裏の業界で一躍時の人よ」
シャムドの言葉にわたしは微妙な顔となる。
いや、わたしが育てたいのはそういった類のいかがわしいお花じゃないんだけど……。
◇
ついに夜会の日が来てしまった。
引退間近とはいえ帝が降臨するだけあって、とてつもない規模で行われる。
会場は都内某所にある小高い丘および周辺が丸っとあてがわれている。大きな天幕がそこかしこに建てられており、あまりの人の多さ、警備の厳重さは、さながら戦のときの陣立てのよう。
丘の天辺に帝を戴き、上から順に位の高い人たちが集う場所が層をなして段々と下へ。
ゆえに麓のあたりにいる招待客たちは、煌びやかな丘の上に羨望の眼差しを向けながら、宴に興じることになる。とはいえこの席に立ち会えるだけでも充分に栄誉なことなんだとか。
盛大な拍手と歓声でもって迎えられるラクシュ殿下の会場入り。
服装はあえて祭事用の軍服姿。女らしさを排除しているけれども、金髪美形の人間はどんな格好をしてもかっこいいわけで。
颯爽とあらわれた金狼将軍に会場のそこかしこからは黄色い悲鳴がきゃあきゃあ。興奮するあまり「あぁ」と倒れるご婦人まで出る始末。
そんな男装の麗人の隣に並んで、まったく見劣りしていなかったのがシャムド。
殿方が二度見必須の魅惑の毒の華。いつもはお団子に結っている髪をとき、やや緑がかった黒をした長い髪をさらりと揺れるのにまかせている。ぴっちりと肌に吸いつくサクラン染めをもちいた長衣。その胸元はばっくり大きく割れている。布越しに浮かび上がる肉体の曲線を惜しげもなくさらけだし、髪と同じ色をした瞳にてときおり周囲に流し目をくれては悩殺する。
とんでもない破壊力を持った二人がその他大勢を圧倒。
このあと呼ばれたら出ていく予定になっているわたしは、用意された天幕の中からこっそり盗み見しながら嘆息。あれのあとに続けて登場させられるとか、とんだイヤがらせもあったものである。
「えー、わたしってばアレのあとに続くの」
「大丈夫ですよ、チヨコ母さま。わたくしたちがついております」
「……任せる。全員、きっちりビビらせる」
「しかり、ど肝を抜いてみせましょうとも」
「是是是、チビらせる」
「可可可、びちびちおもらし」
すっかり気おくれしてオロオロしている不甲斐ない剣の母。
天剣五姉妹に励まされているうちに、ついに係の人から出番を告げられた。
わたしは心の中で愛妹カノンに「お願い! お姉ちゃんにチカラを貸して」と祈りつつ、ついに大舞台へと挑む。
◇
チリンと鳴ったのは紅い紐飾りに結ばれた小さな金の鈴。
欠けた月のように宙に浮かぶは漆黒の大鎌。第二の天剣・魔王のつるぎアン。
その長い柄に両膝をそろえてちょこなんと腰を預けているのは、麦わら帽子をかぶった女の子。
一切の飾りけのない白の長衣はゆったりとした寝間着のよう。だが無粋なシワなどはなく、光沢や滑らかさが尋常ではない。この淡い月光と薄雲を編んだがごとき布地は超一流の職人の手に寄って仕上げられたモノ。そのキメの細やかさ、肌触りは天上の門と称されるほど。商連合オーメイにて極秘開発された黒いヒツジの禍獣メケメケの新素材が用いられており、最先端の技術と伝統の技能が融合。粋を極めた逸品中の逸品。
そんな衣をまとった白の少女と漆黒の大鎌という奇妙な組み合わせは、おおいに衆目を集める。
だがそれだけではない。大鎌の両脇には、これまた奇異な存在が浮かんでいる。
精緻な模様が剣身に刻まれた白銀の大剣は、神々しいまでに燦然としており威風堂々。第一の天剣・勇者のつるぎミヤビ。
巨大な蛇腹の破砕槌はただそこにあるだけで、見る側は「つぶれる」「砕ける」などを連想させられ無意識のうちに一歩ばかり後ずさり。第三の天剣・大地のつるぎツツミ。
麦わら帽子を目深にかぶっているせいで女の子の表情はよくわからない。
かろうじて見える口元は薄っすらと笑っているよう。
大鎌に乗った女の子が悠々と進み、会場中央にある丘へと向かっていく。
これに静々と付き従う白銀の大剣と蛇腹の破砕槌。
当初のざわつきはとうに消え失せており、すっかり静まり返っている会場内。
特に何かをしたわけではないのだが……。
わたしは内心で「やっちまったな!」と頭を抱え、安易にシャムドの口車にのった己を激しく悔やんだ。
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